「それに、後から聞いた話では、てめえは夕方、物置小屋から二、三十本もの松明(たいまつ)を盗み出したそうだな。一体そんなものをどこへ持ち出して、何のために使ったんだ。嘘をつくとこれだぞ!」
いきなり弓の折れ(弓の端材)を振り上げ、羽目板をピシリッと打ち据えました。そのあまりの激しい音に、蛾次郎が震え上がったのはもちろん、菊池半助までもが肝を冷やしました。
卜斎はその時になってようやく、半助の存在を思い出して声をかけました。
「まあよいわ。お客人がいるから、てめえの詮議はあとにしよう。ときに旅のお武家様、今夜はもう更けておりますから、この上の中二階へ上がってごゆっくりお休みください。夜具もあれば火の気もあり、食い物もあります。男世帯の屋敷ですが、どうぞお好きになさってください」
「かたじけない。では、お言葉に甘えて夜明けまで……」
半助は、ここにいるのも気まずいため、びっこを引きながら教えられた中二階への梯子を、ギシリ、ギシリと踏みしめて上がっていきました。
(はてな……)
梯子を上がりながら、半助は一つの疑念を抱きました。
(どこかで見たことのある男だが……ただの鏃師ではない。一体、どこで……)
しきりに思い悩んだものの、結局、中二階へ上がるまでにその答えを出すことはできませんでした。
卜斎に言われた通り、押入れから布団を出して横たわり、膝の槍傷を布で巻きつけていると、すぐ下の土間で再び荒々しい声が響き始めました。
「野郎、どうあっても言わぬな! 言わなければ、これだッ」
弓の折れがヒュッと空を切る音がすると、蛾次郎がオイオイと泣き出しました。まるで七つか八つの子供のような泣き声です。
「言います、親方、言いますから勘弁してください!」
「では、何者に頼まれて松明を盗み出した。さあ、言え」
「白旗の森にいる、竹童という、私より五歳ほど下の子供に頼まれたんです。その者に渡しました」
「あきれ果てたバカ者だ。自分より年下のガキに手先として使われるとは情けない奴。……しかし、てめえも何か報酬をもらったんだろう?」「ただで松明をやるはずがない」
「いいえ、なんにももらいなんかしやしません」
「まだいいぬけをしやがるか!」
またしても、ピシリッと弓の折れが空気を切り裂く音がしました。蛾次郎がヒイヒイと泣き叫ぶ声が聞こえます。すぐその上の階にいる菊池半助は、これではとても今夜は眠れないと思いました。
いらいらを募らせた半助は、寝床からはい出すと、再び梯子口からコマねずみのようにそっと顔をのぞかせました。
そのとき、半助は初めて卜斎の顔をまじまじと見ることができ、思わず「あッ」と、声が漏れそうになるのを必死で噛み殺しました。
(どこかで見たことがあるはずだと思ったら――あれは、越前北ノ庄の主、柴田権六勝家の腹心ではないか。……おお、鏃師の鼻かけ卜斎とはよくも巧みに化けたものだ。その正体は、鬼柴田の爪と恐れられた、軍師であり築城の大家・上部八風斎だ!)
いつも柴田権六が攻略軍を出すときには、そのずっと前から敵の領土に住み込み、砦の構えや水利、土地の理(地形)を余すところなく探り出し、一気に掌握してしまうという、恐るべき人物です。
(その八風斎がこの裾野に巣を作ったということは、さては野心の深い柴田勝家が、早くも天下を狙う足がかりとして、この一帯に目をつけたものだな。武田伊那丸といい、呂宋兵衛といい、それに秀吉の手の者が入り込んでいることといい、どれもこれも徳川家にとっては大凶兆だ。こりゃ、裾野一帯は、いよいよ油断のならない場所ばかりだ……)
半助は耳を畳にこすりつけ、階下の声を一語も聞き逃すまいと息を殺していました。すると下から再び卜斎の声が聞こえてきました。
「なに? ではその竹童という童に二十本の松明をくれて、そのかわりに鷲に乗せてもらったというのか。おい! 泣きじゃくってばかりいたのではわからぬわい。はっきりと口をきけ!」
「そ、そうなんです……」
ベソをかきながら答えているのは蛾次郎の声です。
「松明を持っていったら、そのお礼に大きな鷲の背中に乗せてくれましたから、白旗の森の上から空へ上がって、五湖や裾野の上をぐるぐると回ってまいりました」
「そうか、これで事情がわかった」
卜斎はうなずくと、なおも竹童の様子や鷲のことなどを詳しく問い詰めました。蛾次郎はこれで許してもらえるのかと思いきや、荒縄で両手を縛り上げられたまま、松明を盗み出した物置小屋の中に三日間の監禁を言い渡され、放り込まれてしまいました。
そのあとは卜斎も寝入り、細工小屋の槌音もやんで、真夜中の静けさに戻りました。しかし半助だけは、薄い布団をかぶって横になりながらも、眠ることもできず目をパチパチとさせていました。
「鷲、鷲! 竹童というやつが自由自在に操る飛行の大鷲! おお、そいつを一つ巻き上げて、今度の手柄として持ち帰ろう……」
彼はふと思いついた胸中の奇策に、ニタリと笑みを浮かべました。しかしそのとき、何気なく天井を見上げた瞬間、彼は全身の血を氷のように凍らせて、「や、や、やッ」と目をむいて震え上がりました。
三
菊池半助が身をすくませたのも道理です。中二階の天井には一面に鉄板が張られており、そこには氷柱のように無数の鏃(やじり)が植え付けられていたのです。
剣の切っ先よりも鋭い鏃は、ちょうど仰向けになっている半助の真上で、不気味な光を放ちながら並んでいます。もしその鉄板が一度でも落ちてくれば、いかに隠身(隠れ身)の術が自由自在で、怪力無双な者であっても、体は蜂の巣となって圧死してしまうでしょう。
「釣り天井か……」
半助はとっさに壁際へ身をすり寄せました。
(この恐ろしい部屋へ自分を案内したからには、鼻かけ卜斎こと八風斎は、すでに自分が徳川家の伊賀衆・菊池半助であることを見破っているに違いない)
半助が試しに梯子口をのぞいてみると、案の定、いつの間にか梯子は取り外されており、下には怪しい落とし穴が仕掛けられている様子です。他に逃げ道は当然ありません。半助は絶体絶命の窮地に陥りました。
けれど、五本の指と二本の足が動く以上、こんなことでおめおめと命を落とすような菊池半助ではありません。彼は脇差を抜くと、いきなり壁のあちこちをズブズブと突き刺しました。
外へ通じるところを突き止めると、たちまち二尺四方ほどの穴を切り抜き、まるで猫が障子の穴をすり抜けるようにするりと身をはい出しました。そして一丈四、五尺の高さから大地へとポンと飛び降りました。
そして、「ここだな……」と、すすり泣きの漏れている物置小屋の戸をねじ開け、中にいた蛾次郎を助け出しました。
「あッ、お武家さん――」
蛾次郎が素っ頓狂な声を出すのを慌てて口を押さえ、半助は言いました。
「静かにせい。先ほどお前が俺を助けてくれた返礼に、今度は貴様を救ってやる。
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