そして、この大発明を手伝う気にはならないかね」
「それには、どうすればいいんですか」
大友君は、おそるおそる尋ねました。
「きみが、透明人間第四号になってくれればいいんだよ」
老人は相変わらずニコニコしながら、ギョッとするようなおそるべきことを言うのです。
「いやです! ぼく、いやです。
透明人間にされるなんて、いやです!」
大友君はまっさおになって叫びました。
「ハハハ……、きみは怖がっているね。
なあに、ちっとも怖いことなんかないよ。
そこの手術台でひと晩眠ればいいんだ。
はじめに眠り薬を注射するから、何も知らずにぐっすり眠ってしまうよ。
そして目がさめれば、きみはもう透明人間になっているのだ。
だれにも見られないで、どんなことだってできるんだよ。
きみは、童話の魔法使いになったようなものさ。
さあ、どうだい。
夢のような話じゃないか。
こんなにおもしろいことが、ほかに他にあると思うかね」
「いやです! ぼくの顔やからだがなくなってしまうなんて、いやです。
お父さんやおかあさんにも会えなくなるし、友だちとも別れなければなりません。
そんなの絶対にいやです。
ぼく、魔法使いになんかなりたくありません!」
大友君は必死になって反対しましたが、老人がそれに耳を貸すはずもありません。
「そんなにいやかね。
だが、いくらイヤだと言っても、きみはもうわしのとりこなのだ。
逃げようとしても、この部屋には出口がない。
秘密の戸を開け方さえ、きみは知らないんだよ。
わしの命令に従うほかないのだ。
さあ、いい子だからおじいさんの言うことを聞いて、じっとしているんだよ」
怪老人はそう言いながら、いきなり椅子から立ち上がると、パッとコウモリの羽のように外とうの袖を広げ、大友少年に飛びかかってきました。
そして、あっという間に小脇にかかえ上げ、手術台のそばへ行ってその上に寝かせてしまいました。
もう、いくらジタバタしてもダメです。
怪老人の鉄のような腕にしめつけられて、身動きさえできません。
大友君は、ついに観念して目を閉じました。
左の腕がまくりあげられたのを感じました。
しかし、もう目は開きません。
もがいてみたってどうにもならないのです。
やがて、腕にチクリと虫がさすような痛みを覚えました。
注射針がささったのです。
「さあ、これでいい。
きみはすぐ眠くなるよ」
大友君はもう何も考えず、じっとしていました。
しばらくすると、からだじゅうがだるくなってきました。
なんだかいい気持ちです。
ウトウトと眠くなってきました。
どこからか、なつかしい子守歌が聞こえてくるような気がしました。
そして、いつの間にか深い眠りに落ちてゆくのでした。
透明少年
それからどれほどの時間がたったのか分かりませんが、大友君は夢からさめたように、自然に目をひらきました。
やはり手足が何かにしめつけられていて、少しも身動きができません。
しかし、それは怪老人の腕ではなく、グルグル巻きの細い紐でした。
大友君は椅子に座らされ、両手両足をその細い紐で縛りつけられていたのです。
そばにはだれもいません。
一坪ほどの、せまい箱のような場所です。
ふと気がつくと、正面の壁に何やら光るものがあります。
鏡です。
三十センチ四方ほどの鏡が、壁にはめこみになっているのです。
大友君は、それが鏡だとわかるまでに一分もかかりました。
そこには、なんともえたいのしれない、へんてこなものが映っていたからです。
鏡の中には、学生服の胸から上だけがこちらを向いていました。
しかし、その服の襟の上には、首がないのです。
学生服は大友君の着ているものと、しわの寄り方からボタンのデザインまでまったく同じでした。
その鏡に映っているのは自分に違いありません。
それなのに、首のところだけまるで消しゴムでふきとったように、すっかり消えてしまっているのです。
大友君はあまりのおそろしさに、からだがガタガタとふるえてきました。
顔もまっさおになったことでしょう。
しかし、その顔は人の目には見えません。
顔がなくなっていたのです。
からだもなくなっていたのです。
大友君はいつの間にか、透明人間にされてしまっていたのです。
鏡に学生服だけが映っているのは、そのためだったのです。みなさん、自分のからだが、まったく目に見えなくなったら、どんな気持ちがすると、思いますか。
自分が、この世から消えてしまうのです。
しかし、ちゃんと生きているのです。
むかしの忍術使いは、自分のからだを、かきけすことができたそうですが、でも、それは一時のことです。
また、もとのすがたにもどれたのです。
ところが、大友君は、もう二度と、もとのすがたには、なれません。
一生、目に見えない人間として、くらさなければならないのです。
世の中に、こんなおそろしいことが、またとあるでしょうか。
大友君はそれを思うと、なんとも言えないかなしみが、こみあげてきました。
「おかあさーん。」と、さけびたくなるのを、やっと、歯をくいしばって、こらえました。
しかし、なみだをとめることは、できません。
あついなみだが、ほおをつたって、ながれているのが、よくわかります。
でも、そのなみだは、目には見えないのです。
前の鏡には、何もうつらないのです。
「おお、気がついたか、きぶんはどうだね。」
ふりむくと、横ての小さなドアがひらいて、そこから、怪老人の四角なメガネが、のぞいていました。
「きみはもう、人の目に見えない透明人間になったのだよ。
きみがいまニコニコ笑っているのか、べそをかいているのか、わしにも見えない。
どうだね、さびしいかね。
それとも、たのしいかね。
きみはきょうから猿飛佐助のように、どんなことだって、できるんだよ。
すばらしい透明怪人になったのだよ。
さあ、元気をだしたまえ。」
怪老人は、大友君のそばに近づくと、イスごと持ちあげて、大友君を小部屋のそとに、つれだしました。
暗い土の廊下です。
そこで、手足のなわをほどき、大友君をだきあげて、どこかへはこんでいくのです。
「ちょっとのまのしんぼうだ。
きみが空気男のくらしになれるまで、すこし、きゅうくつな思いをしてもらわなければならん。
ひょっと、逃げだされでもしたら、たいへんだからね。
いま逃げだしたら、きみは透明人間というものに、なれていないから、すぐつかまってしまう。
目には見えなくても、からだはあるんだから、一度つかまったら、もうおしまいだよ。
だから、きみは、しばらく、ここにはいっているんだ。」
ガチャンと音がして、鉄のこうし戸がひらきました。
その前のゆかに、しょくだいがおいてあって、小さなローソクの光が、ぼんやりと、あたりを照らしています。
老人は大友君を鉄ごうしの中に入れて、ピッタリ戸をしめると、そとから、かぎをかけてしまいました。
それは動物園の猛獣のオリのような鉄ごうしの牢屋でした。
大友君はそこに、とじこめられてしまったのです。
「しばらくの、がまんだ。
食事はちゃんと、はこんであげるからね。」
老人は長い白ひげをふるわせて、声をたてないで、笑いました。
四角なメガネが、ローソクの火をうけて、きみ悪くキラキラと光りました。
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