八通の間道をさまよって、小太郎山のふもとへ逆戻りをしてウロウロしていた伊部熊蔵と小頭の雁六、そのほかの鉱山掘夫たちを連れて、地脈を探り方向を案じて、ついにこの城塞の心臓部を突きとめてきたのです。
「しまった!」
と叫ぶ間もなく、もう見ている間でした! 蛾次郎のあとから小頭の雁六、伊部熊蔵、そのほかあまたの山掘夫たちが、防ぎようもなくヒラリヒラリと飛びあがって、たちまち軍師の間いっぱいになってしまいました。
三
「おい、下にいろッ」
と、伊部熊蔵は竹童の肩骨をおしました。
「…………」
竹童は肩をふってその手を突っぱねました。咲耶子も座ることなく、周囲の者たちをにらみつけていました。
その瞬間、恐ろしい静寂の中で、双方の視線だけが鋭くぶつかり合いました。
突然、ゲタゲタと笑い出したのは蛾次郎です。
「おいおい竹童、あまりのことにびっくりして呆然としちまったのかい。
いくら民部や蔦之助がいるように見せかけていたって無駄だよ、無駄。俺も親方も、ちゃんと三方ヶ原(みかたがはら)で連中の姿を見届けてきたんだからさ。
――もうあとの空っぽの巣には、大久保長安さまの軍勢が入れ替わりにふもとまで引っ越しに来ているんだ。
さあ、どきなよ、どきなよ。どこへでも好きなところへ逃げ出しな。もう小太郎山の砦は、今から徳川さまの持ち物になるんだ。お前みたいに、京都で浮浪者をしてきたような汚い奴は飼っておけないんだよ。
さあ、咲耶子も一緒に山を下りていきな。ぐずぐずしていると、命がなくなるぞ」
城攻めの先陣を切ったかのように、得意げな顔で怒鳴りつけました。
「黙れッ!」と、叩きつけるように竹童が激しく叫びました。
「誰が砦を渡すものか。ここは伊那丸さまの小太郎山だ!」
「生意気な」と熊蔵は、相手が子供だからと見くびって言いました。
「おい、あの舌の長い小僧を、後ろ手に縛り上げてしまえ」
「おうッ!」
顎の先から二、三人の山掘夫が、竹童の襟首をつかもうと飛びかかりました。
その時――咲耶子の鋭い目がキラリと横に流れました。
ひとりが彼女の腕をつかもうとしましたが、スッと身を横に引くと、すぐそばで松明(たいまつ)を持って立っていた山掘夫のひとりを、不意に部屋の隅へドンと突き飛ばしました。
「あッ――」
大の男がもろくも腰を崩し、松明を持ったまま後ろへ倒れ込みました。
部屋の隅には、たくさんの火縄の束が釘に掛けられていたのです。
そこへ、メラメラと火が這い上がりました。
ドドドドドド……ッ――という地震のような轟音が、その瞬間にあたりを暗闇に包み込みました。
松明の火が火縄に移り、その真下に積んであった銃弾の箱から火薬が爆発したのです。
しかし、火薬も鉄砲も、当時はまだ南海の異国の船から日本へ渡来したばかりで、硝石の威力も今のような凄まじいものではありません。
それに、火縄の下にあったのも二箱か三箱だったので、火を浴びたのは山掘夫の十二、三人ほど。あとは悲鳴こそ上がりましたが、命だけは助かったようです。
咲耶子と竹童は、脱兎のごとく軍師の部屋の外へ飛び出しました。
そして、その後から伊部熊蔵や卜斎(ぼくさい)たちが、黒煙と一緒に吐き出されるようにして、ふたりを追いかけてきました。
前の井楼(せいろう)の下まで来たとき、咲耶子は足を止めました。
「ちッ……」
なにか言おうとしたようですが、今さら硝煙にむせてしまい、あとの言葉が出てきません。
竹童も、ハッと太い息をつきました。
真っ黒な煙の柱が、もくもくと大空へ踊り上がっているのを見ていたからです。
……
「わ、わたしは、少し考えがあってここに踏みとどまり、最後の力を尽くします。
竹童さん、お前は早く樺(かば)の林へ戻り、あそこに繋いである鷲(わし)に乗って、ここを脱出してちょうだい。お願いです。
早くここから、逃げてください」
「に、逃げろッて?」
「ふたりともここで斬り死にしてしまっては、民部さまへ事情を知らせる者がいなくなってしまう」
「いやだ! いやだ、おいらは!」
生き残った山掘夫どもが、もう向こうからワッワッとわめきながら迫ってくる様子なのに、竹童は頑としてそこを動かず、強く首を振って言いました。
「逃げていくなんていやなこった。小太郎山を取られるくらいなら、おいらも砦と一緒に斬り死にする! どうして、そ、そんなことを言って、民部さまに会えるもんか」
「ああ、この期に及んで、そんなことを言ってわたしを困らせないでおくれ。ねえ、竹童さん」
「嫌だ! 脱出するなら、お前ひとりで逃げていきな」
「ま、なにか勘違いをしていますね」
「なぜ」
「脱出するといっても、決して卑怯でも不義でもないのですよ。
かえって、砦を枕にして斬り死にするより、立派な務めを果たせるんです。
ここでふたりが一緒に最期を迎えてしまったら、一体だれがこの事情を一党の方々に知らせるのですか」
「でも……おいらは、そんな役目は好きじゃない」
「こうしている一刻が大事なのです。頼むから、早くクロを飛ばして」
「よし、おいらはすぐにまた帰ってくる」
「えっ、じゃあ脱出してくれるの?」
「クロを飛ばしていくなら、一羽ばたきだ。
一党の人を見つけたら、おいらはすぐに帰ってくる」「咲耶子さま」
「え……?」
「それまで、樺の木々の奥へ隠れて、敵の奴らに見つからないようにしてください」
「ああ、大丈夫、死にはしませんから」
「約束ですよ!」
「ああ」
「約束ですよ」
「ええ」
「短気なことをしちゃいけないぜ」
「ああ、加勢がくるのを信じて待っています」
「おうッ、それじゃ急いでいってくる!」
竹童はヒラリと身を翻すと、先ほどのお花畑から陣馬ヶ原を駆け抜け、愛鷲のクロを飼っている深い林のくぼみへと走りこんだ。
四
「クロ……」
林のくぼみは星の光もなく真っ暗だ。
「クロ! クロ!」
彼は口笛を吹いて返事を待った。
鷲が人間の言葉で返事をするわけもないが、いつもなら、彼がこの林の中へ足を踏み入れるだけで、木の葉を踏む音を聞きつけて自分の接近を察し、嬉しそうに爽快な羽ばたきを聞かせてくれるのが常だった。
なのに、どうしたことだろう。
羽ばたきの音もなければ、ギャーッという鳴き声もしない。
「寝ているのかしら?」
鷲も今ごろは眠る時間だろうと竹童は考えた。
だが、見覚えのある大きな木の根元へ手探りで近づいてみると、彼の想像はまったく覆された。そこには、先ほどこのあたりに集まっていた城内の裏切り者、黒川八十松とほか二人の者が、肉を裂かれて無残に倒れ伏していた。しかも、そのうち一つの死骸には首がない。
そうして肝心の鷲の姿は、影も形も見当たらない。
「やっ、逃げたのかしら? 鎖だけが残っている」
いかにも、太い樺の根こぶには、鷲をつないでおいた鎖だけが残っている。そしてクロはいない。さらに三人の侍が肉を裂かれている。この謎をどう解けばいいのか。
「わかった!」
矢のごとく林を駆け出した。
彼の目は怒りに吊り上がっている。血走った涙を浮かべ、空を仰いだ……。
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