「肥前の国から来た侍、浪島五兵衛という者でございます。二、三人の家来も連れており、いかにも身分の高そうな男でございます」
「ふむ……。それで、その者が何の用があって余に会いたいと言っているのか」
「その浪島と名のる侍が、あるときにルソンから海の向こうへわたり、さらにバタビヤやジャガタラといった国々の珍しい品々もたくさん持ち帰ってきたそうでございます。それをぜひ殿のお目にかけて、お買い上げいただきたいと申しております」
「それはめずらしい品がたくさんありそうだな」
梅雪入道は、このところしきりに堺でそのような貿易品を集めている最中だったため、思わず心が動かされたようだった。
「とにかく、中へ通してみよ。ただし、会うのはひとりだけにしておけ」
「はっ」家臣は下がっていった。
それと入れ替わりに、案内されて部屋に入ってきたのは、着物や大小の刀、そして体つきもりっぱな立派な侍だったが、ただ肌の色があくまでも黒かった。
そして、その目は穏やかとはいえない独特の光を放っていた。
「取りつぎにあった浪島というのは、そちか」
「ヘッ、こうして御目通りをたまわりまして、ありがとうございます」
「さっそくだが、バタビヤやジャガタラの珍しい品々を、余に見せてもらえるかな」
「実は、他の人にはあまり知られたくない、秘密の品もございますゆえ、できればお部屋のほかの人たちを下がらせていただけますまいか」
その願いまで聞き入れられ、あとはふたりきりの座敷になると、梅雪はさらに先を促すように言った。
「それで、その秘密の品とは、いったいどのようなものじゃ」
「殿――」
浪島と名のる郷士の目が、そのとき異様な光を放ち、声のトーンまでガラリと変わった。
「お買い上げいただきたいのは、ジャガタラの品物などではありません。武田菱の家紋を打った、立派な人間でございます。どうです、お話しに乗られませんか」
「な、なんじゃとッ!?」
「シッ……大きな声を出すと、殿さまのためにもなりとりませんぜ。徳川家が血眼になって捜している武田伊那丸、それをあなたにお売りしようというのです」
「む……」梅雪入道はじっと郷士の顔を見つめ、しばらくはその大胆すぎる押し売りに言葉を失っていた。
「決して、そちらにとっても無駄なものではありますまい。武田の御曹子を生け捕りにして、徳川さまへ差し出せば、一万石や二万石の恩賞がもらえるのは間違いありません。ご先祖さま代々から禄(給料)をもらいながらも、武田家が滅びるのを見捨てて徳川家についたあなただからこそ、喜んで買ってくださるだろうと思って、あてにして持ってきた売り物でございます」
それはもう、ゆすりや脅しに近いような口ぶりだった。
それなのに、梅雪入道は顔色を失うこともなく、この無礼な男を手討ちにしようともしなかった。
どんな身分の人間であろうと、弱点を突かれると弱いものである。
穴山梅雪入道は、実際に男が言ったとおり、つい先日までは武田勝頼にとってなくてはならない信頼された武将だったのだ。
それが、織田と徳川の連合軍が攻め込んできたとき、まっさきに徳川家に降参して、甲府へ攻め込む手引きをしただけでなく、武田信玄の時代から受けてきた多大な恩顧も無視して、自分ひとりの命と栄華だけを手に入れた裏切りの武士だった。
この欲深い武士の心へ、伊那丸という格好の餌食をもって釣りにやってきたのは、言うまでもなく、侍に化けていた八幡船の龍巻その人であった。
二
都から港のほうに何か手がかりがたくさんあるはずだと目星をつけて、京都から堺へ入り込んでいたのは、鞍馬山を下山した小幡民部だった。
手下をあちこちに分けて、要所をずっと見張らせていた罠は、意外にも早く確かな成果を告げてきた。
「たしかに、八幡船のやつらしき男たち三人手が、侍に化けて、穴山梅雪の屋敷を訪ねていきました――」
この知らせを受けた民部は、訪ねた相手が主君を裏切って敵に走ったあの犬のようなくず野郎・梅雪であるだけに、やはり間違いないと直感した。
いっぽう、その夜更けに、梅雪の仮の館から出てきた三つの影は、何かコソコソとささやき合いながら、堺の町から暗い波止場のほうへ歩いていく。
「お頭、じゃあとにかく、話はうまくまとまったってわけですね」
「大成功さ。あいつも自分の出世の種になるんだから、いやだなんて言うわけがない。これからすぐに島へ帰って、伊那丸さえ連れてくれば、人間の体の重さと黄金の重さをそのまま取りっこだ」
「シッ……うしろから足音がしますぜ」
「えっ?」
と三人とも、それぞれ足にやましい秘密を抱えている身なだけに、思わず振り返ると、深編笠をかぶった侍がピタピタと歩み寄ってきて、馴れ馴れしく声をかけてきたのだった。「お頭、いつもお元気そうで何よりでございますな」
「なんだって? おれはそんな者じゃねえぞ」
「へへへへ、わたしもこうして侍の格好に化けているから、油断なさらないのはごもっともですが、さきほど町でチラッとお見かけして、間違いございませんのです」
「なんだ、おめえはいったい何者だ?」
「こう見えても、ずいぶん波の上で稼いでいた者でしてね」
「おれたちの船じゃなかろうよ、こっちは知らねえ顔だな」
「そりゃあ数ある八幡船(海賊船)ですからね」
「しっ、でっかい声出すんじゃねえよ」
「すみません。船から船へと渡り歩いてきた者ですから、長くお世話になるわけでもございませんが、お頭の船でも一時はたらいたことがあるんです」
話しながら、いつしか陸の外れにある小舟の置かれている場所までやってきていた。
あとをついてきた侍姿の男は、ぜひもう一度あの船で働きたいものだとせがみ、巧みに龍巻を信じさせて、沖に姿を隠している八幡船の仲間たちのところへ、まんまと乗り込むことになったのだ。
その男の正体が小幡民部であることは、言うまでもない。
なまじ町人の姿などに化けたりしていれば、かえって相手に警戒されたに違いない。むしろそのままの姿で敵のなかに飛び込む「反間苦肉(はんかんくにく)」の計が見事に当たったのだ。
民部の心は躍っていた。しかし表面上はどこまでもぼんやりとした様子を装い、絶えず船中に目を配っていたが、どうにもこの船にはそれらしい人物(伊那丸)を隠している様子が見当たらない。
そのため、一時は見当違いだったかとも思ったが、梅雪を訪ねたという事実だけは、どうしても民部には見逃せない確信があった。
船は、その翌日の闇夜にまぎれて、堺の沖からふたたび南へ向かって、いっぱいに帆を張って進んだ。
四
伊那丸は、数日のうちに気分もさわやかになってきた。
それと同時に、彼は生まれてはじめて目にする大海原の壮大な景色に目をみはった。
ここは一体どこの島なのだろうか、陸の影は一里(約4キロ)ほど向こうに見えている。
しかし、伊那丸には龍巻の手下が五、六人、一歩歩くにもピタリとつきまとっているので、逃げることも、どうすることもできなかった。
「ああ……」
忍剣(にんけん)のことを思い、咲耶子(さやこ)をしのび、龍太郎の行方などを思うたびに、波打ち際に立っている伊那丸の瞳に涙が光った。
「なんとかしてこの島から出たい。
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