そういえば以前、鹿児島へ取材に行ったときにも林芙美子の像に出会った記憶がようやく蘇ってきた。あちらは確か、立ち姿だったのではないだろうか。なぜ鹿児島に? と思うかもしれないが、林芙美子の本籍地がそこであり、母親の故郷だったか、何かそんな理由があったはずだ。
その近くには、少女時代の林芙美子の像がちょこんと腰かけていた。異なる時代の同一人物の像が同じ場所に並んでいるという光景が、そこでは当然のように繰り広げられていて、彼はなんだか不安な気持ちになった。
頭の中で、それぞれの像がそこから勝手に独自の生活を始めるような情景が浮かんでしまう。一人の作家の人生が次々と枝分かれしては、同じような人生を何度も繰り返すという不幸が、そこで増殖していくような気がするのだ。なぜなら、像を作られるような作家というのは「作家として死んだ人物」であり、たとえ別の人生だとしても、途中でふと「作家をやめる」なんてことはできず、どこまでも作家という枠組みに縛り付けられそうだからである。
像になることのない普通の人間なら、わざわざ人生を分岐させずとも自由だ。時間の中を自分の好きな方へ歩いていけばいいだけなのだが、像は複製だって作れるし、全く異なる像同士が「同一人物」として共存するという奇妙な事態すら起こり得る。取材のあと、箱庭の中に小さな人影をたくさん配置することになる彼としては、こうしたことに様々思うところがあるわけなのだが、町の並びに現れた「パン屋航路」という看板を見て、そんな物思いもどこかへ吹き飛んでしまった。それが一体なんなのかと問われても、まあ、パン屋以外のなにものでもないのだが。
これは後日、彼が家族とトマトすき焼きをつついているときに判明した話なのだが、自転車乗りという人々には、決まった食事の取り方というものがあるらしい。日に100キロもの距離を走るような人々の間では、ここで止まってジュースを一杯、あちらで止まって唐揚げを一つ、といったような気ままな栄養補給はもっての外なのだという。適度に水分を補給しつつ、あらかじめ決められた燃料(カロリー)を淡々と消費していくという、ストイックな姿勢が必要なのだそうだ。
自転車乗りの本分は、あくまで自転車に乗り続けることにあり、観光にうつつを抜かすことではない。明日どれだけ走れるかを計算して早めに就寝し、陽が昇る頃には、彼らの姿はすでに車上にある。なるほど、そう考えると自転車乗りたちが集まるような賑やかな盛り場は、なかなか形成されにくそうに聞こえてくる。
実際、レモンを求めて島を歩き回ってみても、「自転車宿」と呼べるような場所は見当たらなかった。島を一つひとつ巡りながら、美味いものを食べ歩くといったスタイルは、あまり想定されていないようである。彼が尾道を取材先に選んだ理由の一つに「レモンの一大生産地だから」というものがあったのは先に触れた通りだが、それも主に島の方で栽培されているらしい。彼は駅前のフェリー乗り場から、瀬戸田を目指すことにした。
島に降りれば一面のレモン畑が広がっている……ということはなく、適当に見当をつけて歩き始めても、目に入るのは様々な柑橘類の低木ばかりで、彼にはそれらの区別が全くつかない。実際のところ、その柑橘たち自身も自分の種類を正確に区別できているのか、彼はやや疑わしく思っている。こうして多種多様な柑橘が近くに混ざって植えられていると、やがてすべてが同じようなものになってしまうのではないか、という気さえしてくるのだ。
それでも、島の地域によって「どの柑橘が優勢か」という区分は存在するらしく、どうやらレモンの産地は生口島ということになるようなのだが、なかなかその姿は目に飛び込んでこない。レモンを求めて島を彷徨い歩いているうちに、彼はやはり「旅というのは箱庭の中でするものだ」と思い直した。自分の作る箱庭では、レモンを駅の近くとまでは言わずとも、せめて対岸の島あたりにでも植えてやろう、と彼は心に決めた。
彼が撮った写真の中には、
尾道駅構内221K508M
持光寺前踏切
連絡先 岡山電気指令信通指令室
と横書きされた白い看板が、踏切の信号の下に写っている。線路を越えた道は、そのまま階段へと続いていた。そのあとにも、「一里塚地下道」、「東今の2踏切」、「千光寺前踏切」といった名前が次々と続いていく。千光寺前踏切では、まず階段をのぼって線路と同じ高さまで行き、線路を越えてからまた階段をのぼるという道筋になる。
歩道橋で越えるつくりもあれば、線路の下をくぐる配置もあって、目線と線路の高さが同じになり、向こうへ海が見えるといった風景が広がることもある。
久保八幡神社では、参道の入り口にある鳥居を抜けて進むと、まず大通りに出くわすことになる。そこからさらに階段をのぼった先に踏切があり、線路を横切った向こう側にまた鳥居があって、その奥に本殿があるという構成になっている。
鳥居の向こうに踏切が見え、さらにその先にも鳥居が立ち、本殿までが見通せるという構図となっていて、これは彼の箱庭にも取り入れられている。
八朔(はっさく)入りの大福などを買い求め、食べ歩く彼のすぐ前を、ジーンズにトレーナー姿でカメラをたすき掛けした男が歩いていく。彼はそれを見つめながら、以前にこうして自分の背中をまじまじと見つめたことがあっただろうかと考えるが、それが取材中の自分であることには、少しの疑いも浮かばない。
あれが数時間前の自分なのか、それとも数時間後の自分なのかは、まあ些細な問題だといえる。今こうして歩いているこの町には、自分と同じ姿をした自分が、ほかにもたくさん歩き回っているのだろうと思う。
そのあとをついて歩いていくと、向こうの自分は夜の海辺にたどり着き、無造作に柵を越えると、そのまま海へと飛び降りてしまった。
水は彼を受け入れず、向こうの自分は平気な様子でそのまま海面を歩いていく。
のちに彼が作ることになる箱庭の山は美しく桜に彩られ、対岸にはレモンの黄色が鮮やかで、瀬戸内海の東側では陽が暮れはじめ、西側では夜が明けかけている。海は朝から、その朝へと続く夜に向かって流れていく。
箱庭の中に夜が訪れると、そこには携帯電話での通話を終え、蝙蝠傘(こうもりがさ)と鞄を提げて立ち上がり、駅舎へ向かう林芙美子像の姿がある。
外へ出て行かせるのはまずいかとも思ったのだが、彼女はまた必ずここへ帰ってくるに決まっている、と彼は思い直した。
箱庭には町を歩き回る数人の志賀直哉も配置されていて、その全員が街角でパンを買い求め、自作のタイトルを『パン屋航路』に改めようかと考えている。
波止場には海へと向けて駆け出している少年がいて、その手にはレモンが握られている。
彼は、港のクレーンを巨大怪獣とみなして、爆弾を投げつけようとしているところだ。
そうして彼は、レジンで作った海の上へとミニチュアの彼の姿を置いて、これで辻褄(つじつま)は合ったのだろうかと少し考える。
辻褄を合わせたからといって何になるのだと可笑(おか)しくなって、彼は笑い出す。
彼は箱庭の線路の上へ、箱庭の果てから夜汽車を送り、林芙美子がその客車へと一人乗り込む姿を想像している。
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