初級翻訳・青い眼鏡 第5話

野村 胡堂

「おい、島君」
声だけは以前の宇佐美六郎のままの花房一郎が、ずかずかと進み出て、後ろ手に縛られた大谷千尋の肩に手を置きながら言いました。
「このゲームは、私の勝ちのようだな」
わだかまりもなく言い放ち、相手の顔を横から覗き込みます。
「今のところではね」
大谷千尋も負けじと、軽やかな調子で応じました。
「花房一郎は確かに大谷千尋を捕まえたよ。国民劇場の総見くらいは奢ってもらえるだろうな」
「お安い御用だ。だが、大谷千尋も少し油断をしたよ。油断さえしなけりゃあ……」
大谷千尋は、思わず歯を食いしばりました。

その無念の表情を背に、立ち去ろうとする花房一郎の背中へ向かって、
「待った、花房」
「なんだ」
「もう少し話がある」
と、大谷千尋が声をかけます。
「今となっては未練ではないか」
「いや、助けてくれと言っているのではない。この大谷千尋ほどの者が企てた今宵の襲撃を、どうして知ったのか。それが聞きたい」
「たぶん、その婦人が教えてくれたのだろう」

指し示された金庫室の中には、一人の美女がいました。鉄の扉に縛り付けられ、白昼のような光の中で、多くの人々の視線にさらされる恥ずかしさも忘れ、あまりの不意の救い手に驚きと喜びで気を失ったのでしょう。咲き崩れた大輪の白牡丹のように、その場に倒れていました。「本当か」
「本当さ。もっとも、それはあくまで暗示だったけれどね。あとはあの劇場のチラシの裏を、赤い光線で照らして読み解き、すべてのからくりを把握したのさ」
「そこまで見抜いていたのか」
「僕を甘く見ないほうがいい」
「それなら、もう言うことはないな」
「もう切り札は尽きたのか――大谷千尋。それなら言わせてもらうが、お前は少し調子に乗りすぎた。悪党には悪党なりの義理があり、泥棒には泥棒の道というものがある。それなのに、お前はあまりに無慈悲で、あまりに冷酷だった。
花房一郎を馬鹿にするのはいいが、天を嘲り、人の道をふみにじって、いつまで自由にのさばれると思っているんだ? お前は自分の身が危うくなると、暗号を印刷させた仲間の印刷屋まで殺しただろう。それで証拠を隠滅できたと思うのは、大きな間違いだ。
見ろよ。殺された印刷屋が、お前の命令で刷ったこの劇場のチラシ。その裏の仕掛けこそが、お前を最後の運命へと導く罠になったじゃないか」

花房一郎の言葉は、痛烈を極めました。
しばらく黙り込んでいた大谷千尋は、この時、ようやく顔を上げました。

「ありがとう、花房探偵。今その理屈がわかったところで、もう遅いか。
ところで最後に一つだけ、俺にも善い行いをさせてくれ。それは、あの金庫に縛られている女のことだ。たぶん花房探偵ほどの男でも気づかなかっただろうが、自堕落で始末の悪い狂女だとばかり思っていたあの女が、世にも稀な貞淑な妻だったということを、今夜初めて俺は知ったのだ。
この寒さの中、いつまでもあのまま放置しておくのはかわいそうだ。ただの浮気女ならこのお仕置きもいいが、貞女だとわかっては……俺自身がやったこととはいえ、その半裸の姿を見ていられない。大急ぎで縄を解いて、温めてやってくれ。それが、三年前にあの女から夫を奪った、俺のせめてもの償いだ」

大谷千尋ほどの悪党も、悲痛な面持ちで花房一郎の顔と、金庫の前で倒れる美女とを見比べました。

「よく言った」

花房一郎は駆け寄ると、半裸の美女を抱き起こし、急いで縄を切り払いました。そして、脱がされていた着物を丁寧に着せてやりました。

「うむ……」

わずかに通う息。美しい貞女は、夢心地の中で目を開き、まばゆい光の中に広がるこの異様な光景を見渡しました。

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