主人は、その車は昨日の夕方、交代の時間に吉川が運転して車庫を出たものであると証言しました。
一日に二つの殺人事件が続発したことで捜査課は動揺し、全機関を総動員して犯人逮捕に奔走しましたが、初子以外には一人として容疑者が挙がることはありませんでした。杉村はいら立ちを隠せない様子で本庁に戻ってきました。すると、そこには山本桂一が待っており、こう切り出しました。
「たった今、『カフェー・ドラゴン』の美佐子という女給に会ってきたんです。彼女の話では、昨夜の十時ごろ、吉川が店の前から百合子と一緒に自動車に乗って、どこかへ向かうのを見たそうです。二人とも亡くなってしまった今となっては真実は闇の中ですが……。まさか初子が二人を殺したとは思えません。杉村さんは疑っているようですが」
「犯人が捕まるまでは、私は誰にでも疑いの目を向ける主義だ」
「美佐子は何かを知っているようですが、私には遠慮して話してくれません。隠し立てされると捜査はやりにくいのですが……。それはきっと、初子にとって不利なことなのでしょう。しかし、私の主義として徹底的に調べ上げたい。たとえ妻であっても、少しでも不審な点があれば容赦するつもりはありません。とはいえ、私はまだ初子を信じていますが」
「美佐子の証言から、彼女の犯行だと断定してもか?」
「必ず真犯人を突き止めて、その証言を覆してみせます」
杉村は微笑んで言いました。
「では、美佐子を呼び出して、すぐに調べよう」
「そう仰るだろうと思って連れてきました。階下で待たせてありますから、呼んできます」
間もなく山本は美佐子を連れてきました。二十一、二歳くらいの、おとなしそうに見える女性でした。山本は彼女を部屋に残して退室しました。
「君は、昨夜ずっと初子と一緒にいたのか?」と杉村が尋ねました。
「ええ、いましたわ。明け方までずっと」
「吉川と初子とは、どういう関係だったんだ?」
「あのゴリラ(吉川)とは、これといって何もありませんわ」
「じゃあ、川口とは?」
「川口さんは最初、姉の初子さんに夢中だったんですの。あの方は利口ですから、適当にあしらって搾り取っていたんですが、私立探偵の山本さんというパトロンがいることがバレてしまって。川口さんは激怒して、騙されたと一時大騒ぎになりました。でも、いつの間にか妹の百合ちゃんと仲良くなってしまったんです。もちろん初子さんが紹介したんですけどね。百合ちゃんは姉さんほど要領はよくないけれど、おとなしいものだから、川口さんはすっかり気に入って、初子さんのことは諦めたんです。ところが最近、百合ちゃんに吉川さんという旦那様がいることが川口さんに知れて、また揉めているんですよ」
「川口は百合子を責めるそうだが、紹介者の初子には何にも言わないのかね?」
「言わないどころか、大変なんですのよ。この間も店に来て酔っ払って、初子をのしてやるんだって暴れたんです。『彼女は毒婦だ、悪党だ』と言ってね」
「初子はどうしていた?」
「隠れていましたわ。初子さんはなかなか腕がすごいですから、またすぐにうまく丸め込んでしまうでしょう」
「吉川も怒っているそうじゃないか?」
「ええ、とても怒っていますわ。昨夜も大喧嘩をして……」
「何? 大喧嘩をした? どこで?」
「店ですわ」
「君はその場にいたのか?」と杉村は身を乗り出し、「最初から詳しく話せ。どうして喧嘩になったのか、よく考えて、間違いのないように言うんだぞ」
美佐子はうつむいて少し考えていましたが、やがてゆっくりと話し始めました。
* * *
カフェー・ドラゴンでは、初子の陽気な声がボックス席を賑わせていました。
美佐子は他の店員たちを連れて、初子のお客へ挨拶に行きました。そこへ夢丸という店員が長い袖をひらひらさせながらやってきて、初子の耳元で何かを囁きました。
初子は即座に眉を寄せ、舌打ちしながら激しく首を振りました。
夢丸はそれを察して引き下がりましたが、間もなくまた戻ってきて、「だめよ、お姉さん。どうしても帰らないの。だから、ちょっと来てちょうだい」と懇願しました。
初子はカッとなって、「放っておきよ。ゴリラなんか、構わなければ勝手に帰っていくさ」と甲高い声で言い放ちました。
「ひどいことを言うなよ。僕は遠慮させてもらう」
客は不快な顔をして立ち上がり、みんなが止めるのも聞かずにさっさと表口の方へ行ってしまいました。
初子はかなり酔っていたので、足元もおぼつかない様子でその後を追いましたが、ふと入り口のところに佇んでいる吉川を見ると、「何だって商売の邪魔をするのさ! あんたなんかに用はないよ」といきなり食ってかかりました。
「そっちになくたって、こっちにはあるんだ」
「しつこい男だわね。用があるなら台所口へ回ってちょうだい。表に立たれてちゃ縁起が悪くて仕方ない!」
美佐子は見ていられなくなり、吉川を三階の衣装部屋へ案内して、「初子さんを連れてきてあげるから、ここで待っていらっしゃい」と言いました。マッチと灰皿を彼の前に置いてから初子のところへ戻り、「早く会って、帰してしまった方がいいわよ。あまり怒らせると逆に損だから」と注意して、無理やり彼女を衣装部屋へ送り込んだのです。「一体どんな用があって、こんな忙しい時間にやって来るのさ」
吉川は黙って青い顔をしていましたが、恐ろしい目で初子をじっと睨みつけました。
「百合子をどこへ隠した?」
「知らないわよ、そんなこと――」
「白状しろ、百合子はどこにいるんだ?」
「知らないもの、白状もくそもあったもんか」
「なにッ」
「脅したって驚きやしないよ。吉川さんが余りうるさく付きまとうから、百合子は嫌がって、逃げちまったんでしょ」
「そうじゃない。君が隠したんだ、君が――」
と、込み上げる悔しさをじっと耐えながら、目を血走らせて、「僕たちの間を割いたのは君なんだから」と言って、彼は唇を噛みました。
「割いたんじゃなくって、あんたが嫌われたんだよ。会うのが嫌だから隠れてんのさ。それが分からないのかしら、自惚れって恐ろしいもんだなあ」
吉川は突然立ち上がって、灰皿を叩きつけました。
「オヤ、危ない!――私を女だと思ってなめるのかい? さあ帰っておくれ、それだから女に嫌われるんだよ。おまけに――オホホホ」
初子はわざとらしく彼の顔をしげしげと見上げて吹き出しました。吉川は歯ぎしりしながら怒鳴りました。
「どうするか、覚えていろ!」
「忘れるわよ」
彼女は吸いかけのタバコをポンと彼の顔に投げつけ、立ち上がって階段を降りようとすると、吉川は追いすがって襟首を掴みました。
「うるさいね、どこまで嫌がられるようにできているんだろう。帰ってくれって言ったら、――さっさと帰れ、お前さんなんかの来るところじゃないんだよ、このゴリラ」
「こん畜生!」
吉川は初子の頬を打ちました。力を込めて、立て続けに何度も打ちました。彼女は彼の胴にしがみついて、大げさな悲鳴を上げ、「人殺し! 人殺し!」と叫びました。
美佐子は夢中になって、「大変だ――、誰か来て――」と叫びました。
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