けれども、とうとうすっかり冷たくなって、僕たちはガタガタ震えてしまうんだ。そうすると、僕たちの仲間はみんな集まって手をつなぐ。そして、まだまだ昇っていくね。そのうち、とうとうもう昇れないところまで来ちまうんだよ。その辺の寒さときたら、北極と比べたってそんなに変わりやしない。
その時、僕たちはどうしても北の方に行かなきゃいけないようになるんだ。後ろの方では「ああ、今度はいよいよ、かける(走る)んだな。南極はここから八千七百ベェスターだねえ、ずいぶん遠いねえ」なんて言っている。僕たちも振り返って、「ああ、そうですね。もうお別れです。僕たちはこれから北極へ行くんです。ほんの一寸の間でしたね、ご一緒したのも。じゃあ、さよなら」って言うんだよ。
もうそう言ってしまうかしまわないうちに、僕たち北極行きの方はどんどんどんどん走り出しているんだ。喉も渇き、息もつかず、まるで矢のようにどんどんどんどん駆ける。それでも少しも疲れやしない。ただ「北極へ、北極へ」と、みんな一生懸命なんだ。下の方は真っ白な雲になっていることもあれば、海か陸か、ただ蒼黒く見えることもある。昼はお日さまの下を、夜はお星さまたちの下を、どんどんどんどん駆けて行くんだ。本当に、もう休みなしで駆けるんだ。
ところが、だんだん進んで行くうちに、僕たちはなんだかお互いの間が狭くなったような気がしてくる。前はひとりで広い場所をとって、手だけつなぎ合って駆けていたのが、今度はなんだか隣の人のマントとぶつかったり、手だって前のように伸ばしてはいられなくなって、縮こまるんだろう。それがひどく疲れるんだよ。もう疲れて、疲れて、手を離しそうになるんだ。それでもみんな、早く北極へ行こうと思うから、なかなか手を離さない。それでもとうとうたまらなくなって、一人二人ずつ手を離すんだ。そして「もう僕だめだ。降りるよ。さよなら」と、ずっと下の方で聞こえたりする。二日ばかりの間に、半分ぐらいになってしまった。
僕たちは新しい仲間とまた手をつないで、お互いに顔を見合わせながら、どこまでもどこまでも北を指して進むんだ。先頃、僕が行って挨拶してきたおじさんは、もう十六回目の大循環なんだ。飛び方だって、さすがに落ち着いているからね。僕が下から「おじさん、大丈夫ですか」って言ったら、おじさんは大きくて、まるで僕なんか四人も入るようなマントのボタンをゆっくりとかけながら、「うん、お前は今度はタスカロラ(海溝)の端に行くことになっているのだな。おれはタスカロラには明後日の朝に着くだろう。戻りにどこかでまた会うよ。あんまり乱暴するんじゃないよ」って言うんだ。僕が「ええ、暴れませんから」と言ったときには、おじさんはもうずっと向こうへ行っていて、そのマントの広い背中が見えていた。僕がそう言っても、ただ大きく頷いただけなんだ。偉いだろう。
ところが、僕たちが駆けて行ったときは、そんなにゆっくりしてはいなかった。みんな若いものばかりだから、どうしても急ぐんだ。「ここの下はハワイになっているよ」なんて誰か叫ぶものもあるねえ。どんどんどんどん、僕たちは急ぐだろう。
にわかにポーッと霧の出ることがあるだろう。お前たちはそれがみんな水玉だと考えるだろう。そうじゃない、みんな小さな小さな氷のかけらなんだよ。顕微鏡で見たら、もういくら透き通って尖っているか知れやしない。そんな旅を何日も何日も続けるんだ。ずいぶん美しいこともあるし、寂しいこともある。雲なんか、本当にきれいなことがあるよ。」
「赤くてか?」耕一が尋ねました。
「いいや、赤くはないよ。雲の赤くなるのは戻りさ。南極か北極へ向いて上の方をどんどん行くときは、雲なんか赤くはないんだよ。赤くはないけれど、それは美しいよ。ごく淡い色の虹のように見えるときもあるしねえ、いろいろなんだ。だんだん行くだろう。そのうちに僕たちは大分低く下っていることに気がつくよ。夜がぼんやり薄明るくて、そして大変短くなる。ふっと気がついて見ると、もう北極圏に入っているんだ。海は蒼黒くて、見るからに冷たそうだ。船もいない。そのうちにとうとう僕たちは氷山を見る。朝ならその稜が日に光っている。下の方に大きな白い陸地が見えてくる。それは、みんなガチガチの氷なんだ。向こうの方は、灰色のけむりのような白いものがぼんやりとかかっていて、よく見えません。あれは氷の霧なんです。その霧のところどころから、尖ったまっ黒な岩が、朝の海に浮かぶ船の帆のようにあちこちから顔を出しています。
「あそこがグリーンランドだよ」と、僕たちは話し合います。今まで何度もここを飛んできたという、少し年上の仲間が大威張りでやってきて、その辺りのことをいろいろ教えてくれるんです。「ほら、あそこの湾がゲーキー湾だよ。知っているだろう? 英国のアーキバルド・ゲーキー博士の名前をつけた湾なんだ。ごらん、あれが氷河だよ。氷河が海に流れ込んで、あれが少しずつ押されて海へ突き出していくんだ。そして最後には氷河から切り離されて、立派な氷山になるんだよ。あっち? あっちが英国さ。ここはもう地球のてっぺんだから、どっちへ向かっても近いものだよ。少し進路を間違えれば、とんでもない場所へ降りてしまうことだってあるんだ。あっちが英国さ」なんて、本当に偉そうにするんですよ。
僕たちは、ほとんど東へ東へと、北極をぐるりと一周するようになります。この時が一番怖いんです。大循環の中で一番恐ろしいのはこの時で、僕たちの回るルートのさらに中心に、「極渦(きょくうず)」と呼ばれる大きな渦の輪があるんです。その輪の中に入り込んでしまったら、もうなかなか抜け出せません。卑怯な心を持っているやつらは、それでもみんなその中に入ってしまうんです。
その渦の真ん中には、有名なヘルマン大佐がいます。人間じゃありませんよ、僕たちと同じ仲間です。ヘルマン大佐は背筋を伸ばして腕を組み、あたりをぐるぐると回っている連中をじろじろと見つめているんです。そして、僕たちの目の色を見れば、誰が卑怯なことをしたのかすぐに分かってしまうんですよ。そして、「おい、その赤毛のやつ、入れ」と命令するんです。そう言われたらもうおしまい。極渦の中へ放り込まれて、ぐるぐるぐるぐる回され続けて、なかなか「もう出ていい」とは言ってくれないんです。だから、僕たちはその時、本当に緊張するんですよ。
けれども、卑怯なことを何もしていない者は、割と平気です。大循環の途中で、わざと疲れたふりをして隣の仲間の手を離したり、早くみんな終わればいいなと考えてキョロキョロと他の人の足並みを見たりしたやつは、ことごとく渦の中に放り込まれてしまいます。
そうして、僕たちはだんだんと回っていきます。そして、だんだん下の方へと降りていくんです。最後には、海とすれすれくらいの低さになります。その時、あちこちの氷山に白い杭が立っているのが見えます。そこにはこう書いてあるんです。
『大循環の到着者はこの付近で数日間休養すること。帰路は各人の自由であるが、障害は往路の倍以上になるため、十分な覚悟をすること。海洋は摩擦が少ない分、かえって速度は上がらない。
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