すぐにしっかりと調べさせます!」
「仏像を作っただけで、一番大切な魂を入れないような中途半端なことは、この家康が大嫌いじゃ。伊那丸の首と、御旗楯無の宝物を両方そろえて持ってきてこそ、はじめて『見事な働きをした』と言えるのだ」
「どうか、ここ二月(ふたつき)ほどのお時間を、この梅雪にお与えくださいませ!
きっとその宝物と、塩漬けにした伊那丸の首をあわせて、殿ごらんに入れまする!」
梅雪入道は、家康にかたく約束すると、その足ですぐに堺へと引き返していきました。
そして、急いで家来たちをまとめあげて、自分たちの領国へ帰るぞと命令を出したのです。
その出発の少し前、小幡民部の姿をした民蔵は、どこかへ向けて二、三通の秘密の手紙を飛ばしていました。
いったいどこへその手紙が届いたのかは、誰も知るよしはありませんが、そのうちの一通は、間違いなく京都の鞍馬山(くらまやま)の僧正谷(そうじょうがに)にいる、不思議な術を使う果心居士(かしんこじ)の手もとへ送られたようでした。
堺を出発した穴山の一族や家来たちは、伊那丸を頑丈な鉄の格子でできた駕籠(かご)の中に閉じ込め、威風堂々と東海道を下り、駿府(すんぷ)から西へ曲がって、甲州の山へと続く身延(みのぶ)の街道へとさしかかりました。
このあたりは、見渡すかぎり果てしない晩秋の広野が広がっています。
――ああ、そこは伊那丸にとって、とても思い出深い富士の裾野でした。
かつて加賀見忍剣(かがみにんけん)と手を取り合って、さまよい歩いた富士の裾野です。
けれど、鉄の網がかけられた駕籠の中にいる伊那丸の目には、懐かしい富士の姿も見えなければ、富士川の流れも、枯れたススキの原も見えません。
ただ耳に入ってくるのは、ビュービューと寂しく鳴る秋風の音と、物寂しく鳴く虫の声ばかりです。
すると、どこからともなく、誰が吹いているのか、秋の季節にぴったりの笛の音が聞こえてきました。
その不思議な音色は、ふと伊那丸の心の奥底まで染み入るようでした。
――彼は、真っ暗な駕籠の中で、じっと耳を澄ましました。
「おっ! あれは咲耶子(さやこ)、咲耶子の笛ではないのか!」
思わずそう呟いた、その時でした。
突然、何の前触れもなくドンと駕籠が大きく揺れました。
「無礼者、お殿さまの駕籠の先を歩くとは何事だ!」
「あやしい女だ、引っ捕えろ!」
何人もの家来たちが、ドタバタと道の前に駆け集まりました。
穴山の家来たちは、あっという間に襲いかかり、一人の少女をその場にねじ伏せました。
「しばらくお待ちくださいまし!
わたくしは、けっしてあやしい者ではございません。
穴山梅雪さまがご通行なさるこの機会に、どうしてもお訴えしたいことがあるのです!」
「だまれ! ご道中でそんな勝手な訴えを聞き届けるわけにはいかん、帰れッ!」
家来たちの怒鳴り声を聞きつけて、駕籠の扉を開けさせた梅雪は、
「何かワケがありそうな娘だ。
どんな願いなのか、話を聞いてやろう。こちらへ連れてこい」と、一同を制止しました。
美しいおさげ髪に結び、帯のあいだに笛を挟んだその少女は、おずおずと梅雪の駕籠の前へと進み出て、その場に手をつきました。
「訴えたいことがあるのなら、その内容を申してみよ」また、このようなさびしい広野に、ただひとりいるお前は、いったいどこの誰の娘なのだ」
「野武士の娘で、咲耶子ともうしまする。
お訴えいたすまえに、どうしてもお伺いしたいのは、うしろの鎖駕籠(くさりがご)のなかにいらっしゃるお方です。
もしや武田伊那丸さまではございませんでしょうか」
「それを聞いてどうしようというのだ」
梅雪はおそるような鋭い目を、咲耶子の動きにじっと向けました。
けれど彼女は、野原に無邪気に咲く花のように、なんの恐れも隠しごともなく、爽やかに言葉をつづけました。
「実は、まえに伊那丸さまから、ご大切な宝物とやらを、父とわたくしとでお預かりしておりました。そのために、私たち親子はとてつもない大変な目に遭っておりますゆえ、きょう、こうして通りかかられたのを幸いにお返ししたいのでござります」
「ふーむ、して、その宝物とやらはどんな物なのだ」
「この先の、五つの湖のどれかに沈めてありますゆえ、どんな物かはぞんじませぬが、このごろ、あっちこっちの悪者どもがそれを嗅ぎつけて、湖の底を探し回っておりまする。
なんでも石の箱にはいっている、武田さまのお家の大切な宝だともうすことでござります」
「む、よくぞ申し出てくれた。
褒美はたっぷりと与えるから、すぐに案内せい!」
梅雪の顔は、思いがけない幸運に巡り合えた喜びでいっぱいになりました。
――ですが、駕籠のそばにいた民蔵は、サッと顔色を変えて、この厄介な秘密を告げた少女を、人目さえなければ今すぐ一刀のもとに斬り捨てたいほどの殺気を、目にみなぎらせていました。
行列は急に向きを変えて、五湖の一つに沈んでいる宝物を探しに向かいました。
けれども、道案内に立った咲耶子は、西も東もわからない広野の中を、ただグルグルと引き回すばかりです。一同は、道のない野原を歩いて疲れ果て、梅雪もようやく怪しむように眉をひそめはじめました。
「民蔵はおらぬか、民蔵!」と呼びつけて、
「あの小娘の様子、だんだんとおかしなことになってきた。
もしかすると、野原で稼ぐ山賊どもの手先として使われている者かもしれん。もう一度、引っ捕らえて問い詰めてみろ」
「かしこまりました!」
民蔵は「待っていました」と思いました。
ドタバタと前列へ駆け抜けてくると、いきなり、むんずと咲耶子の手首をつかみました。
「小娘ッ!」――それは甲州流兵法の達人である小幡民部でした。こう言い放った彼の眼光は、まるで射るように鋭いものでした。
「なんでござりますか」
「さきほどから見ていると、わざわざ道のない野原へ案内していくとは怪しい。
いったいどこへいくつもりだ」
「知りませぬ。わたしはひとりで勝手に歩いているのですから」
「だまれ! 五湖へ案内すると言ったのではないか」
「誰が、穴山さまのような、汚らわしい犬侍の案内などするものですか!」
「おのれ……さては野盗の手引きだな!」
「いいえ、違います」
「白を切るなッ!
ならば誰に頼まれた」
「御旗楯無の宝物が欲しさに、欲望に目がくらんで、わたしのような少女にまんまとだまされた! オホホホホ……やッとお気がつかれましたか!」
「おのれッ!」
抜く手も見せず、民蔵がサッと斬りつけた切っ先からヒラリと、蝶のように飛び退いた咲耶子は、バラバラと小高い丘へ駆け上がるよりも早く、帯に挿していた横笛を引き抜くと、片手に持ったまま宙へ高く、ふってふってふりまわしました。
ああ! これはいったい何なのだ? なんの合図だ?
それと同時に、一面の野原に見えていたあちらこちらのススキの根もと、小川のほとり、くぼ地の陰などから、たちまちむくむくと人影が動き出しました。
「ウワーッ!」と大きな声をあげて現れたのは、四、五十人の野武士たちです。
手に手に太刀を振りかざして、あわてふためく穴山の一党の中へと、まるで天魔の軍勢のように猛然と斬りこんでいきました。
初級翻訳・神州天馬侠 第24話
吉川 英治
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