では、こっちもしばらくねむるとしようか」
学士は、ひとりごとをいって、椅子にこしをかけ、配電盤のまえの机に両ひじをつき、顔を腕のうえにのせました。
やがて、学士もまた、ぐうぐうといびきをかきはじめ、ゆめ路をたどるのでありました。
深度零
春夫少年は、ふと目がさめました。
なにか大きなもの音をきいたように思いました。
毛布から出て、むくむくと起きあがってみますと、青木学士が、潜望鏡にとりついて、うんうん呻っているのです。
これにはおどろきました。
「青木さん、どうしたのですか」
「ああ、春夫君か。
どうもへんなんだ。
潜望鏡が上らなくなったんだ」
「故障ですか」
「故障にはちがいないが、ふつうの故障とはちがう。三センチばかりは、楽にあがるが、あとはどうしてもあがらないのだ」
「ふしぎですねえ」
春夫少年は、小首をかしげて、青木学士のそばへやってきました。
学士が、潜望鏡のハンドルをもって、ごっとんごっとんやっているのを、しばらく見ていた春夫少年は、やがてぷっとふきだしました。
「なんだい、笑うなんて」
青木学士が、きげんのわるいこえでいいました。
「だって青木さん。
夜中に潜望鏡を出しても、仕方がないでしょう。
なんにも見えないじゃありませんか」
「なにをねぼけているんだ、君は……時計を見たまえ。
今は夜じゃないよ。
朝の五時ごろなんだぜ」
「えっ、もうそんな時刻ですか。
こいつはしまった」
春夫少年は、腕時計を見ました。
なるほどもう五時です。
彼は、きまりわる気に、あたまをかきました。
「よくねむったもんだなあ。
まだ夜中だと思っていましたよ」
「ねぼけちゃ、こまるねえ。
しかし、こいつはよわった。
外が見えないでは、こまるなあ」
春夫は、心細くなってきました。
が、そのとき、気がついたことがありました。
「青木さん。
そんなら、海面へうかんで、昇降口をあけたら、どうですか」
「そんなことをしては、危険だよ。
先に潜望鏡を出して、あたりに敵のすがたのないことをたしかめた上で、うきあがるようにしなければなあ」
「なるほど、それはそうですね」
春夫は、またも失敗したかと、顔をあかくしながら、ふと深度計の針を見ました。
するとおどろいたことに、深度計は零をさしていました。
「青木さん。
この潜水艇は、もう海面へうきあがっているのじゃないのですか」
「そんなことはない」
「だって、これをごらんなさい。
深度計の針は、零をさしていますよ」
「そんなはずはない」
学士は、すぐさま、つよく言いかえしましたが、念のために目をうつしてみますと、これは意外!
「おや、いつの間に、深度が零になってしまったんだろうか。
これはますますへんだぞ」
学士は深度計のガラスを、手でもって、かるくとんとんと叩いてみました。
それは、もしや針がどこかにくっついていて、うごかなくなったのではないかとおもい、針をはずすために、かるい震動をあたえてみたのです。
しかし、深度計の針は、あいかわらず、零のところにとまったきりでした。
「これは、ふしぎだ」
青木学士は、深度計のまえに腕組をして、うーむと呻りました。
一体、どうしたわけでしょう。
口蓋開き方
「じょうだんじゃない。
この潜水艇は、推進器がからまわりをしているぞ」
青木学士が、大きなこえをだしました。
よほどおどろいたものと見え、学士の顔は、まっかです。
「からまわりって?」
「からまわりというのは、推進器が、水の中でまわっていないで、空気の中でまわっているという意味だ」
「え、空気の中で? すると、この豆潜水艇は、飛行機になって空中をとんでいるというわけですか。
すごいなあ、この潜水艇は……」
「おだまり」
学士が、しかりつけました。
「え」
「いくらなんでも、豆潜水艇が飛行機になったりするものか」
「あ、そうでしたね。
この艇はジャガイモみたいな形をしているから、とても空中をとべないや」
春夫少年は、つい青木学士にわるいことをいってしまって、気の毒になりました。
しかし、つぎからつぎへと、このせまい豆潜水艇の中に、ふしぎなことがおこるものですから、春夫少年はなんとかして青木学士のため力をかしたいと思い、いろいろ考えるのですが、どうも青木学士にほめられるようなことになりません。
「思いきって、昇降口をあけてみよう」
と、青木学士は、とつぜんいいだしました。
「えっ」
「空中に推進器がでているものとすれば、昇降口をあけても、水ははいってこないわけだ。
少しは危険かもしれないが、とにかく外の様子がわからないことには、なにもできやしない」
学士は、ついに決心をしたようです。
「春夫君。
君に重大な用をいいつけるよ。
昇降口を、用心しながら、そっとひらいてくれたまえ。
そしてぼくが、しめろ! といったら、大いそぎでしめるのだよ」
「青木さんは、どうするのですか」
「ぼくか。
ぼくは昇降口のわずかの隙間から外をのぞくのだ。
なにが見えるか、のぞいてみよう」
「ああ、あるほど、ぼくは大役ですね」
さあ、たいへんなことになってしまいました。
へたをやれば豆潜水艇は、ここでぶくぶくと沈んでしまうかもしれません。
春夫少年は、昇降口をひらくハンドルにつきました。
「よろしい、口蓋開き方、はじめ」
「はーい」
栄螺が、そろそろと蓋をもちあげるように、いまこの豆潜水艇は、昇降口の蓋を、そろそろともちあげはじえました。
学士は、軽業師が梯子の上へのぼったような恰好をしています。「あっ、しめろ!」――とたんに学士の命令です。
春夫は、あわててふたを、がたんとしめました。
「島だ、島だ。
島へつきあげている。
そして……」
学士は、上ずった声でさけびました。
ふしぎな島?
さすがの青木学士も、よほどおどろいたとみえて、にぎりこぶしで、とんとんと自分の胸をたたくばかりで、しばらくはあとの言葉がつづけられませんでした。
これを横からみている春夫少年は、気が気ではありません。
「ねえ、青木さん。
早く話をしてよ。
いま、ぼくにふたをあけさせて、青木さんは、いったい、なにを見たの?」
「し、島だ……」
「島を見ただけなら、なにもそんなにおどろくことはないじゃありませんか」
「と、ところが、あたり前じゃないんだ」
と、青木学士のことばは、すぐとぎれてしまいます。
「あたり前の島でないというと、どんな島?」
「それが、どうもへんなのだ。
外国の水兵が立って番をしているんだ。
しかも服装から見ると、アメリカの水兵なんだ。
おどろくのもむりではないじゃないか」
青木学士は、ようやくふつうにお話ができるようになりました。
「なんです、アメリカの水兵ぐらい。
ちっとも、こわいことはないや」
「それはそうだけれど、その水兵はものものしく武装をしているのだよ。
つけ剣をした銃をもっていた。
防毒面をかぶっていた。
おかしいではないか。
日本の領土から、それほどとおくないところに、アメリカの水兵が、こんなものものしい姿をして番に立っている島があるのは、ふしぎすぎる話じゃないか」
青木学士にそういわれてみると、なるほどふしぎでもあり、へんです。
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