妹も美しいですが、カフェー・ドラゴンのナンバーワンである姉の初子も、かなりの美人です。
「吉川と百合子はどこで知り合ったんだ?」
「私と一緒に横浜で女給をしていた時です。吉川さんは妹をとても贔屓(ひいき)にしてくれました。その頃、あの人はまだ学生さんでしたが、いろんな嘘をついてはお父さんからお金をせびり取り、そのお金を湯水のように使って妹の機嫌を取っていました。ですが、それがお父さんにバレて、学費を打ち切られてしまったんです。吉川さんはすっかり落ち込んでしばらく姿を見せませんでしたが、やがて学校もやめてしまい、『運転手になった』と言ってまた現れました」
「すると、二人は恋人同士だったんだな」
「ご冗談でしょう。まさか……あんな醜い男、妹が好くわけないじゃありませんか」
「しかし、同棲までしていたんだろう?」
「それにはやむを得ない事情があったんです……ほんの形ばかり、同じ家で暮らしていたというだけのことですわ」
「どういう事情だ?」
「百合子は自分の容姿にかなり自信があったものですから、口を開けば『女優になりたい』と言っていたんです。すると吉川さんがそれを聞いて、『いくら美人でも、立派な人の紹介がなければ女優にはなれない。仮になれたとしても一生下積みで、スターになんてなれっこない。その点、紹介者の力がある人はどんどん出世する。幸い自分の伯父さんが映画会社の重役だから頼んでやろう』と言い出したんです。その代わり『女優にしてやったら僕と結婚するんだよ』と、冗談のように言ったんです。女優になることしか考えていなかった妹は、深い考えもなくうかうかと約束してしまいました。ですが……私の口から言うのも変ですが、百合子は本当に美しい顔をしていますし、スタイルもいいから、吉川さんに頼まなくたって十分に採用される価値はあると思うんです。それだのに、吉川さんときたら『僕が女優にしてやったんだ』と恩に着せて、ついには無理やり約束を履行させてしまったんですの。妹はもともとあの人を嫌っていたので、二、三日で逃げ出して隠れていました。ところが最近、いいパトロンができたんです。それをどうやって嗅ぎつけたのか、吉川さんが知って憤慨し、血眼になって探し回っているんです。それだけならまだいいのですが、そのパトロンのところへ手紙を出して『百合子には吉川という立派な夫がいる』などと、脅迫めいたことを言ったそうなんです」
「そのパトロンは、百合子に夫がいることを知らなかったのか?」
「もちろん知りませんでしたわ。一生懸命隠していたんですもの。だって、あんないいパトロンを逃がすわけにはいきませんから。家柄は立派だし、金離れはいいし、またとない素敵な人なんです。……世間では『不良だ』なんて悪口を言う人もいますけれど。百合子に夢中になってくれていて、親戚中の反対を押し切って正式に結婚しようとまで話が進んでいるところへ、そんな仲を壊すような手紙を出されたので、妹は困り果てているんですの」「決して怒らないから本当のことを話してくれ」と、パトロンがしつこく妹を問い詰めるものですから、妹も仕方なく吉川さんとの関係を白状してしまったそうですわ。
半信半疑のうちはまだよかったのですが、事実だと分かると、やはり気分がよくないのでしょうね。
さっぱりした性格の人だったのに、急に気難しくなって、ひどく疑り深くなってしまいました。百合子が外出から帰ってくれば「吉川に会いに行ったんだろう」と誤解し、誰かお客さんが来たと聞けば「吉川か?」と疑って怒るんです。
そのせいで今、二人の間もギクシャクしていますの。吉川さんは吉川さんで、パトロンができたことに腹を立てて、昨夜も私のところへ文句を言いに来ましたから。
と、初子はそこでハッとしたように口を閉じました。
杉村刑事はそれを見逃さず、畳み掛けるように詰問しました。
「君のところへ? 昨夜? 何時頃だ?」
初子はうっかり口を滑らせて余計なことを喋ってしまったと後悔しましたが、仕方なく答えました。
「十時頃だったと思います。
『百合ちゃんとの仲を割いたのは初ちゃん、お前だね』と言って、恨めしそうな顔をするんですのよ。
ただでさえあの人の顔は気味が悪いのに――。私、ゾッとして、お店のほうへ逃げ込みました。
すると、吉川さんはプンプン怒りながら帰っていったそうですのよ」
「それから吉川がまた引き返してきたんだろう?」
「いいえ、それっきりお店には来ませんでした」
「じゃあ、アパートへやってきたのか?」
「いいえ、そんなことはありません。
私は昨夜、お店にいて夜を明かし、今朝アパートへ帰ってきたんですから――」
杉村は少し考え込んでから、「パトロンの名は?」と訊きました。
「川口譲さんです」
「川口譲? うむ、あの有名な川口博士の息子か」
「ええ、そうですわ。
お父様は昨年亡くなられましたが、大変なお金持ちで、譲さんはそこの一人息子です。
商船学校を今年卒業し、就職先も決まりかけているんですの。
柔道四段の強い人には見えないような可愛らしい顔立ちで、とてもモダンな方ですわ。
スマートな服装で、立派な自家用車を自分で運転して、時々『ドラゴン』へ来るんです。
女給さんたちはみんな大騒ぎして、百合子を羨ましがらない人は一人もいません。
その幸せも吉川さんのせいでめちゃめちゃにされてしまうのかと思うと、百合子が可哀想でなりません。
あんな人に付きまとわれては、もうお終いですからね。本当に執念深くて――」
そこへ一人の刑事が部屋に入ってきて、報告しました。
「江川百合子は昨日の夕方、『姉のところへ行く』と言って出かけたきり、まだ帰っていないそうです。
心当たりの場所を聞いて探してみましたが、どこにもいません」
杉村は川口譲を召喚しましたが、意外にも彼は病気で、築地にある病院へ入院しているので出頭できないという返事でした。
病院へ問い合わせると、急性盲腸炎で今朝手術したばかりなので面会謝絶だと言います。もし彼が病院にいて、しかも絶対安静が必要な病気であるならば、この事件に関係があるとは考えにくい、と杉村は思いました。
棄てられた死美人
初子の尋問を終えたところへ、杉村はまた一つの訴えを聞きました。
丸の内のある大きなビルの北側に、乗り捨てられた一台の自動車があるとのことでした。
そこには某銀行の出入り口があります。
掃除をしていた小使の一人が何気なく車内を覗いてみて、驚愕しました。
シートの上に青い顔をして仰向けに倒れている女がいたのです。その細い首には純白のマフラーが巻きつけられ、赤い絹糸のような一筋の血が唇から流れ出して、足元のゴムマットやシートを赤く染めていました。彼は慌てて交番へ駆け込んで通報しました。
取り調べの結果、死んでいたのは最近売り出し中だった映画女優、江川百合子であることが判明しました。
何者かが死体をここまで運んできて、自動車ごと乗り捨てたものと思われますが、運転手の姿が見当たらないことから、あるいは彼らの仕業ではないかと疑われました。
間もなく、自動車のナンバーから所有者である「ツバメ・タクシー」の主人が呼び出されました。
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