初級翻訳・若草物語 第14話

オルコット ルイーザ・メイ

私は自分が決めたルールをきちんと守ります。さあ、マーチ、手を出しなさい」

 エミイはびっくりして、両手を慌てて後ろへ回し、悲しそうに許しを乞うような目で見つめました。エミイはもともと、先生のお気に入りの生徒の一人でした。ですから、そのすがるような瞳はどんな言葉よりも強く先生の心を動かしたようでしたが、そのとき、教室の誰かが「ちぇっ!」と舌うちをする音が聞こえました。これで怒りっぽい先生のプライドに火がついてしまい、エミイを許すことなどこれっぽっちも考えられなくなってしまいました。
「手を出して、さあ!」と、冷酷な宣告を下したのです。エミイはプライドが高い子でしたから、泣いたり謝ったりはせず、頭を高く上げたまま、ひるむこともなく、その手が激しく五、六度打たれるままにしていました。
けれど、人から打たれるのはこれが初めてで、その恥ずかしさは、エミイにとっては先生に殴り倒されたのと同じくらいに感じられたのです。
「休み時間まで教壇の上に立っていなさい」
デビス先生は、徹底的に罰を与えるつもりでした。
これもエミイにとっては、たまらない恥ずかしさでした。
けれど、やらなければなりません。
エミイは、今にも倒れそうな足を一生懸命踏ん張って、その不名誉な場所に立ち、真っ青な顔をして立ち続けました。
一時間ほどにも思える十五分が過ぎ、先生が「休みなさい、もうよろしい、エミイ」と言ったときには、もう打たれた手の痛みさえ忘れ、嬉しくてたまりませんでした。
エミイは誰とも口をきかず、控え室へ行き、自分の荷物をひっつかむと「二度と来るものか!」と怒りの言葉を吐き捨てて、学校を立ち去りました。
エミイが家へ帰ったとき、すっかり意気消沈していました。
やがて姉さんたちが帰ってきました。
姉さんたちは話を聞いて、すっかり憤慨しました。
メグはエミイの恥ずかしめられた手をグリセリンと涙で洗ってやり、ジョウは「今すぐデビス先生を縛り上げろ!」と言いました。
ベスは、自分のかわいい猫でさえ、こんなときのエミイには慰めにならないだろうと思いました。
ハンナは「悪いやつめ!」と言ってゲンコツを振り上げ、夕食のジャガイモがその悪い奴であるかのように、すりこ木で激しくつぶしました。
ただ、お母さんだけはあまり口もきかず、心を痛めているようでしたが、エミイを優しく慰めました。
エミイが学校を飛び出して帰ったことは、親しい友達のほか、誰も気がつきませんでした。
けれど、よく気のつく生徒たちは、デビス先生がその日の午後からたいへん優しくなり、それでいていつになくびくびくしていることに気がついていました。
ちょうど授業が終わるころ、怖い顔をしたジョウがやって来て、先生にお母さんの手紙を渡しました。
それから、残っていたエミイの持ち物を一まとめにすると、それを持って帰っていきました。
その晩、お母さんが言いました。
「エミイ、学校を退学させました。鞭で打つことには賛成できません。デビス先生の教育方針にも感心できませんし、友達もあなたのためにならないようです。けれど、ほかの学校へ変わることはお父さんに相談してからでないとできません。だから、明日からはベスと一緒に勉強しなさい。ただ、あなたがライムを机の中に隠し持っていたことは同情できません。規則を破ったのですから」
「ねえ、お母さんは、あたしがあんなふうに人の前で恥をかかされたのを、当たり前だと思っていらっしゃるの?」
「過ちを改めさせるのに、お母さんならばあんなやり方はしません。ただ、あなたは最近、少しうぬぼれが強くなっているようです。直さなくてはいけません。あなたには才能もあり良い性質もありますが、それを見せびらかしては台無しです。へりくだるという気持ち、それがあなたをずっと美しくするはずですよ」
そのとき、向こうでジョウと将棋をさしていたローリイが大声で言いました。
「そのとおり! 音楽の素晴らしい才能を持っていながら、自分では気づかずにいる、あるお嬢さんを僕は知っていますが、その人は、ひとりでいるときどんな立派な曲を作っているのか知らずにいるし、そのことを人から言われても本気にしないんです」
ローリイのそばに立っていたベスが、それを聞いて言いました。
「そんな素敵な方とお友達になりたいわ。きっとあたしのためになる方よ。あたしなんて、とてもダメだもの」
ローリイはいたずらっ子らしく、「あなたは知っていますよ。その人は、ほかのだれよりも、あなたのためになっていますよ」と言ったので、ベスは顔を赤らめ、はずかしがってクッションに顔をうめました。
ジョウは、ベスをほめてもらったお返しに、ローリイに勝ちを譲りました。
ベスはほめられてからは、いくらすすめられてもピアノを弾こうとしませんでした。
ローリイは良い機嫌で、楽しそうに歌いました。
ローリイが帰ったあと、エミイが「ローリイは、なんでもできる方なの?」と聞くと、お母さんが答えました。
「教育もあり天分もあるから、可愛がられて増長さえしなければ、立派な方におなりでしょう」
「うぬぼれたりなさらないでしょう?」とエミイが尋ねました。
「ちっとも。だから人を惹きつけるのよ」
「たしかに、気どらないのは立派なことだわ」「……本当にその通りね」と、エミイはしみじみと言いました。
「教養や才能というものは、自分からひけらかさなくても、自然と外ににじみ出てくるものなのよ。見せびらかす必要なんてないのね」
 そのとき、ジョウがひょいと口を挟みました。
「そうよ、あなたの帽子や服やリボンを、一度に全部身につけて歩く必要がないのと同じことね!」
 ジョウの言葉にみんなが吹き出し、お母さんのお説教は賑やかな笑い声の中で終わりました。

第八章 ジョウの原稿

 土曜日の午後、エミイが姉さんたちの部屋へ行くと、メグとジョウが外出の支度をしていました。なんだか内緒の用事があるらしく、エミイが「お姉さんたち、どこへ行くの?」と尋ねても、ジョウは「どこへだっていいじゃないの。小さな子はそうやって聞きたがらないものよ」と、つっけんどんに言い返しました。
「わかったわ! ローリイと一緒に『七つの城』のお芝居を見に行くんでしょう。あたしも行くわ。お母さんは見てもいいっておっしゃったもの。あたし、自分のお小遣いもあるし」
 メグはなだめるように言いました。「まあ、いいからお姉さんの言うことを聞いて。お母さんは、あなたの目がまだ治っていないから、来週ベスやハンナと一緒に見に行きなさいっておっしゃったのよ」
 エミイはあわれっぽい顔をしてせがみました。「やだあ、お姉さんやローリイと行くほうがいいのに、半分も面白くないわ。ねえ、お願いだから連れて行って。長いこと風邪をひいて家にばかりいたんですもの、ねえ、おとなしくしているから!」
「一緒につれていってあげたらどう? 厚着をさせていけば、お母さんだって何も言わないでしょう」
 メグがとうとう、しかたがないというように言うと、ジョウはきっぱりと拒否しました。
「それなら、あたし行かないわ。二人だけ招待されているのに、連れて行くなんて失礼よ」
 ジョウのそんな言い方や態度が、エミイの怒りに火をつけました。

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