でも稲やハッカやダイコンなんかはなかなか強いし、牧草も強いねえ」
又三郎は少し話をやめました。
耕一もすっかり機嫌を直して言いました。
「又三郎、俺、あんまり怒って悪かった。許してくれよな」
すると又三郎は、心から喜んだ様子でした。
「ああ、ありがとう。君は本当にさっぱりしていていい子だねえ。だから僕は君が好きだよ。好きだからこそ昨日もいたずらしたんだ。僕だっていたずらはするけれど、良いことはもっとたくさんしているんだよ。ほら、数えてごらん。僕は松の花粉だって、ヤナギの種だって、綿毛だって運んでいくだろう? 稲の花粉だって、やっぱり僕らが運んでいるんだよ。
それに僕が通り過ぎると、草木はみんな丈夫になるんだ。悪い空気をどこかへやって、良い空気を運んでくる。東京の浅草の、まるで濁った寒天みたいな空気をうまく太平洋の方へさらっていって、日本アルプスの清々しい空気を代わりに持ってきてあげるんだ。もし僕がいなかったら、病気も湿気もどれだけ増えるか知れないよ。
ところで今日は、君たちは僕に会うためにだけここへ来たのかい? 実は僕は今日、十時半から演習に出なきゃいけないから、もう別れなきゃならないんだ。明日また来ておくれ。ね? じゃあ、さよなら!」
又三郎は、もうどこにも見えなくなっていました。
一郎と耕一も「さよなら」と言いながら丘を下りて、学校の誰もいない運動場で鉄棒にぶら下がったりして遊び、昼ごろに家へ帰りました。
九月八日
その次の日は、大変いい天気でした。空には霜の織物のような、あるいは白い孔雀の羽のような雲がうすくかかっていて、その下を鳶(とんび)が黄金色に光りながら、ゆったりと輪を描いて飛んでいました。
みんなは、
「とんび、とんび、とっとび!」
とかわるがわるそっちに向かって叫びながら、丘をのぼっていきました。
そしていつもの栗の木の下へかけ上るかあがらないかのうちに、もう又三郎のガラスの沓(くつ)がキラッと光って、又三郎は一昨日と同じように、まじめくさった顔をして草の上に立っていました。
「今日は退屈だったよ。朝からどこへも行きゃしない。お前たちの学校の上を二、三度歩いたし、谷底へ二、三度下りただけだ。ここらはずいぶんいい所だけれども、やっぱり僕はもう飽きたねえ」
又三郎は草に足を投げ出しながら、そう言いました。
「又三郎さん、北極だの南極だの(の話を)おべだな(教えてよ)」
一郎は又三郎に話させることになれてしまっていたので、そう言って話を釣り出そうとしました。
すると又三郎は、少し馬鹿にしたように笑って答えました。
「ふん、北極かい。北極は寒いよ」
ところが耕一は昨日からまだ怒っていましたし、それに今の返事が大変しゃくにさわったので、
「北極は寒いかね」
と、ふざけたように言ったのです。
さあ、すると今度は又三郎がすっかり怒ってしまいました。
「何だい、お前は僕を馬鹿にしようと思ってるのかい。僕はお前たちに馬鹿にされやしないよ。悪口を言うならもう少し上手にやるんだよ。何だい、『北極は寒いかね』ってのは。北極は寒いかね……本当に田舎くさいねえ」
耕一も怒りました。
「何した(なんだ)、おめ(お前)だら東京だか。一年中うろうろ歩ってばかり居で、いたずらばかりさな(一年中うろうろ歩いてばかりいて、いたずらばかりして)」
ところが奇妙なことは、そう言ったとき、又三郎がまた俄(にわ)かによろこんで笑い出したのです。
「もちろん僕は東京なんかじゃないさ。一年中旅行さ。旅行の方が東京よりは偉いんだよ。旅行たって、僕のはうろうろじゃないや。かけるときはきっちりかけるんだ。赤道から北極まで『大循環』さえやるんだ。東京なんかよりいくらいいか知れない」
耕一はまだ怒って握りこぶしを握っていましたけれども、又三郎は大機嫌でした。
「北極の話聞かせないか(聞かせてよ)」
一郎がまた言いました。すると又三郎は、もっとひどくにこにこしました。
「大循環の話なら面白いけれど、難しいよ。あんまり小さな子はわからないよ」
「わがる(わかる)」
一年生の子が顔を赤くして叫びました。
「わかるかね。僕は大循環のことを話すのは本当は好きなんだ。僕は大循環は二遍やったよ。尤(もっと)も一遍は途中からやめて下りたけれど。僕たちは五遍大循環をやってくると、もうそれあ幅が利くんだからね。だからみんなでかけるんだよ。けれどもなかなかうまく行かないからねえ。ギルバート群島から出発したときはうまくいったけれどねえ、ボルネオから出発したときはすっかりしくじっちゃったんだ。
それでも面白かったねえ。ギルバート群島の中の、何という島かしら、小さいけれども白壁の教会もあった。その島の近くに僕は行ったねえ。行くたってなかなか容易じゃないや。あそこらは『赤道無風帯』ってお前たちが言うんだろう。僕たちはめったに歩けやしない。それでも無風帯のはじの方から舞い上ったんじゃなかなか高い所へ行かないし、高い所へ行かなきゃ北極だなんて遠い所へも行けないから、誰でもみんななるべく無風帯の真ん中へ行こう行こうとするんだ。
僕は一生懸命すきをねらっては、昼のうちに海から向こうの島へ行くようにし、夜のうちに島からまた向こうの海へ出るようにして、何遍も何遍も戻ったりしながらやっとすっかり赤道まで行ったんだ。
赤道には、僕たちが見るとちゃんと白い指導標が立っているよ。お前たちが見たってわかりゃしない。『大循環志願者出発線、これより北極に至る八千九百ベェスター、南極に至る八千七百ベェスター』と書いてあるんだ。
そのスタートに立って僕は待っていたねえ。向こうの島の椰子(やし)の木は黒いくらい青く、教会の白壁は目にしみるくらい白く光っているだろう。だんだん昼になって暑くなる。海は油のようにとろっとなって、それでもほんの申し訳に白い波がしらを振っている。
昼過ぎの二時頃になったろう。島で銅鑼(どら)がだるそうにぼんぼんと鳴り、椰子の木もパンの木もいっぱいに体を広げてだらしなく眠っているよう。赤い魚も水の中でもうふらふら泳いだり、じっととまったりして夢を見ているんだ。その夢の中で魚どもはみんな青空を泳いでいるんだ。青空をぷかぷか泳いでいると思っているんだ。魚というものは生意気なもんだねえ。ところが本当は、その時、空を騰(のぼ)って行くのは僕たちなんだ、魚じゃないんだ。もうきっとその辺にさえいれば、空へ騰って行かなくちゃいけないような気がするんだ。けれどものぼって行くたって、それはそれはそおっとのぼって行くんだよ」椰子の木の葉にも触れず、魚たちの夢を邪魔しないように、まるで、まるでそっと昇っていくんだ。
はじめのうちはそれでも割合に早いけれど、だんだん昇っていって、海がまるで青い板のように見え、その中の白い波しらもまるで玩具のように小さくちらちらするようになり、さっきの島などはまるで一粒の緑柱石(エメラルドのような宝石)のように見えてくるころには、僕たちはもう上の方のずっと冷たい所にいて、ふうと大きく息をつく。するとガラスのマントがぱっと曇ったり、またさっと消えたり、それを何遍も何遍も繰り返すんだよ。
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