初級翻訳・灰色の巨人 第19話

江戸川 乱歩

「いやあ、えらいぞ小林くん! それに少年探偵団のみんな、きみたちのおかげで三人の犯人がつかまったし、宝冠もぶじに取りもどせたぞ。
警視総監にしっかりほうこくして、ごほうびを出してもらわなくちゃいけないな!」
そして、明智探偵のほうをむいて、こう言いました。
「これも、明智さんの見事な指示があったからこそです。
助手の小林くんが大あっぱれな手柄をたてて、あなたもうれしいでしょうねえ。
これで、さすがの『灰色の巨人』も、すっかり全滅ですね!」

しかし、そんなふうにほめられても、明智探偵はなんだかスッキリしない顔をして、こんなことを言いはじめました。
「いや、ここで全滅したと考えてしまうのは、大きなまちがいですよ。
本当の犯人は、まだ一人もつかまっていないのです」
「えっ、つかまっていないですって!? じゃあ、あの大男はいったい何なんですか。
これこそまさに『灰色の巨人』じゃありませんか!」
「いや、それこそが、思いこみというまちがいのもとなのですよ。
みんなあの大男を『灰色の巨人』だと思いこんでいるけれど、どうもそうではなさそうなのです。
本当の犯人は、うしろの暗いかげにかくれて、あんな大男をいいようにつかって、わたしたちの目をくらませていたのです。
ぼくはこの少女はもちろん、一寸法師も、そしてあの大きな男も、たいした悪人だとは思えないのですよ」

それを聞いた中村警部や警察官たちは、なんだかへんな顔をしました。
すっかり犯人をタイホしたと信じ込んでいたのに、「ちがう」と言われて、すっかりがっかりしてしまったのです。

果たして、この明智探偵の推理はあたっているのでしょうか?
そして、本当の犯人というのは、いったいどんなやつで、どこに隠れているのでしょうか?

【消えた少年】

そこから、明智探偵と小林くんが、園井正一(そのいしょういち)くんをつれて、「にじの宝冠」を園井くんのお父さんのところへ返しにいくことになりました。
「園井くん、どこにいるんだい? さあ、いっしょに君のおうちへ帰ろうよ。
お父さんも、きっとすごく喜んでくださるからね」

しかし、だれからも返事がありません。
「園井くーん……」
「正ちゃあーーん……」
みんなが声をそろえて、いっしょうけんめい呼びかけました。
けれど、園井少年はどこにもいません。

「変だなあ。いったいどこへ行ってしまったんだろう。
みんな、懐中電灯をつけて、あたりを探してくれたまえ!」

小林団長の命令で、少年たちはそれぞれ万年筆型の小さな懐中電灯をピカッと光らせて、神社のまわりを歩きまわりました。
警察官たちも、大きな懐中電灯を手にして、くらい森の中をくまなく探し回りました。
しかし、園井少年はどこにも見当たりません。

もし明智探偵の言うとおり、本当の犯人がほかにいるのだとしたら――そいつが、暗やみにまぎれて、園井少年をさらっていったのではないでしょうか?
もしそうだったとしたら、こんどは人間がぬすまれてしまったということです。
「にじの宝冠」どころの大騒ぎではありません。
たからものは取り返したものの、たいせつな正一くんがいなくなってしまっては、園井さんのお父さんにもあわせる顔がありません。

そこで中村警部は、ちかくの警察署からたくさんの警察官をよびあつめ、なんと探照灯(強力なサーチライト)まで持ちだして、神社の森やそのまわりを長い時間かけて徹底的に探させました。
けれど、それもまったく無駄骨に終わってしまいました。
園井少年は、ついに発見できなかったのです。

明智探偵と中村警部は、しかたなく園井さんのお父さんのもとを訪ね、「にじの宝冠」を返すと同時に、正一くんのゆくえが分からなくなってしまったことを伝えました。
「本当に、もうしわけありません……。
このぼくがついていながらこんなことになってしまい、おわびの言葉もありません。
少年探偵団に手柄をさせようとなんて思ったのが、いけなかったのです。
すべてはぼくの責任です。
ですが、このおわびとして、必ず本当の犯人をかならずつかまえ、正一くんを取りもどしてみせますから、どうかそのことはご安心ください!」

さすがの名探偵・明智小五郎も、この大失敗には、ただただあやまるほかありませんでした。

さて、その次の日。
園井さんは、差出人の名前が書いていない、一通の手紙を受け取りました。
ふうとうをビリビリと破って読んでみると、そこにはこんな、恐ろしい言葉がしるされていました。

――「にじの宝冠」はたしかに返してもらった。
そのかわりに、正一くんを、しばらくのあいだ預かっておくことにする。
けっして乱暴したり、おなかがすくような意地悪はさせないから、安心するといい。
なぜなら、正一くんは、ぼくにとってたいせつな『人質(ひとじち)』だからね。
……どういう意味かというと、つまり、おれはまだ「にじの宝冠」をあきらめちゃいないということだ。
あくまであの宝冠がほしいのだ。
そして、いつか、おれの美術館にすてきにかざりたいのだ――。だから、正一君は、「にじの宝冠」とひきかえでなければ、返さない。
きみも子どもをひとりなくすよりは、宝冠をわたす気になるだろう。
きたる十一日、午後八時、きみは宝冠を持って、きみのうちを出る。
そして東の方へ百メートルほどいくと、一台の自動車が待っている。
きみが近づくと、ヘッドライトを、パッパッとつけたり、けしたりする。
それがおれの自動車だと思え。
運転手がドアをひらくから、きみはすぐにのればよろしい。
それから、あるところまで自動車を走らせて、宝冠とひきかえに正一君をわたす。
明智小五郎や警察に知らせれば、おれにはすぐわかるから、正一君は永久にかえらないものと思え。
では、まちがいなく、このとおりにやるのだ。
そうでないと、きみはもう、いっしょう、正一君にあえないだろう。
灰色の巨人

園井さんは、この手紙を見ると、宝冠を手ばなすことに覚悟をきめました。
いくらたいせつな宝物でも、子どもの命にはかえられないからです。
「灰色の巨人」は明智探偵にも知らせてはいけないと書いていましたが、園井さんはそれだけは約束をやぶることにしました。
こちらから明智探偵の事務所をたずねたり、明智探偵にうちへきてもらったりしたら敵に感づかれるかもしれませんが、電話ならだいじょうぶです。
電話だけで明智探偵に知らせて、名探偵の知恵をかりることにしました。

園井さんは明智探偵に電話をかけて、電話口で灰色の巨人からの手紙を読みあげました。
直通の電話ですから、だれもぬすみ聞きはできません。
敵にさとられる心配は、すこしもないのです。
すると、明智探偵はしばらく考えてから、答えました。
「あいてのいうとおりにしてください。
あなたが『にじの宝冠』を持って、その自動車に乗るのです。
賊は正一君にうらみがあるわけではありませんから、宝冠さえやれば、正一君はきっと返してくれます。
また、あなたの身にも危険はないと思います」
「それじゃあ、みすみす宝冠を取られてしまうのですか」
園井さんが不満そうに聞きかえしますと、明智は笑い声になって、
「いや、一度はわたしても、じきに取りかえします。

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