若君のお調べに対して、少しでも曖昧なことを言うと、こうして痛い目を見るぞ」
もう一度、ドンと鉄杖を食らわせます。
「ううむ、フフフ、痛うございます、痛うございます!」
「痛いなら、本当のことを話せ」
「も、申し上げます。間違いなく和田呂宋兵衛の手の者でございます」
「よく言った」
伊那丸はうなずくと、こう尋ねました。
「では、その呂宋兵衛は今、どこに拠点を構えて何をしているのだ?」
「秀吉さまのお気に入りとなりまして、天ヶ丘の寺領と南蛮寺を拝領いたしました。裾野のころからの一味である丹羽昌仙や蚕婆、燕作なども、みなそこに住んでおります」
「ほう、定めしそれらの者は、一味同類となって武田勝頼の行方を捜しているのであろうな」
「えっ、どうしてご存じでございますか!」
「知らぬとでも思ったか!」
伊那丸の鋭い問いかけを、龍太郎がうまく引き受けました。
わざと少し笑みを浮かべて、龍太郎は言います。
「ここにおいで遊ばすのは、徳川家のとある御公達さまだ。私やこの若僧も、皆、浜松城の隠密組なのだよ」
「あっ、さては貴殿たちも、菊池半助殿たちと一緒に、あの僧侶の姿をした人物を京都まで追ってきたお方々で?」
「その通りだ――」
龍太郎は心の中で苦笑しつつ、真面目な顔で応じました。
「ところで、その僧侶の姿をした人物についてだが、何か変わった知らせはないか。素直に話してくれれば、敵でも味方でもないお前と我々、その辺で仲直りの酒でも酌み交わそう。それに、ここにおわす徳川家の御公達に、お前の出世の手助けを頼んでやらぬこともないが……」
「へへっ」
そう言われて大九郎は、欲に目がくらみ、草の上にひれ伏すと、おとといの真夜中に呂宋兵衛が計略を尽くして付き添いの僧二人を殺し、ひとりの主僧を生け捕りにして、天ヶ丘の古会堂に閉じ込めていることまでベラベラとしゃべってしまいました。
すぐにおべっかを使う軽薄な彼の舌は、まだ話し足りないのか、こう付け加えました。
「ところで、その勝頼公……。確かに生け捕りにしてきた僧侶の貴人に違いないと睨んではおりますが、なんせ天ヶ丘は野武士や浪人ばかり。真実の勝頼公の顔を知る者がおりませんので」
「して、その謎の僧は、今も南蛮寺の古会堂に押し込めてあるのか――」
龍太郎も忍剣も、息を殺してその言葉を聞き入っていました。「……それゆえ、先ほども申した通り、まだ相手が本物の勝頼公かどうか疑わしいところがあります。そこで、いっそのこと桑名に陣を敷いている秀吉公の元へ送り届けよう、というのが昨夜の会議での決まりなのです」
「なんだと! 滝川攻めのために最近桑名へ向かったと聞く、あの秀吉の陣へ送り込む手はずになっているのか。
して、それは何日の何時だ」
「明日の朝早く、東山から日が昇るのと同時に天ヶ丘を出発する予定です。
そのために、今日は我らも骨休みの暇をもらって、こうしてブラついていた次第でして……先ほどのご無礼、どうかお許しください」
包み隠さず話す大九郎の言葉を聞き、伊那丸は我を忘れて両の拳を膝の上に強く握りしめた。
「ううむ! 父上はすでに敵の毒手に落ち、桑名へ送られるという最悪の運命を辿られたのか……ああ、間に合わなかったか……」
伊那丸は目尻に血をにじませ、藺笠(いらがさ)の下で鬢の毛を震わせた。
『父上』という言葉を聞いて、斧大九郎はハッとして呆気に取られ、じりじりと後ろへ下がった。伊那丸がハラハラと涙を流す姿を見て、忍剣と龍太郎の二人が口を揃えてなだめた。
「若君、どうかお気を落とされませぬよう。
すでにお命がないのであれば運命と諦めるしかございませんが、大九郎の話によれば、まだご尊体には異状なく、明朝、天ヶ丘から桑名の陣へ移されるとのこと。折しもこれ、天が与えた絶好の機会ではございませんか」
「おお! 必ずやお父上をお救いせねばならぬ」
伊那丸が立ち上がった、その時だった。
「ひやあッ! さては貴様、武田の!」
仰天した大九郎は跳ね上がって逃げ出そうとしたが、伊那丸の一喝が飛んだ。
「龍太郎、そやつを討て!」
「はッ!」
返事をするよりも早く、木隠龍太郎は猿のように素早く腕を伸ばした。肝を潰した斧大九郎は逃げ道を失い、無我夢中で松の枝へと飛びついた。
「ええ――ッ!」
木隠の鋭い気合が響き渡った。
同時に抜き放たれた無反りの刀が、一閃の光となって松の枝にぶら下がった大九郎の胴を横に薙いだ。
バサリと血の海に落ちたのは胴から下だけで、上半身は枝をつかんだまま、虚空に醜く止まっていた。
その時、今宮の舞楽殿からは笛や太鼓、そして鈴の音が鳴り響き始めた。
やすらい踊りのどよめきに合わせて、神楽囃子が始まったのだろう。
――それは、悪魔退治の御神楽歌であった。
明暗の両童子
一
ピイヒャラ ドン助 ひゃらりこドン!
鷲をとられて オッぺけぺ!
竹童ドン助 ひゃらりこ ドン!
これは、あちらの神楽歌ではない。
暮れゆく杉林から芝生のあたりを、しきりに浮かれて飛び回っている少年の歌である。
遠くに聞こえる神楽に合わせて、
ピイヒャラ ドン助 ひゃらりこドン!
すっかり上機嫌だ。
右手に持っているのは串に刺した芋の田楽、左手には黒い飴の棒。踊りながら芋を食べては飴を舐め、飴を舐めては芋を食い、交互に舌を楽しませながら、
竹童ドン助 ひゃらりこドン!
いよいよ無上の楽しさか、歌も踊りもやむことを知らず、陽が暮れようとしていることさえ気づかぬまま、林を抜けてきた。
この能天気な少年は、言うまでもなく蛾次郎である。
昨日から遊び続けて、今日は今宮祭の見物と洒落込んでいるのか。
胸や口の周りには田楽の味噌やきな粉、甘ったるい蜜糖の粘りがこびりついていて、今日一日どれほど胃袋を満足させてきたかを物語っている。
それだけでなく、蛾次郎は目の敵にしている竹童に対して、今、大きな優越感に浸っていた。
「竹童のやつめ、きっと今頃は『クロ』を盗られてメソメソしているだろうな。
真っ黒な富士の裾野で、まぬけな面をしているに違いない。
おれさまはどうだ! 日本中をクロに乗って駆け回り、今は天子さまがおわす都の土を踏んでいるんだ。
この九重の都をな!
どうだい、蛾次郎さまのこの栄光は!
食べたいものを腹いっぱい食べたぜ。見たいものも思う存分見たぜ。
だからおいらは踊るのさ、踊らずにはいられないや。
ワーーイだ、ワーーイ! ワイ竹童、ざまを見やがれ!」
そんな気分が、蛾次郎の歌となり、踊りとなっていた。
ところが、有頂天の蛾次郎が、何気なしに林の中を踊りながら進んでいくと、なんだか「ぬらり」としたものが鼻の頭をなでたのである。
「おやッ?」
と思って触ってみた。
どうも人間の感触らしい。
しかし、その相手は「今晩は」と挨拶をすることはなかった。「なんだか変な人だな……」
そう思って、上から下へ、そっと手を伸ばしてなでてみると、なんとまあ、へんだ! へんだ! なんてへんな人間だ! 腰から下が、まるでない。
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