ムジには二種類あって、一つは「ヤチムジ」、もう一つは「マミムジ」なんだ。ヤチムジというのは他の地方でいうタヌキのことで、マミムジというのはアナグマやササクマ、徳島県の山村などで「クマダヌキ」と呼ばれているもののことなんだよ。
見た目は似ているけれど、この二つはまったく別の種類なんだ。一番大きな違いは、後ろ足の指の数で、ヤチムジは四本で残りの一本は上の方についているのに対して、マミムジは五本が綺麗に並んでいて、その指も長くてまるでサルに似ているんだ。
だからなのかな、マミムジは穴を掘るのがとっても早くて、木にもスイスイ登るんだよ。
ヤチムジも穴は掘るけれど下手だし、木登りはしないんだ。
もう一つの特徴として、ヤチムジは別名を「十文字(じゅうもんじ)」とか「八文字(はちもじ)」とも言って、頭から背中にかけて毛の模様があって、その模様が頭の方では「八」の字に見えて、背中では「十」の字に見えるからそう呼ばれているんだ。この「モジ」も、たぶん「ムジ」が変化したもので、あとから人間が「文字」みたいな漢字を当てはめただけなんじゃないかと思うんだよね。
つまり、あっちのほうでは「タヌキ」という言葉はまったくなくて、本物のタヌキもムジナの一種だと認められているし、「モジ」も「ムジ」と同じ仲間みたいな言葉らしいから、ここでも川瀬(かわせ)さんや平岩(ひらいわ)さんの意見はちゃんと成り立つんだ。
だけどだからといって、「ムジナの全部がすべてタヌキだ」とか、「タヌキ以外にムジナと呼ばれる動物なんていないんだ」と言おうとすると、他の地方はもちろんのこと、上州(群馬)や越後(新潟)でもやっぱり間違いになってしまうんだよ。
三
これをもう少し正確に表そうと思ったら、やっぱり今、世の中で使われている『動物図鑑(どうぶつずかん)』のように説明するしかなさそうだね。
その本にはこう書かれているよ。タヌキ、別名ムジナ、イヌ科。
前足のツメはアナグマと比べて短い。
またこうも書かれているよ。アナグマ、別名ムジナ、イタチ科。
タヌキに似た黒っぽいものがいて、地方によっては「ムジナ」と呼んでタヌキと混同している。
これならたいていは間違いじゃないけれど、ただ一方には「地方によって違う」という説明が抜けていたり、「別名(いちめい)」という日本語がちょっと学問っぽくなかったりするから、AがBで、もしCもBだったら、AとCも同じ動物なんだろうって、うっかり早とちりしそうになっちゃう心配があるんだ。
どこかで誰かがそんなふうに言っているのには、いくつかの理由が考えられるよ。
たとえば、「タヌキ」という言葉を知っている人が、その地域には一人もいなかった、というのもその一つなんだ。
言葉をまったく習わなかった場合もあるし、知っていたけれど忘れちゃって次の世代に伝えなかったという場合もあり得るよね。
東日本のタヌキもその一つなんだけど、西日本では逆に、「ムジナ」という言葉をまったく使わない場所もあるんじゃないかと思うんだ。
二つの言葉の意味がどう違うのかをはっきりさせようと思ったら、どうしてもその二つの動物がどちらも住んでいる場所を探して調べなきゃいけないんだよ。
片方は本や小学校で教わった言葉で、もう片方は村で親たちが使っている言葉、というふうにしちゃうと、まず最初に比べるときの条件がそろわないからね。
タヌキとムジナの二つの名前が、どちらも昔から村の人たちに伝わっている土地も、決して少なくはないんだ。
そこへ行って「この二つはどう違うんですか?」と聞いてみたら、「いや、まったく同じものだよ」なんて答える人は、おそらく一人もいないはずだよ。
ぼくは気を付けていろんな土地の話を聞いていたんだけど、遠州(静岡)の気多(けた)の山村などでは、「ムジナはタヌキがすごく歳をとって化けたものだ」と言われているそうなんだ。
これはむしろ「ムジナ」という名前だけは知っているけれど、それがその土地にいるどの動物のことなのかをまだ突き止められていないからなんだ。ちょうど、関東のタヌキとは正反対のパターンだね。
信州(長野)の東筑摩郡(ひがしちくまぐん)などでは、両方の動物の名前をどちらも知っていて、「鳴き声を聞くだけでも区別できるよ」と言う人がいたんだ。
夜中に小さな柿の木に登って鳴くのはムジナだ、という話を聴いたのは松本でのことだったよ。
三河(愛知県)の豊川(とよかわ)の上流のほうにいる猟師なども、よく似た二つの動物がいることは知っていて、その片方の、毛も皮もどちらも価値のないほうを、だまって家の軒先にぶら下げておいて、旅人に値段をつけさせて売りつけるっていう、ちょっとずルイ話も聞いたことがあるけれど、そこではそれをまだ「ムジナ」と言っていたのかどうかはわからないんだね。
美濃(岐阜)の揖斐川(いびがわ)の上流にある徳山村(とくやまむら)でも、いないはずはないのに「ムジナ」という名前は誰も知らなかったんだ。そうして「タヌキとはどういうものか」とたずねてみると、「背中に『八』の字のような模様の毛があって、さし毛を使って筆が作れるし、綿毛がついた皮はそのまま火起こしのふいごとして使えるんだ」というふうに言われていました。つまり、それは群馬県の赤城根(あかぎね)などで「本ムジ(ほんむじ)」と呼ばれているものと同じだったのです。
三重県の中部にある山あいの飯南郡(いいなんぐん)森村あたりに行くと、「ムジナ」と「タヌキ」という二つの名前はどちらもよく知られていて、ハンターならその違いをハッキリと説明することができます。
タヌキには背中に「八」の字の模様があり、毛は柔らかくて爪は丸っこい形をしています。
それに対してムジナは、爪が長くてまるでクマのようだし、毛はゴワゴワしていて綿毛が少ないのです。
つまり、筆にもふいごにも使えない、いわゆる「捕らぬ狸の皮算用」ができないダメなやつというわけです。
私が生まれた兵庫県の中部あたりでも、「タヌキとムジナは同じものだよ」なんて言ったら、子どもにだって笑われてしまうくらい間違った話なのですが、実際にはどちらの動物も見たことがあるという人はもう少なくなっていて、タヌキは絵で見るけれど、ムジナのほうにはまったく馴染みがありませんでした。
ただ、誰に教わったわけでもなく、私なんかは「ムジナのほうが、少し顔が長いはずだ」となぜか思い込んでいたのです。
タヌキはこの地方でもよく人を化かすとされていて、とくに四国の方からの影響なのか、たびたび人に取り憑くことがありました。現に、私の親しかった女性の一人も、それに悩まされて尼さんになってしまったほどです。
ムジナのほうも、油断のならない夜の獣としては見られていますが、関東のように人を化かすという話はまだ聞いたことがありませんでした。
ただ、大きな酒蔵の奥などにいて、夜中に酒造りの歌をそっくり真似していた、というような話をよく耳にするくらいだったのです。
四
こういう実際にあった話を今よりもっとたくさん集めて、比べてみないとハッキリとは決められませんが、この「タヌキ」と「ムジナ」という二つの言葉は、入ってきた時代も状況もバラバラで、それぞれの土地にやってきたように思われます。
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