しかし、その親切の裏に何か別の目的が隠れているような気がして、イレンカトムは心が穏やかではありませんでした。
ちょうど豊がいない間にこうなってしまったことをいいことに、何かを狙っているのではないだろうか、と思うのです。
それに実際、十人いれば十人ともが心からの親切だけで動いているとは限らないので、彼の心配も決して根拠のないことではありませんでした。
特に、一番近くに住んでいるある和人の態度に対しては、非常な不安と警戒心を持たざるを得ませんでした。
一日に何度も見舞いに来て、慰めの言葉をかける代償として、イレンカトムの土地を貸してほしいと山本さんに頼んでいたことを知ったとき、彼はつくづく嫌な気分になりました。
自分も他人も、何もかもが疎ましく、彼にとっては重荷になってきました。
けれども……。
どんなことがあろうとも、手から手へと受け継いでいくべき先祖代々の宝物を、豊が帰ってくるまでは守り抜かなければならない。それだけが、今の彼を生かす支えでした。
彼の父や、そのまた父、さらに祖父の代まで、遠い昔の人々が命がけで獲った熊の皮などと交換して、ようやく一つ二つと溜めてきた蒔絵の道具や、太刀の鞘、塗りのお膳といった宝物は、土地や家畜と同じか、時にはそれ以上の価値があるものでした。
そして今もなお、他の由緒あるアイヌの家系がそうであるように、彼もそういった品々に偉大な敬意を払い、それを失ったり汚したりすることを恐れているのです。
結局、イレンカトムは、譲り渡すべき財物と共に、豊が帰ってくる日まで、彼に手渡すその日までさえ確かに生きていればよかったのです。
けれども、そのうちコロポックルたちまでもが、宝物を寄こせと強請るようになってきたとき、イレンカトムの心はどれほどかき乱されたことでしょう。
コロポックルは「赤いお膳をよこせ」「彫りのある鞘を出せ」と言ってきます。
そして渡さないと叱りつければ、ありとあらゆる罵詈雑言を吐いて彼を辱しめるのです。
「ケチ坊主め」「みんなお前を笑っているぞ」「自分一人でたくさんの宝物を隠しているから、部落中の者がお前を憎んでいるのを知らないのか」などと言い立てるのです。
豊が来るまで。
どうか、豊に手渡ししてしまうまで!
宝物を奪われないため、人に騙されないため、執念深いコロポックルに負けたくなかった。
どうか、本当にお願いだから、あの豊坊が帰ってくる日まで!
ただ、それだけなのです。
ただその一心で、イレンカトムは泣くようにして、山本さんに「コロポックルを追い払ういい方法を教えてください」と頼み込んだのでした。
山本さんも困り果てました。
どうすればいいのか分かりません。
ましてや、彼に好意を抱いている自分が、唯一の頼れる相手として相談されたとなると、なおさら困りものです。
だからといって、放っておくには忍びません。
山本さんも考えずにはいられませんでした。
イレンカトムが、何世代も伝わってきた伝説の断面のような男であることは、山本さんもよく知っています。
難しい理屈で自分の頭を支配するような種類の人間ではないのです。
いろいろな人に聞き、自分でも考えた末に、とうとう山本さんは、あるお坊さんが実験して成功したという一つの方法を思いつきました。
そこでイレンカトムを呼ぶと、山本さんは厳格な態度で、一包みの豆を彼の前に置きました。
そして、次のようなことを話したのです。
「この紙包みの中には、豆が入っている。
いいかね、豆が入っているんだよ。
ところで、今日お前が家に帰ってコロポックルが来たら、まずこれを見せて大きな声で、『これは何だか知っているか?』と聞いてみるんだ。
そうすれば、コロポックルのやつ、きっと『豆だ!』と言うに違いない。
いいかね。」「そうしたら今度は『それなら、いくつ入っているんだ?』と訊くんだ。
忘れちゃあいけないよ。
いくつ入っているかと、また大きな声で訊いてやるんだ。
そうすれば、ほら、この通り紙でちゃんと包んであるから、コロポックルには中の数なんて分かるはずがない。
だからきっと、黙り込んでしまうはずさ。
そこで、今度はうんと力を込めて、
『数が言えないなら、引っ込め!』
と怒鳴りつけてやるんだ。
いいかい。
そうすれば、きっとコロポックルのやつも降参するに決まっている。
数を訊くのを忘れちゃあ駄目だぞ。
それから、お前自身も、決して豆の数を数えたり、中身を見たりしちゃあいけないよ。
いいかい。
これは大切なおまじないなんだからな。
腹にうんと力を入れて、やってみるんだぞ。
きっとコロポックルだって降参するはずだからな。よし、いいな!」
これを聞いて、イレンカトムがどれほど心強く感じたことか。
彼はこれまで、これほど自信の持てそうな「おまじない」を教わったことはなかった。
また、聞いたこともなかった。
これならきっとコロポックルに勝てるぞ!
それだけでも彼は、もう勝ったような気分になった。
コロポックルさえ追い払えれば、もう他に何がやってきても、この俺を騙すようなことができるものか。
イレンカトムは、深い感謝の言葉を述べながら、両手を捧げ、丁寧なアイヌ式の礼をした。
けれども。
長い髭を撫で下ろした彼の手が、その先を離れるか離れないかのうちに、彼の心にはもう一種の恐れが湧き上がってきた。
何事にも素早いコロポックルが、もうおまじないの豆の秘密を知って、どこかそこいらの隅から今にも飛びかかってくるような気がしてならないのだ。
ハッと思った瞬間に、さらわれてしまいそうでたまらない。
イレンカトムは、大急ぎで豆の包みを懐へねじ込むと、その上を両手でしっかりと押さえつけながら、愛犬の「黒」を急き立てて帰路についた。
コロポックルをまくために、わざと道のない灌木の茂みをバリバリとかき分けて進むイレンカトムの足元に、鼻をこすりつけるように頭を下げた黒が、トボトボと後からついていった。
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