「私みたいな世界中を股にかけたあばずれ者でも、生まれ故郷のなつかしさはやっぱり変わらないものなのよ。だから、こっそり観光団のふりをして日本に戻ってきたの。
今回の帰国は、商売が目的だけじゃないのよ。遠くからでもいいから、母や妹たちの姿を一目見たいと思ってやって来たの。
――だって、堂々と表立って会うことなんてできないでしょう? なんだか可哀想だと思わない? 父はとっても厳しい人だから、私の姿を見たら容赦なく捕まえて警察につき出すに決まってるわ。
だからといって、親の手を振り切って逃げる勇気なんてないから、最初から会うことはあきらめて、遠くからみんなの姿をこっそり眺めて、喜んだり悲しんだりしているのよ」
そう言うと、彼女は少しシュンとして元気をなくしてしまいました。
春樹はその話を聞いているうちに、この女がなんだか急に可哀想な人だなあと思えてきました。でも、よくよく考えてみると猛烈に腹が立ちます。
「この俺の持ち物をまんまと盗みやがった奴だ」と思うと、憎くてたまりません。誰よりも自分の腕が優れていると信じ込んでいただけに、彼はものすごい屈辱を感じていたのです。
「君の腕前にはまったく感心するよ。世界的な名人と言われるだけあって、確かに大したもんだ。
だけど、俺だってそんなに馬鹿にされたもんじゃないぞ。俺には親分もいないし、仲間もいない。誰に教わったわけでもないのに――」
「そりゃそうでしょうねえ。私の仲間たちの間では、『平松子爵の若さま』の名前を知らない者なんて一人もいないわよ。
どれくらいの腕前なのかは知らないけれど、相当なもんだってことはよーく分かってるわ。
でも――、まだ実際に現場の技を見たわけじゃないけれどね」
「じゃあ、今すぐ見せてやろうか?」
「オホホホ! そんなに調子に乗ってほこらしげにしてると、失敗するわよ。
あとで赤っ恥をかかせるのも悪いから、今日のところはおあずけにして、またの機会に見せてもらいましょうか」
「そんなこと言うなよ! どうしても、今すぐ俺の技を見てもらいたいんだ!」
そう言うと、春樹は彼女の手首をギュッと掴んで、無理やり立ち上がらせました。
現行犯だ。
「まあ、手近なところなら、どこでもいいわよ」
春樹は、なんだか気乗りしない様子の彼女をぐいぐいと引っ張って歩きました。
ちょうどその時、ホテルの玄関は、舞踏会を終えて帰っていくお客さんたちですごい大混雑でした。
彼は興奮した顔つきで、人を押し分けながら、ターゲットを探してキョロキョロと辺りを見回しました。
すると、豪華な夜会服を着た一人の貴婦人が、自分の迎えの自動車を目で探しながら、一生懸命につま先立ちしているのが目に入りました。
春樹はその背後にスッと近づき、わざと軽くぶつかるやいなや、目にも留まらぬものすごい早さで、婦人のドレスのダイヤのピンを抜き取りました。それをきゅっと握りしめたままの手を、自分の外套のポケットに突っ込んだ――その瞬間!
彼の利き腕が、背後からガシッと力強く掴まれました。
ハッとして振り返ろうとした彼の耳元に、恐ろしく底力のある、太い声が響きました。
「君の名誉を考えて――、この場は穏便に済ませてやるがね……!」
なんだか妙に上から目線の、いばった物言いでした。
しかも、その声の主は――なんと、さっきの薄墨色のドレスの女ではありませんか!
春樹は一瞬で血の気が引き、パニックになりました。
「神妙にしろ!」
冷たいものが彼の背筋を一気に駆け抜けました。
女は彼をグッと睨みつけ、鋭く言い放ちました。
「現行犯だ!」
「えっ……!?」
まるで頭を大きなハンマーでガツンと殴られたような衝撃が走りました。
彼はよろめきながら、目の前の女の顔をじっと見据えました。
すると、薄墨色の女は、巧みにつけていた変装のメイクをスルスルと解きました。
「あ……っ! 鬼山梨(おにやましなり)……!」
女装していたその人物は、スリ仲間たちから最も恐れられている、敏腕の山梨刑事だったのです。
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