「人類を助ける方法などない!
たとえ方法があったとしても、今日のこのおろかな人間どもを助ける必要などないのだよ」
「そ、そんな乱暴な考え方はよくないと思います!」
「わしは、現在の人類にはすっかり愛想が尽きているのだ。
あんな連中を助けたって、何の役にも立ちはしない」
「博士、そんなこと言わないで、どうか人類のために力を貸してやってください!
博士が本気になって動いてくだされば、モロー彗星衝突の惨禍から、かなりの数の人間を救えるはずです。
助けられたなら、どんなに心がけの悪い人間だって、きっと心を入れ替えるに違いありません!」
「わしはそんなもの信用せんよ。
助けを求めているときは猫をかぶって少しばかりいい人間になるが、いざ助けられてしまえば、またもとのだらけきった人間に戻ってしまうのだ。
ふだんは自分勝手で欲ばりなことばかり考え、『自分さえよければ地球がどうなってもいい』などと思っている――そんな救いようのない人間たちを助けてみたところで、一向につまらんことだね」
蟻田博士は遠慮なしに地球の人類をボロクソにやっつけました。
これには新田先生も、返す言葉が見つかりませんでした。
そこで先生は話題を切り替えることにしました。
「博士、そこにいる火星人たちが、あなたの帰りをずっと待っていましたよ。
なんでも、体が具合悪いそうですが……」
先生がそう言うと、博士は、
「おお、そうじゃった!
すぐさま手当てをしてやらねばな」
と、檻の方へ歩み寄りました。
「おお、かわいそうに。
今すぐによくしてやるからね」
地球の人類は大嫌いだと言い放つ博士なのに、檻の中の火星人に対しては非常に優しいのが、なんとも不思議な光景でした。
新田先生は、博士の様子をじっと見守っていました。
博士は鞄と小さな紙包みを持って、檻の中に入っていきました。
二人の火星人は丸い頭を持ち上げ、ひゅうひゅう、ぷくぷくと喜びの声をあげました。
博士は奥の方で横になっていた火星人のそばに寄り添い、言いました。
「やっと薬を作ってきたぞ。
なにしろ火星と違って、この地球の上ではなかなかいい材料が見つからなくてな。
わしは日本アルプスの雪を掘り続けて、ようやくこれだけのものを集めてきたのだ。
ほら、この通りだ」
博士は小さな紙包みをほどき、中から小さなガラス瓶を取り出しました。
瓶の中には、褐色の草の根のようなものがぎっしりと押し込まれていました。
それを見た火星人は、再び嬉しそうな声をあげました。
博士は鞄の中から小さなすり鉢を取り出し、その中へ草の根を入れて、ごしごしとすり潰し始めました。
すると、褐色のねばねばした汁が、すり鉢の底にだんだんとたまってきたのです。博士はその汁を筆の先につけ、苦しそうにあえいでいる病気の火星人の、手なのか足なのか分からないけれど、その付け根のあたりにちょんちょんと塗ってあげました。
火星人は「きいきい」とか細い声をあげました。
「どうだ、気持ちが楽になったかい?
当分はまあこれで我慢しなさい。
もう少ししたら、私が火星へ連れて帰ってあげるから、しっかり元気を出すんだよ」
博士のその優しい言葉を、新田先生はふと聞き逃しませんでした。
博士はこの火星人を連れて、火星に行くと言ったではありませんか。
「どうだい、薬をしみて痛むかい?」
蟻田博士は、まるで我が子をいたわるように優しく火星人に尋ねました。
地球の人類にはあんなに冷たいのに、火星人のことは大好きなのか、まるで別人のような温かい声を出す博士でした。
「博士、だいぶピリピリとしみます。
でも、ぼくは我慢しなければいけないですね。
そうしないと、いつまでも元の体に戻れませんからねえ」
病気の火星人も、とても博士を信じきっていて、頼りにしていることがその話し方からもよく伝わってきました。
そばでこの様子をじっと見ていた新田先生は、まったく不思議な気持ちでいっぱいになりました。
「博士、そのお薬はよほどよく効くようですね。
いったいどういう病気に効く薬なのですか?」
先生がそう尋ねると、博士は、
「どういう病気も何もない、こういう病気に効くのさ。
ほら、見ていなさい。
こうして火星人の腐りかけた体が、どんどんきれいに治っていくのがわかるだろう」
「なるほど、それは不思議ですねえ。
そんなによく効く薬なら、わたしにも少し分けていただきたいものです。
実はわたしの……」
「ダメだよ、新田くん」
と、博士はピシャリと言いました。
「この薬はね、君のような動物にはまったく効かないんだよ」
「動物、だって……?」
自分を「君のような動物」と呼んだ博士に対して、新田先生はムッと腹を立てました。
いくら昔の恩師であっても、人間を動物呼ばわりするなんてひどすぎます。
先生はここで、蟻田博士のその無礼をきつく言い返してやろうかと本気で思いつめました。しかし、今は地球の危機という重大な時期です。
ここで博士を怒らせてしまっては、人類にとって大いなる損失になってしまいます。
先生は、必ぐっとこらえ忍んだのでした。
けれど実は、博士に悪気があって先生を動物と呼んだわけではなかったのでした。
蟻田博士から「動物」と呼ばれたことを、新田先生はいつまでも忘れることができませんでした。
それはただ「お前は動物だぞ!」とバカにされて腹が立ったという、それだけの理由からではありませんでした。
それからずっと後になってから、博士のあの言葉を、とてつもない驚きとともに改めて思い出さなければならないような、大きなどきりとする大事件の日がやってきたからなのです。
それは一体どんな大事件だったのか――それはやがて明らかになります。
博士は病気の火星人のために薬を塗り終えました。
火星人はとても喜びました。
そして全身を嬉しそうにふるわせながら、自分の体を博士の体にすりよせました。
「蟻田博士、ありがとう、ありがとう!」よほど嬉しかったのでしょう。
博士はにこにこ優しく笑って、その病気の火星人に、ゆっくり体を休めるように言いました。
そして、火星人がそこに横になると、その体の上に一枚の布をかけて暗くし、それからなぜかその火星人の足を、水をたっぷり張った大きな洗面器のような容器の中に浸させたのでした。
それを見ていた新田先生は、またしても首をかしげました。
「火星人の足を水になんて浸したりして、いったいどういうわけなんですか?
もしかして、おまじないのたぐいなんですか?」
新田先生が尋ねると、博士は首を横に振って、
「いや、これはおまじないなんかじゃない。
こうしてやることによって、火星人はさらにイキイキと元気を回復してくるのさ」
と、博士はまたしても妙なことを言いました。
まるで、植物の根っこに水をたっぷり与えて元気にするかのような、そんな言い方をしたのです。
「えっ? 博士のおっしゃることが、ちょっとよく分かりませんが……」
「分からないと言うのかね?
ふん、君にはそこまでの深い理屈は理解できまいよ」
43 寄生藻
蟻田博士の手当てがうまくいったのか、病気の火星人はその後すやすやと心地よさそうに眠り出しました。
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