硝石なんかは皆、イギリス製を買い込んでいると言っていたぞ」
「向こうは向こう、こっちはこっちだ。何も真似をするこたあねえ。第一、俺は毛唐(けとう)のものは嫌いだ。俺の仕事は日本流でいくんだ」
「こいつ、呆れ果てた無知なやつだ。じゃあ、どうしても藩の指導には従わず、仕事も洋式には頼らないというのだな」
「他の連中がやるだろうよ。あっしは御免だ」
「松代藩(まつしろはん)には、西洋火術の大家、佐久間先生がおられるのだぞ」
「戸狩村には、七(しち)がいるぜ」
「な、生意気な広言を! こんな山村に伝わっているやり方なんて、もう時代遅れなんだ!」
「じゃあ、聞いていいか」
「何だ?」
「洋式でやれば、赤色でも出せるっていうのか?」
「火色のことか」
「そうだよ!」
「ば、馬鹿め。気が狂っているのか貴様は。どこの国の花火に赤色があるっていうんだ! 薄い樺色(かばいろ)なら出る。だが、真紅(しんく)は出せない! そんなことは当たり前のことだ」
「ところが、俺の腕からは赤が出せるんだ。しかも、血のように真っ赤なんだぜ! 紫だって出る。不思議じゃねえか、洋学なんて、甘えもんさ」
七は、自分の優越を信じ切ったようにセセラ笑いました。
ここで説明しておかなければ分かりにくいでしょうが、七が啖呵(たんか)を切ったように、昔の花火には赤色はありませんでした。薄い樺色に近い光は出せても、今日のような真っ赤な光彩は夢にも見られなかったのです。
日本の花火に鮮やかな赤色光が一般的に見られるようになったのは、明治八年に海外へ渡り、大火傷を負って帰国した両国の鍵屋弥兵衛(かぎや やへえ)が持ち帰った研究の成果です。それまでは存在しなかったのです。七の放言が、狂人のたわ言と聞こえても、当時は無理もありませんでした。
慎吾は、睨みつけて言いました。
「じゃあ貴様は、絶対に赤が出せるというのだな」
と、強く念を押しました。
「ああ、俺は出して見せる。だから、気の毒だが俺の仕事には一切口出ししないでくれ」
兵助老人は、あまりに激しいやり取りに手を出しかねていましたが、ついに横から口を挟みました。
「こら、七! なんということだ。次席家老の御子息に対して、その口の利き方はなんだ!」
「仕事のことです! へい、仕事の上なら、あっしは誰が相手だろうと、どんなことだって言わずにはおけません」
「仕事に熱心なのは良いが、礼儀も理非も滅茶苦茶になっては困る。……慎吾殿、勘弁してやってください。悪気のない奴ですが、こういう性分なもので」
老人の言葉に、二人とも少し態度が和らぎました。
するとすぐ、七の目がチラリとお芳を捉えました。その視線に慎吾も気づいて振り返ると、彼は四人の同僚に手や腰を支えられながら立ち上がり、こう言い放ちました。
「無学なやつは救いようがないな。しかし、このままでは藩の御威光にも関わる。……いずれ貴様の仕事場へ伺って、今夜の決着をつけるからそのつもりでいろ!」
「おう。仕事の意地なら、果し合いでもしてやるぜ」
捨て台詞を投げ返すと、七はさっさと自分の家へ帰ってしまいました。
七
「お芳殿、どこへ行くのですか」
少し汗ばむような陽気でした。杏(あんず)の花の香りが熟れるように漂っています。
お芳は足を止めました。森の中からこちらへ歩いてくる慎吾の笑顔を見つけたからです。彼の顔や肩に、木々の間からチラチラと降り注ぐ光の斑点(まだら)に、彼女は思わず見とれてしまいました。
「七の家へ行くのでしょう」
「まあ」
「驚いたか。余りによく知っているので」
(帰ろうかしら……)
彼女は困ったような顔をしました。
「何もかも兵助殿から聞いている。書物を取り戻しに行くのであろう」
「ええ」
「ああいう乱暴者のことだ、またどんな無礼を言わないとも限らない。拙者がついて行ってやろう」
「そんな心配はございません」
「分かるものか。第一、そなたがあんな書物を持ち出したのがいけない。この間の広言も、墓荒らしも、すべてその書物が種になっているのだろう」
いよいよ困った顔をして、お芳は自分の足元を見つめながら歩いていました。
「墓場の死肉から燐(りん)ぐらいはとれるかもしれないが、赤光を出す薬液などがとれるものか。」「ばかばかしい」
「本当に、駄目なのでしょうか」
「そなたも本気になって、そんな腐ったものを掘る見張りをしていたのか」
「でも、父の秘本に、赤い光を出す混ぜ薬のことが書いてあって。それには、墓場にある『ある物』から一つの薬をとるのだと書いてあったんです」
「そんなことは、アイヌ族や熊襲(くまそ)でも考えたことだろう。今日では、火術も進んでいる。高島秋帆(たかしましゅうはん)、江川太郎左衛門、また同藩の佐久間先生も、みな洋学に倣っておる。たとえば、私たちが戦時につかう狼火(のろし)というものでも、無知な戦国時代には、狼の糞を干し蓄えて燃やしたものだ。狼の糞の煙は不思議と高く真っ直ぐに上がるから――。それで『狼の火』と書いて『のろし』と読ませるのもそのわけだが、今ではあて字にもならない。長崎から入る蘭薬(らんやく)を二、三種合わせれば、音のしない狼火でも、音がするものでも、自由に簡単に作れるのだ。また、そもそも美しさに感動しようとして人が観賞する花火を作るのに、なんのために、何に飢えて墓地の醜物を漁る必要があるだろうか」
「そうおっしゃれば、まったくその通りでございますね」
お芳は、今まで信じていた七の腕が、この間の晩の口論を聞いてから、慎吾の知識の尺度と比べられ、急にはかないものに思えてきた。
「時勢が違ってくると、大きな声では言えないが、幕府でさえぐらついてきているではないか。思想、学問、工芸、何でも古い頭脳では追いつかない。七之助みたいなやつは、いくら腕がよくても、洋学が進めば、無知な土民というだけで、あんな仕事は五年も先には役に立たなくなる」
「そうでしょうか」
「そうですとも。だが、そこへ行くと、兵助殿は偉い。さすがに頑固ではない。世の中の行く末を知っている」
「いえ、あれで、そうでもないんです」
「なに、考えているさ。その証拠には、拙者の説などもよく受け入れるし、またそなたの夫となる人物などについても……」と、彼は彼女の横顔をわざと見つめた。
「あ……もうそこが七之助さんの家ですが」
「かまわないからお入りなさい」
「でも」
「拙者は外に隠れているよ。万一あいつが返さないの何のと苦情を言ったら承知はしない」
「そんな心配はございませんが、あの、ほかに少し話がありますから」
「じゃ、拙者が聞いていては困ることと見えるな」
「追い返すわけじゃございませんけれど」
「帰ってくれというのだろう。よろしい、遠慮して、拙者は元の道へ引き返すことにしよう。その代わりに、約束してくれないか」
「何をですか」
「実はこの慎吾も、そなたに一度話したいことがある。だがいつも同僚たちのいる屋敷では都合が悪いから、旧お陣屋跡にある家で一度会ってくれないか」
「あそこは昔、代官のお別荘で、今では誰も住んでおりません」
「人が住んでいては困るんだ。
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