初級翻訳・灰色の巨人 第14話

江戸川 乱歩

神社への三つの出入り口はおまわりさんと少年団員とで見張っていましたし、神社の森を囲む土塀の外にもおまわりさんや少年たちが行ったりきたりしていたのですから、少女が神社の外へ逃げ出すことは絶対にできませんでした。
たしかに、神社の中にいたのです。
それなのに、こんなにさがしても見つからないなんて、本当にふしぎとしか言いようがありません。
あの少女は忍術でも使って、姿を消してしまったのでしょうか。

—

中村警部は、ひとまず捜索をストップして、明智探偵の残っているサーカスの中へ引き返すことにしました。
少年探偵団員たちもそのあとについて引きあげましたが、その道の途中、園井正一少年が小林団長に話しかけました。

「ねえ、小林さん、あの女の人、どこに隠れたんだろう。まるで魔法つかいみたいだね」
「うん、ふしぎだねえ。だけど、きっとあの神社の中のどこかに隠れているんだよ。明智先生なら探し出せるんだけどなあ」
「先生はどこにいるんだろう?」
「サーカスの中だよ」
「どうして神社へ来なかったんだろう?」
「サーカスの中に犯人がいるからさ」
「えっ、犯人が?」
「あの小人と大男さ」「ほんとうの犯人はあのふたりかもしれないよ。だから、先生は、ふたりのやつを見はっていらっしゃるのだよ」
「ああ、そうか……。だが、ねえ、小林さん、ゾウはどうしたんだろうね。ぼく心配だよ。町の人が、はなでまきあげられたり、キバで、きずつけられたり、あの大きな足で、ふんづけられたりしているんじゃないかしら」
「いまじぶんは、大さわぎをやってるよ。中村警部さんに聞いたらね、警察と消防署から、おおぜいの人が、ゾウをつかまえるために出動しているんだって、町の中のゾウ狩りだよ」
「ピストルでうつのかしら」
「いや、ころさないで、つかまえるんだって。そのために消防自動車が、何台も出ているんだって……正ちゃん、きみどうおもう? あのゾウは灰色だろう。だから、灰色の巨ゾウだね。……灰色の巨人……灰色の巨ゾウ。なんだか口調がにてるじゃないか」
「ほんとだ。灰色の巨ゾウだね。へんだねえ。なにかわけがあるのかしら」
「なんだか、あやしいよ。こんどの犯人は魔法つかいみたいなやつだからね。どこにどんないみが、かくされているかわからないよ」

 そんな話をしているうちに、サーカスにつきました。
 あんなさわぎがあったので、きょうは、興行を中止することにして、見物人たちは、みんなかえしてしまいましたので、大テントの中はがらんとして、きみのわるいほどしずかになっていました。
 中村警部はがくやの入口で明智探偵を見つけて、神社のできごとを、のこらず話して聞かせました。そして、
「一寸法師と大男は、どこにいるんだね」
とたずねるのでした。
 すると、明智は、まゆをしかめて答えました。
「まったく、ゆくえ不明なんだ。どこへいったのか、まるで、煙のように消えてしまった」
「えっ、あのふたりも消えてしまったのか。宝冠の少女も消えてしまったし、こりゃいったいどうしたことだろう」
「がくやをさがしてもいないので、見物人にまじって、にげ出しやしないかと、ぼくは、見物人がかえりかけてから、ずっと、木戸口で見はっていた。あんな大男とこびとだから、いくらごまかそうとしても、すぐわかるはずだが、それらしいやつは、見物人の中にはひとりもいなかった」
「テントのすそをまくって、出入り口でないところから逃げだす手もあるが、それは、テントのまわりに、見はりの巡査をのこしておいたから、見のがすはずはないね」
「そうだよ。その見はりの警官に、たずねてみたが、ぜったいに、逃げだしたはずはないというんだ。がくやのものも、ひとりひとり、しらべたが、だれも知らない。ゾウのさわぎのとき、がくやからとび出していった連中もあるが、その中には、大男も一寸法師もいなかったはずだね」
「それはぼくの部下が見て、知っている。あの連中のなかには、そのふたりはまじっていなかった。これは、まちがいない」
「すると、やっぱり、このテントのどこかに、かくれているのかもしれない。そして、宝冠の女も、まだ神社の中にかくれているのかもしれない。じつにおもしろくなってきた。ぼくはこういう犯罪がすきだよ。魔法つかいみたいなやつがね。それについて、ぼくは、ひとつ考えがある。その考えを、やってみるつもりだ。きっと三人とも発見してみせる」
 明智は自信ありげにいうのでした。

 それにしても、大男と、一寸法師と宝冠の少女は、どこにどうして、かくれているのでしょう。
 また、明智探偵は、あれほど捜索しても、わからなかった三人を、いったい、どんな方法で、さがしだそうというのでしょう。
 あとでわかったのですが、三人は、じつにふしぎな場所にかくれていました。かれらは、いつもみんなの目の前にいたのです。それでいて、ぜったいに発見されないような、かくれかたをしていたのです。
 それがわかったとき、読者諸君は、あっとおどろくにちがいありません。明智探偵でさえもおどろいたのです。中村警部や部下の警官たちは、いっそうおどろいたのです。
 しかしこの秘密は、あとのおたのしみとして、そのまえに、神社から町へ逃げだした巨ゾウが、どうしてつかまったかということを、しるしておかなければなりません。

町のゾウ狩り

 八幡神社から逃げだしたゾウは、夕がたの町を、のそりのそりと歩いていきました。
 ラジオが、ゾウの逃げたことを、いち早くつたえたので、そのちかくの町には、ぱったりと人通りがとだえてしまいました。
 いつもは、にぎやかな町が、まるで、真夜中のように、しずまりかえっているのです。
 ゾウのはるかうしろから、警官の一隊がものものしく、ついせきしています。しかし、ゾウに近よるものは、だれもありません。
 やがて、ゾウは電車通りに出ました。そこには、まだ自動車が走り、人が歩いていましたが、巨ゾウの姿をひと目みると、人も自動車も、大いそぎで逃げだしてしまいました。
そこへ、むこうから電車が走ってきました。
運転手はラジオを聞いていなかったので、なにもしらないのです。
ヒョイと気づいたときには、もうゾウが目の前に近づいていました。
運転手は、びっくりぎょうてんして、ブレーキをかけました。
しかし、おどろいたのは、運転手よりもゾウのほうでした。
大きな家のようなものが、じぶんの方へ突進してきたので、びっくりして、いきなり、あばれ出しました。
いままで、のそのそと、歩いていたのが、おそろしいいきおいで走りだしたのです。
もう手がつけられません。
警官隊は、ただそのあとから走っていくばかりです。
そのころ、近くの消防署から、四台の消防自動車が出動していました。
ゾウの進んでいく道は、たえず電話で知らされていたので、消防車はさきまわりをして、ゾウを待ちうけることにしたのです。
その赤い車体が、電車通りのはるかむこうに、あらわれました。
ゾウは電車通りを三百メートルも走ると、横町にまがりました。
消防車はそれを待っていたのです。
二台は、大まわりをして、ゾウのゆくてに立ちふさがり、あとの二台はゾウのうしろから、せまりました。
つまり、ゾウをはさみうちにしようというのです。

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