初級翻訳・風に乗って来るコロポックル 第6話

宮本 百合子

そんな仕打ちをされながらも、イレンカトムはただ声と気配を相手に、怒ったり怒鳴ったりするだけでした。理屈を言って追い払おうとしても、相手はなかなか負けずにやり返してきます。こうなっては、彼も何とかしなければいられません。一生懸命になって、これまでに聞いた昔話の中から、声だけの化物(ばけもの)について語られている話を必死に探し始めたのです。あれこれと考え抜いた末、彼はついに、子供の頃に父親から聞かされた「コロポックル」という小人の話を思い出しました。

七

イレンカトムが、父親から聞いた話と照らし合わせてみると、自分に取り憑いているのは、どうやらそのコロポックルという小人に違いありません。なぜなら、その小人はさまざまな術を知っており、姿を隠したまま声だけで人のもとを訪ね歩いたという伝承は、今の状況と全く同じだからです。それに、自分の父親の友人だった者の名前や、役人の名前などを知っていて、それを口にすることを見れば、大昔からこの地に住んでいる者であることは明らかでした。

それに、あのように風に乗って飛んでくるような芸当は、決して体の大きな者にはできるはずがありません。ましてや、Y岬の近所には、かつてコロポックルが住んでいたという穴居の跡があることをイレンカトムは知っていましたから、自分の判断は決して根拠のないことではないと思えたのです。

「きっと、コロポックルに違いない」

そう決めて次から注意していると、なんとその声は、自分たちは背丈の低いコロポックルなのだと名乗り始めました。彼はもう、相手は間違いなくコロポックルだと決めつけ、山本さんにもそのことを話しました。何しろ、男や女のたくさんの声が、あちこちで暴れ回りながら絶え間なく喋り続けるのですから、うるさくてたまりません。

「一体、親父の時代のコロポックルも、あんなに手に負えないものだったのだろうか」

そう語るイレンカトムの話を聞いた人たちは、最初は誰も本気にしませんでした。けれども、だんだんと彼がその「声」を相手に激しい論争をしている現場に出くわすようになり、彼の言い分を信じざるを得なくなると同時に、彼の頭の調子がおかしくなってしまったことも認めないわけにはいかなくなりました。部落では、イレンカトムという名前の代わりに、皆が彼のことを「コロポックルの親父」と呼ぶようになりました。

もちろん、精神のバランスを崩しているのは事実です。けれども、彼は自分にコロポックルが現れること――つまり、訳の分からない声を聞き、言葉を交わすこと――を、決して普通のことだとは思っていませんでした。どうにかして、そんなものから逃れたいと願わない日はありません。だからこそ、医者にも通い、薬も飲みました。

彼の願いは、死んでもいいし、気が狂っても構わないけれど、せめて豊に会って、渡すべきものを渡してからでありたい、ということでした。豊と少しでも知り合いの者に会うたびに、豊からの便りはないかと尋ねました。どこにいるか知らないかと聞き回りました。そして、一日に一度は、頭の上について歩いて喋り続けるコロポックルを叱りつけながら、向こうの小山に登っては、遥かな道を眺めるのでした。毎日毎日、同じように馬車が走り、犬が吠え、自転車がキラキラと転がっていく。イレンカトムには、そのほかには何も見出すことができませんでした。

ところが、ある朝早く、彼が炉で麦を炊いていると、例のごとく遠くの方から、「シュッ、シュワー、シュッ、シュワー」という響きとともに、

「コロポックル、コロポックル、
 コロポックル、アナクネ、トゥママ、タックネップネ」

と唱えながら、ひどくたくさんのコロポックルが風に乗って飛んできました。(ちなみに、この「コロポックル」云々という言葉は、コロポックルという者は腰が短い、という意味だそうです。)

そして、いつものように男や女の声がうるさく喋り始めました。しかし、いつものような悪口や口真似ではなく、「今、Y岬へ義経の船がたくさん攻めてきたから、早く出かけていって追い返してやれ」と言うのです。

「義経が攻めてきた? そんなことがあるものか!」

彼が言い返すと、コロポックルたちは「それなら、議論よりも証拠だ。海岸まで出てみたらいいじゃないか」と言います。そこで「なるほど」と思ったイレンカトムは、しまっておいた弓矢を手に取り、ドシドシとY岬へ駆けつけました。道もないような林や茂みを、息を切らして駆けるイレンカトムの頭の上では、もちろんコロポックルたちがしきりに何かと言い続けています。

Y岬まで出てみると、なるほど、本当にそれらしいものが見えます。うっすらと靄(もや)がかかった海の磯近くに、五、六艘の船がズラリと並んでおり、人が立ち騒ぐ様子さえ見えるのですから、イレンカトムも「これはきっとそうに違いない」と思い込みました。

そして、飛ぶ鳥のように岬の先端、もう一歩で海へ落ちそうなところまで出ると、弦を鳴らしながら大声を張り上げ、呪いの言葉を浴びせかけ始めました。

「自分たちの昔の祖先の宝庫から、書物や筆記用具を盗み去ったばかりか、また来て何か悪事を働こうというのか! 神の戦士の六つの弓、六つの矢にかけて、ただでは決して逃がさないぞ!」

そう叫びながら、手を振り、躍り上がって戦いを挑みました。けれども、義経の軍勢は一向に注意を向ける様子もなく、さっさと沖合へ漕ぎ出していきます。自分の挑戦が侮辱されたと感じたイレンカトムは、すっかり腹を立てました。白髪を振り乱し、自分の胸を叩きながら荒れ狂っていると……熱くなった彼の耳に、ふと、

「豊やーい、豊やーい、豊坊が……」

何やらそんな声が聞こえたのでした。彼が忘れたくても忘れられない名前にハッとして、横を向くと、二人の知人が自分の帯をしっかりとつかんで、踏ん張りながら後ろへ後ろへと引っ張っているではありませんか。
イレンカトムはびっくりして、一体どうしたのかと聞くと、「どうしたどころじゃない、お前はもう少しで海に溺れるところだったんだぞ」と、通りすがりの彼らが、暴れる自分をようやく押さえつけた経緯を話して聞かせました。
その理由を聞いたとき、イレンカトムは泣き出しそうなほど、コロポックルというやつに騙されたことが悔しくてたまりませんでした。
昔は屈強な若者で、自分の手から逃げられる獣はいないとまで言われた自分が、小人なんかにバカにされて、あんな惨めな姿を人に見られてしまったことが、どれほど彼にとって屈辱的で耐えがたいことだったか、誰にも分からなかったでしょう。
二人に送られて家に帰ったイレンカトムは、神聖なイナオ(木幣)を祀る場所で、長い祈りを捧げました。
そんな事件があったせいで、イレンカトムに取り憑くコロポックルの噂は、誰でも知っているほど有名になってしまいました。
中には親切心から、魔除けのお守りや、薬草の根、樹の皮などを持ってきてくれる人もいます。
「こういう鳥の骸骨がいいらしいぞ」と言って、わざわざ獲ってきてくれる人さえいます。
みんなが心配して、いろいろと気にかけてくれることは決して嫌ではありません。

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