初級翻訳・翼の破れたからす 第1話

小川 未明

西の山のふもとの森の中に、カラスたちが巣を作って暮らしていました。
毎日、朝のまだ空がうす暗いうちから、カラスたちはみんなで列を作って、東の空へ向かって高く飛んでいくのでした。
そのころ村では、もう起きている家もあれば、まだ眠っている家もありました。
カラスたちは、そうやって食べ物を探しに出かけるのです。
町のはずれや畑、川の淵や海辺など、あちこちでごはんを探しました。
もし一羽が何かおいしいものを見つけると、すぐにみんなに知らせるのです。
決して自分ひとりで独り占めしようとはしませんでした。
どこへ行くときも、みんなずっと一緒です。
また、もし一羽がトビやタカに襲われていじめられても、その友達を見捨てたりはしません。
みんなで力を合わせて、友達を助けました。
一緒に戦ったり、みんなで力を合わせて逃げたりしたのです。

日が暮れると、カラスたちはまた山のふもとを目指して、列を作って帰ってきます。
「カア、カア」と鳴きながら、村の空を高く飛んで通り過ぎていくのです。
春、夏、秋、冬。
毎日、毎日、変わることのない日常でした。

ある日のこと、太郎は家の前に立って、頭の上を「カア、カア」と鳴いて通り過ぎるカラスの群れをじっと見上げていました。
黒い影が、まるで一本のさおのように列をなして、西の空へ向かっていきます。
一番先頭のカラスが疲れると、次のカラスが先頭を交代しました。
先頭のカラスが少し遅れると、後ろのカラスがまた先頭になります。そうやって、元気で足の速いカラスが一番前になって、みんなを引っ張っているように見えました。
カラスたちはお互いに励まし合って、列から離れないように飛んでいきます。
先頭のカラスは、進んでいく先にある野原や川、海辺や村、町などにまで気を配らなければなりません。
いつ、何が自分たちを狙っているかわからないからです。
太郎は、カラスの列がとても整っていることに感心しました。そして、全部で何羽いるんだろうと、先頭から一つずつ数えてみました。

すると、太郎はこのカラスの群れの中に、たった一羽だけ、片方の翼が傷ついているかわいそうなカラスを見つけました。
敵とケンカをしたのか、鉄砲で撃たれたのか、それとも罠にかかったのか、右の翼が破れていたのです。
「あんなに翼が傷ついていて、大丈夫なのかな」
太郎は心配になって、そのカラスを特に気をつけて見上げていました。
やはり、そのカラスは翼が傷んでいるせいで疲れやすいようでした。
時々、列から少し遅れそうになります。
すると、友達のカラスたちがいたわるようにして、前になったり後ろになったりしながら、そのかわいそうなカラスを守って飛んでいくのでした。
翼の傷ついたカラスは、列のちょうど真ん中あたりに加わっていました。
そうして、誰一人として仲間から遅れることなく、みんなと一緒に飛んでいったのです。

太郎はそのかわいそうなカラスのことを、どうしても忘れることができませんでした。
夜、布団に入ってからも「無事にみんなと一緒に森へ帰れたかな?」と思ったり、学校へ行っている間も「今日の夕方も、あのカラスは空を飛べるかな?」と考えたりしていました。

学校から帰ってくると、太郎は外に出て遊んでいました。道の上にはまだ雪が残っています。
やがて、静かに日が暮れ始めました。
カラスの群れが、七羽、九羽、五羽と、それぞれ列を作って飛んで帰ってきます。
「カア、カア」と鳴きながら、西の空へ向かっていきました。
「昨日のカラスは、まだ来ないかな?」と、太郎は夕方の空を見上げていました。
すると、向こうからたくさんの群れが列をなして飛んできました。
よく見ると、昨日見たカラスの列でした。
昨日までは真ん中にいた翼の傷ついたカラスが、今日は一番後ろについて飛んでいます。
それでも、一人だけ取り残されることもなく、みんなと歩調を合わせて飛んでいきました。
「どうして今日は一番後ろなんだろう?」
太郎は、そのかわいそうなカラスのことを思って、同情せずにはいられませんでした。

その夜は昨日よりもっとそのカラスのことが気になって、布団に入ってからも頭から離れませんでした。
次の日、学校へ行って窓から校庭で鳴いているカラスを見たとき、太郎はまた、あの傷ついたカラスのことを思い出したのでした。太郎は「今日はどうだろうか?」と、学校から帰ると、早く夕方になって、いつものようにカラスの群れが通り過ぎる時間にならないかと待ちわびていました。
やがて日が暮れかかると、カラスの群れはいくつもの列を作って、西の空を目指して帰っていきました。
北の海があるほうの空は、まだ明るく輝いていました。
見覚えのあるカラスの群れが、太郎の頭の上を通り過ぎていきました。
そして、あの翼を傷めたかわいそうなカラスは、今日はみんなからずっと遅れて、やっとのことで列に加わっている状態でした。
太郎は、そのかわいそうなカラスが、みんなからはぐれてしまわないかと心配しながら、群れが遠く、遠く、見えなくなるまでずっと見送っていました。
そのうちに、群れは完全に姿を消してしまいました。
「明日はどうなるんだろう?」
太郎は、このときそう思わずにはいられませんでした。

そして、次の日の夕方になりました。
太郎は家の前に立って、同情に満ちた瞳で、あの傷ついたカラスが加わっているはずの列が来るのを待っていました。
やがて列はやってきました。
しかし、あのかわいそうな傷ついたカラスの姿は見当たりませんでした。
太郎がその数を数えてみると、確かに、あのかわいそうなカラスの分だけ、一羽足りなかったのでした。
「あのカラスはどうしたんだろう?」
太郎の胸は、悲しさでいっぱいになりました。かわいそうで仕方がなかったのです。
「あのカラスはどうしたんだろうか?」
その次の日も、太郎は外の道に立ってカラスの群れを見送りました。
やはり、あの傷ついたカラスの姿はその列にはありませんでした。
おそらく、もう二度と見ることはできないだろう、と太郎は感じました。

ある日、太郎は学校で友達と何人かで鬼ごっこをして騒いでいました。
そのとき、一人の友達がベンチにつまずいて、足の骨を折ってしまいました。
みんなは大騒ぎをしました。
不幸な友達は家に帰り、お医者さんに診てもらいました。
翌日、学校に行ってみると、その友達は学校を休んでいました。
「かわいそうだね」と、太郎はほかの友達と一緒に、その友達の災難を悲しみました。
太郎はふと、人間はこうしてケガをしてもお医者さんに診てもらうことができるけれど、あの子ガラスのように翼を傷めたら、カラスはどうすればいいんだろう、と考えました。

冬の終わりから春の初めにかけては、雨や風が続くことがよくあります。
そうして野や山の雪は溶けていくのです。
二、三日、激しい雨が降り、風が吹き荒れました。
こんな日には、カラスたちはいつものように整った列を作って帰ることができませんでした。
みんな思い思いに、雨風の中を飛んで帰っていきました。
太郎が学校へ行くと、足を痛めた友達はもう治ってきていました。
そして、うれしそうにみんなと一緒に遊んでいました。

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