初級翻訳・赤い蝋燭と人魚 第2話

小川 未明

誰でもその絵を見ると、つい蝋燭がほしくなってしまうような、不思議な力と美しさがその絵には宿っていたのです。
「うまく描けるはずだ。人間ではない、人魚が描いたのだもの」とおじいさんは感心して、おばあさんと話し合いました。
「絵を描いた蝋燭をください」と言って、朝から晩まで子供や大人が店に買いに来ました。
案の定、絵を描いた蝋燭はみんなに大人気となりました。
すると、ここで不思議な噂が広まりました。
この絵が描かれた蝋燭を山の上のお宮に供え、その燃え残りを身につけて海に出ると、どんな大嵐の日でも決して船が転覆したり、溺れて死ぬような災難に遭うことはないということが、いつの間にかみんなの口から口へと評判になったのです。
「海の神様を祭ったお宮だもの、きれいな蝋燭を供えれば、神様も喜んでくださるに決まっている」と、町の人々は言いました。
蝋燭屋では絵入りの蝋燭が飛ぶように売れるので、おじいさんは朝から晩まで一生懸命に蝋燭を作り、娘はその傍らで、手が痛くなるのも我慢して赤い絵の具で絵を描き続けました。
「こんな人間とは違う自分を、よく育てて可愛がってくださったご恩を忘れてはならない」と、娘はやさしい心でそう感じ、大きな黒い瞳をうるませることもありました。
この話は遠くの村まで広まりました。
遠方の船乗りや漁師たちは、神様に供えられた絵入りの蝋燭の燃え残りがほしいと、わざわざ遠いところからやって来ました。
そして蝋燭を買って山に登り、お宮にお参りして蝋燭に火を灯し、それが燃えて短くなるのを待ってから、大切に持ち帰りました。
だから、夜も昼も、山の上のお宮には蝋燭の火が絶えることがありませんでした。
特に夜は、灯火の光が海の上からも美しく見えたものです。
「本当にありがたい神様だ」という評判が世間に広がりました。
そうして、この山は急に有名になりました。
神様の評判はこれほど高くなりましたが、誰一人として、蝋燭に心を込めて絵を描いている娘のことを気にかける人はいませんでした。
したがって、その娘をかわいそうに思う人もいなかったのです。
娘は疲れ果て、ときどき月のきれいな夜には、窓から頭を出して、遠く離れた北の青い青い海を恋しがり、涙ぐみながら眺めていることもありました。四

ある時のことです。南の国から、旅の商人がやって来ました。
彼は北の国へ行って珍しいものを見つけ、それを南の国へ持ち帰ってひと儲けしようとたくらんでいたのです。
その商人は、どこで聞きつけたのか、あるいはいつ娘の姿を見てしまったのか、この娘がただの人間ではなく、世にも珍しい「人魚」であることを見抜いてしまいました。ある日、彼はこっそりと老人夫婦の家へやって来ると、娘には内緒で「大金を出すから、その人魚を売ってくれないか」と持ちかけました。
老人夫婦は、最初は「この子は神様が授けてくださった子だ。どうして売ることができようか。そんなことをすれば罰が当たる」と言って、首を縦には振りませんでした。
けれど商人は、一度や二度断られてもあきらめず、何度もやって来ました。
そして老人夫婦に向かって、「昔から人魚は不吉なものとされている。今のうちに手放さないと、きっと悪いことが起きるぞ」と、いかにももっともらしい嘘をついたのです。
老人夫婦は、ついにその言葉を信じ込んでしまいました。
それに加えて、大金が手に入るという誘惑に心が奪われ、とうとう娘を商人に売る約束をしてしまったのです。
商人は大喜びで帰っていきました。そして、近いうちに必ず娘を迎えに来ると言い残しました。
この話を知ったとき、娘がどれほど驚いたことでしょう。
内気でやさしい娘は、この家を離れて何百里も遠い、知らない熱い南の国へ連れて行かれることをひどく怖がりました。
そして泣きながら、老人夫婦にお願いしました。
「私はどんな仕事でも一生懸命働きますから、どうか知らない南の国へ売られていくことだけは許してください」と訴えたのです。
しかし、すっかり金に目がくらみ、鬼のような心になってしまった老人夫婦は、どんなに娘が頼んでも聞き入れませんでした。
娘は部屋に閉じこもり、一心不乱に蝋燭へ絵を描き続けました。
けれど老人夫婦はそれを見ても、かわいそうだとか、哀れだなどとは少しも思いませんでした。
月が明るく輝く夜のことです。
娘は一人で波の音を聞きながら、自分のこれからの運命を思って悲しんでいました。
波の音に耳を澄ませていると、不思議なことに遠くの方から自分を呼ぶ声が聞こえるような気がしました。娘は窓から外を覗いてみましたが、そこにはただ、青い海の上に月の光が果てしなく照らしているばかりでした。
娘はまた席に戻り、蝋燭に絵を描いていました。
するとその時、家の前が騒がしくなりました。
例の商人が、約束通りその夜、娘を連れに来たのです。
彼は、鉄格子のはまった四角い箱を車に乗せてやって来ました。
その箱の中には、かつて虎やライオン、豹などが入れられていたことがあります。
商人は、このやさしい人魚も結局は海の中の獣と同じだと言い、虎やライオンのように扱おうとしていたのです。
もし娘がこの箱を見たら、どれほど魂消たことでしょう。
娘はそんなこととは知らず、うつむいて絵を描いていました。
そこへおじいさんとおばあさんが入ってきて、「さあ、お前は行くんだ」と言って、無理やり娘を連れ出そうとしました。
娘は手に持っていた蝋燭に、急かされるあまり絵を描くことができず、ただ真っ赤に塗りつぶしてしまいました。
娘は、その赤い蝋燭を自分の悲しい思い出の記念として、二、三本残して行ってしまったのです。

五

本当に穏やかな夜でした。
おじいさんとおばあさんは、戸を閉めて寝てしまいました。
真夜中を過ぎた頃のことです。
とん、とん、と誰かが戸を叩く音がしました。
年をとっている二人は耳が敏感で、その音に気づいて「誰だろう」と思いました。
「どなたですか?」とおばあさんが聞きました。
けれども返事はなく、続けて「とん、とん」と戸を叩く音が響きます。
おばあさんは起きて戸を少しだけ開け、外を覗いてみました。
すると、そこには肌の白い女が一人、立っていました。
女は蝋燭を買いに来たのだと言いました。
おばあさんは、少しでもお金が儲かるならと、決して嫌な顔はしませんでした。
おばあさんは蝋燭の箱を出して女に見せました。
そのとき、おばあさんはびっくりしてしまいました。
女の長い黒髪がびっしょりと水に濡れていて、月の光を浴びてキラキラと輝いていたからです。
女は箱の中から、真っ赤な蝋燭を手に取りました。
じっとそれを見つめていましたが、やがてお金を払うと、その赤い蝋燭を持って帰っていきました。
おばあさんは明かりの下で、受け取ったお金をよく調べてみました。すると、それはお金ではなく、貝殻でした。
おばあさんは騙されたと怒って家から飛び出しましたが、もはやその女の姿はどこにも見当たりませんでした。
ちょうどその夜のことです。
急に空の様子が変わって、ここ最近にはないほどの大嵐になりました。
それはちょうど、商人が娘を檻の中に入れて船に乗せ、南の国へ向かって沖合を進んでいた頃のことでした。

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