家族団らん
お父さんが会社から帰ってきて、みんなで晩ごはんの食卓を囲むとき、その日に起こった特別な出来事が話題にのぼります。
「今日は実家のお母さんが来てくれて、私、上等な浴衣の生地をいただいたんですよ」
なんていうのは、お母さんにとっての大ニュースです。
それに対してお父さんは、
「ふうむ、それはよかったね。
あちらの家族もみんな元気かい?」
と応じます。
そこから実家の話になっていき、
「私、そのうちの一日、実家に行かせていただきますね」
「どこへ?」
「実家へですよ」
「この間行ったばかりじゃないか?」
「いいえ、あれはお正月でございますよ」
「そうだったかね。
それなら行ってきなさい」
というような会話に着地します。
自分に関係のない話ならどうでもいいのですが、
「あなた、今日は源太郎が学校のお友達と活動写真へ行く約束をしてきちゃって、ねだられて困っちゃいましたの」
などと突然ぶっちゃけられて、僕はドキッとして慌てることがあります。
「そうして、行ってきたのかい?」
とお父さんが怖い顔をします。
「お友達が門のところで待っていましたし、土曜日でしたから、ついつい……」
とお母さんが言葉を濁します。
「もうダメだよ。
活動写真は低俗だからいけないって断ってあるじゃないか?」
「はい……」
と私も縮み上がります。
しかし、そのすぐあとに、
「その代わり、今度芝居に連れて行ってやろう」
と言ってくれるのはありがたいことです。
活動写真のよさが分からないのは少し時代遅れのせいだなと残念に思いますが、芝居に力を入れているところはなかなかに話がわかっています。
僕もどちらかといえば高級なもののほうが面白いのだから、これからはお母さんに迷惑をかけまいと心に決めます。
お父さんがいないのを知っていてお母さんにねだるのはよくありません。
お客さまも来なくて、僕たちもおとなしく、地震も揺れず、病人もいなくて、まったく平穏無事な日もあります。
そんなときにはお母さんは、
「今日は押売りが玄関に居座っちゃって困りましたわ」
くらいのことで話を合わせます。
こんな話題でもお父さんは、
「押売り撃退の秘法を伝授してやろうか?」
などと乗っかってきて、冗談のネタにするのです。
「ぜひ教えていただきますわ。
毎日一人や二人は絶対に来るんですもの。
『ごめんください』と言うから、お客さまかと思って着物のたすきを外して出てみますと、『筆を一本買っていただきたい』なんて言うんです」
とお母さんは毎度のように時間を奪われるので、女中のお蔦を相手に、効果的な撃退法をいつも研究しています。
「あんな連中に対等に向き合うからいけないんだ。
俺ならこうやるね」
とお父さんは舌を出して目をひんむきました。
「なんですか? それは」
「狂人のまねさ。
こうやるのさ。
ベロベロベロ」
「まあ、お父さんったら!」
と子供たちが笑い出します。
「何と言っても、こうやって首を振っていればすぐに帰っていく。
そして二度と来ない。
向こうだってもちろん忙しいんだからね」
「オホホホホ。
今度試してみましょうか? お蔦、お前、一つやってごらんよ」
とお母さんが言いました。
いくらなんでも奥さまが狂人のまねをするわけにはいきません。
「あら、奥さま、私、とてもできませんわ、そんな器量の悪い顔は」
とお蔦は最近ではすっかり垢抜けてきたので、なかなかプライドを持っているのです。
さて、昨日は僕が学校から帰ってくると、弟の浩二が待ち構えていて、
「兄ちゃん、今日はお母さんのところに外国の女の人が来たよ」
と耳打ちしてくれた通り、夕ご飯の時間にお母さんは、
「あなた、今日は私の昔の先生のスミスさんという方がいらっしゃったのよ」
と、女学生時代を懐かしむような、いつもより少し若々しい声を出しました。
もっとも、スミスさんはまだおばあさんというわけではありません。
三十八歳とも言いますが、とにかく四十歳未満なので、子供が五人あっても決して年寄りじみていません。
「ふうむ、それはよかったね」
とお父さんはお箸を取りながら答えました。
「スミスさんってアメリカの方でございますよ。
私、十何年ぶりかで英語を話しましたの」
とお母さんはウキウキしています。
「ふうむ、それはよかった」
とお父さんは一日働いてきてお腹がペコペコです。
「母校の復興資金のことでわざわざいらしてくださったので、私、今度こそは少しまとまった額を寄付しなければならないと思っているんです」
「ふうむ、それはよかった」
「聞いていらっしゃいますの! 安心いたしましたわ」
とお母さんはすっかり勢いづいて、
「でも、他の方の手前もありますから、今も言いました通り、私、出すならあまりケチなことはしたくありませんの。
どうでしょう、五十円ばかり? ねえ、あなた、五十円だけはね?」
「五十円? 五十円ってどうするんだい?」
とお父さんは初めてお母さんの方を振り返りました。
「母校の復興寄付金でございますよ。
そのためにスミスさんがいらしてくださったんですから」
「スミスさんって何者だい?」
「まあ! あなた、さっきから聞いていらっしゃらなかったのね。
道理で返事が少しトンチンカンだと思いましたわ」
「お腹が減っているものだからね。
衣食足りて寄付金を知る、ってやつさ」
「それではあとからお話ししますわ」
とお母さんは話を折られて、またの機会に持ち越すしかありませんでした。お父さんは僕のことを「横着者だ」と言ってバカにしますが、自分だってこの通り、のらりくらりと言い逃れる「瓢箪鯰(ひょうたんなず)」です。
自分にとって都合の悪い話は、一生懸命に聞き流そうとします。
お腹が空いていなかろうが、これがすっかりお父さんの癖なのです。
職業が新聞記者で、普段から自分の意見ばかりを主張しているものだから、他人の言うことがなかなか素直に耳に入らないのでしょう。
ただ、いよいよ言い逃れができなくなると、
「うむ、そうか。その相談か。よし、よし。しかし手加減して頼むぜ。お前に相談をかけられると決してトクしたためしがないんだから、参るよ」
と、ようやく観念するところを見ると、はじめのうちの一番最初は、作戦としてわざと聞きフリをしているのかもしれません。
「スミスさんはとっても太ったおばあちゃんなのよ。それにすごく面白い方なの」
と、郁子(いくこ)が会話のすきを狙って、再びスミスさんの話題を持ち出しました。
「郁子は、お母さんの英語を聞いたのかい?」
とお父さんは、さっそく相手になってやります。
「ううん、日本語よ。ときどき英語も使っていらしたけれど」
「お母さんがかい?」
「どちらも、よ」
「お母さんの英語よりも、西洋人の日本語のほうがずっと上手だったろう?」
「それはもちろんそうよ。ねえ、お母さん?」
「オホホ、私、英語なんかもうすっかり忘れちゃいましたわ。こんなに大勢の子供がいるんですもの」
とお母さんは、妙なところに責任を押しつけてきました。
歳を取るのも物忘れをするのも、ぜーんぶ子供たちのせいだと思っているようです。
コメント