初級翻訳・良寛物語 手毬と鉢の子 第10話

新美 南吉

「栄坊さんは呑気でいいなあ。松っつぁんは足が棒になるほど探しまわりましたよ。さあ、もう帰りましょう。お父さんやお母さんが心配していますよ」
そして二人は家へ向かいました。
お父さんとお母さんは、しばらく栄蔵の顔を愛情のこもった眼差しで見つめただけで、何も言いませんでした。
何も言わなかったことが、かえって二人の心配がどれほど大きかったかを物語っていました。
栄蔵は両親に気苦労させたことをすまないと思いながらも、何か心に満足を覚えていました。
そして、その夜床に入って、眠りにつくまでの静かなひとときを、今日一日のことを始めから思い返して、楽しんでいたのでした。
このちょっとした出来事は、栄蔵の心に長く残っていました。
栄蔵は後々まで、海辺の岩陰に、家の者が探しに来るのを待っていたときの気持ちをよく覚えていました。
そしてある日ふっとまたその事を思い出して、つくづく自分の心をあさましく思ったのは、栄蔵がもう青年になりかけた頃でした。
その時栄蔵は、自分の心の中に悪いものが入り込んでいることをはっきりと知ったのです。
――なるほど自分は、お父さんが仰った言葉を真に受けて、鰈になるかもしれないと思った。鰈になっては大変だと考えて、海辺へ行ったのである。しかし、海辺の岩陰に隠れて、日が暮れるまでじっとしていたのは、自分を叱ったお父さんに、心配させようという下心ではなかったか。そうなのだ。なんとひねくれたいけない心だろう。叱られた時、どうして素直に「お父さん、ごめんなさい」と謝れなかったのだろう。「私の心の中には、いけないものがある。取り除かなければならない、いけないものがある」と、栄蔵は思っていました。

五 紙鳶(たこ)を買う銭

栄蔵の上を、歳月が流れていきます。
栄蔵は十歳になり、十一歳になりました。
そして、やがて十四歳の春がやって来ます。
小さな者が大きくなる一方で、年老いた者はこの世から消えていきます。
栄蔵のお祖父さん、お祖母さんは亡くなりました。
今では栄蔵は橘屋(たちばなや)で、これから花を開こうとする木のように、ひときわ目立つ存在です。
栄蔵はその下に左衛門をはじめ、六人の弟妹を従えている長男なのです。
お父さんの以南(いなん)は、栄蔵に学問をさせて知識を身につけさせ、名主の仕事を継がせなければならないと考えていました。
そこで栄蔵は、少し離れた地蔵堂町狭川(じぞうどうまちさがわ)の子陽(しよう)という先生が開いている塾へ通い始めました。
袴(はかま)をはき、道具の包みを抱え込んで、少し前かがみになって歩く痩せた少年・栄蔵の姿が、海沿いの街道を毎日行き来するのを、出雲崎の人々はよく見かけたものです。
塾には二十人ほどの生徒が集まって、先生の教えを受けていました。
栄蔵のように学問が大好きな子もいれば、学問が嫌いな子もいます。
嫌いな子は、後ろの方に席を取りたがるので、すぐに分かります。
彼らは先生の質問を避けたり、居眠りをしたりするのに都合がいいからと、後ろの席を好むのです。
先生は生徒の方を向いて、袴の膝を広げるようにして座り、片手に細い鞭(むち)を持って講義をされます。
先生の前には台があり、その上には開かれた書物が載っています。
生徒たちは先生の方を向いて並んで座り、一人一人の前には見台(けんだい)が置いてあります。
そしてその上には、先生と同じ書物が開かれています。
こうして、先生のお話は書物に記された文字や内容について進められていくのです。
栄蔵は支那の聖人や賢人が書き残した書物を読みます。
そこには、碁石くらいの大きさの漢字ばかりが並んでいます。
「人間はこれこれのことをしてはならない」とか、「これこれの行いをするような者は、一緒に話をする資格がない」とか、「本当の勇気とはどういうものか」とか、「君が正しいと思ったことをしないなら、君には意気地がないことになろう」といった教えが、聞いたときは難しくても、よく考えれば理解できる言葉で述べられています。
それらの教えを、栄蔵はお腹の空いた人がいくらでも物を食べるように、自分の中へどんどん取り入れていきました。
また、栄蔵は日本の昔の物語や歌なども読みます。
それらは筆の跡も柔らかく温かな文字で書かれていて、声に出して読むと、その字体の通りに、素直で温かく、哀れ深い言葉なのです。
様々な話がその中には語られています。
妻や子をなくした男の話、夫をなくした妻やその子供の話、遠くの島へ流された父をはるばると尋ねて行く子供の話、飢饉や火事や疫病で一度に大勢の人が死んでいった話、何となく生きているのが寂しくなって、他国へあてもなく旅をしていく人の話など……こうした気の毒な話に、栄蔵はとりわけ心を惹(ひ)かれました。
みな六百年も七百年も昔の話だけれど、それらの人々の悲しみや苦しみが、栄蔵には本当によく分かります。
胸が痛むくらいに。
そして栄蔵はこう思うのです。
――人間の世界には、昔もこんなに様々な悲しみや苦しみがあった。今もそれはある。そしてこれからもきっとある。それはいつの日になくなるだろう。そしてまた、どうすればなくなるだろう。

成績の良い子なら誰でもするように、栄蔵は家でもよく本を読みました。
今では栄蔵も小さな子供ではないので、弟や妹の守をしたり、使いにやらされたり、そのほかいろいろな仕事がありましたが、少しの暇を見つけては勉強しました。
いつか罰で蔵の中へ閉じ込められたとき、二階の箱の中に見つけたあの本――お祖父さんやお父さんが読んだ沢山の本を、分かりやすいものから順に読んでいきました。
分からない文字は字引を見て覚えました。
その当時にも字引はありました。
大福帳のような形で、触ると温かい紙でできていました。持つと真綿のように軽いのです。
雪が降る日にも栄蔵は勉強しました。四月、桜が咲いて庭が明るい時にも読みました。蛍が窓から迷い込んでくる夜にも、行燈(あんどん)の黄色い光の下で本を開いていました。
栄蔵は学科がよくできたので、先生に可愛がられました。
しかし、ここでも栄蔵は仲間外れにされていました。
そして、ここにはもう一人、仲間外れになる子がいました。
それは尼ヶ瀬の町から来ている金持ちの家の子で、惣兵衛(そうべえ)という名でした。
惣兵衛ちゃんがみんなから仲間外れになるのは、お坊ちゃん育ちでわがままで、わからず屋だったからです。
学科も一番できませんでした。
こうして、人間の世界では、優れた者と劣った者が、ともに爪はじきにされることが度々あるものです。
ところが、いつの間にか栄蔵は、その惣兵衛ちゃんと友達になっていました。
「お父さんが長岡から、こんなでかい紙鳶(たこ)を買って来てくれたから、見に来なよ」
とある日、塾から帰るとき、惣兵衛ちゃんが栄蔵に言いました。栄蔵は別に紙鳶(たこ)なんて見たくもなかったので、
「ふうん」
と、気のない返事をしました。
「ねえ、来なよ、来なよ」
と、友達のいない惣兵衛ちゃんは、一生懸命にせがみます。
そこで栄蔵は、紙鳶は見たくはなかったけれど、きっぱりと断ることもできなかったので、今度のお休みに行くことに決めました。

その日が来ると、天気は上々でした。

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