体つきの大きさだけなら、もう完全に大人に近い発達を遂げていると言っていいでしょう。
孫がこんなふうに大きくなるにつれて、おじいちゃんやおばあちゃんが年をとっていくのは、もう仕方のないことです。
おじいちゃんは元軍人で、馬に乗って会社に出勤していたかっこいい姿を、僕はぼんやりと覚えています。
昔馬小屋があった場所には、今では立派な柿の木が植えられています。
骨格がしっかりとしたたくましい人なんだけど、子供とは反対に、年々体が小さくなっているようなのです。
「着物のほうが大きくなる」なんて話を、僕は生まれて初めて聞きました。
おじいちゃんは今日もいつものように荒川さんと碁盤を挟んで向かい合って座ると、
「いやあ、世の中には妙なことがあるものですねえ。私は年々、着物のほうが大きくなっているんですよ。この間、夏用の単衣(ひとえ)に着替えたら、袖の長さも着物の丈も、一寸(約3cm)近くも伸びていたんですから」
と、本当に感心した様子で話し始めたのです。
「それは私もまったく同じですよ。人間というのは年を取ると体が縮んでいくものですからな。こうやって顔中に皺(しわ)だらけになるのが、その何よりの証拠ですぞ」
と、荒川さんはもっともらしい納得の答えを与えました。
このおじいちゃんの友達のご隠居さんも元軍人で、おじいちゃんと同じ陸軍の少将だけど、こちらは海軍出身でした。
どちらも日清戦争と日露戦争という二つの大きな戦争をくぐり抜けてきた人たちです。
僕たちが生まれるよりもはるか昔に、戦争を二回も経験しているんだから、本当に古い時代のすごい人たちです。
「なるほど、皺だけは年々豊富になりますな!」
と、ひょうきんなおじいちゃんがカラカラと笑いました。
「いやあ、体には悪いものばかりが豊富に溜まるんですよ。私はぜんそくで痰(たん)がよく出るようになってからというもの、特に縮み方が激しいんです。去年の夏の土用干しのときに、昔の軍服を着てみたら本当に悲しくなりましたよ。ブカブカなんです」
と、荒川さんもおじいちゃんに負けじと自分の悩みを語ります。
「だけど、頭の大きさだけは痩せないみたいですねえ。帽子はいつまでたったも一向に大きくなりませんからね」
とおじいちゃんはまた面白いことを言い出しました。
頭が痩せる人なんて、世の中にいませんよね。
「頭は骨ですからね。骨は何年たっても痩せることはありませんよ。しかし、頭の中の脳みそはやっぱり縮んでいるんでしょうな。最近は物忘れが激しくてひどいものです。今日はなんと、扇子を忘れちゃいましたよ」
と、荒川さんはついでにとばかりにお手伝いさんに団扇(うちわ)を持ってきてくれるようにお願いしたのでした。「しかしあなたは、頭のほかに悪いところはないじゃないですか」
「その代わり、この通り真っ白ですよ」
「白くたって、髪の毛があったほうがいいですよ。今さら見た目どうこう言う歳でもありませんが、ツルツルに禿げていると危なくていけません。ちょっと電球を支えただけでもすぐに怪我をしてしまいます。生傷が絶えませんよ」
「あなたは早くにお禿げになりましたな。初めてお目にかかったのは聯隊長(れんたいちょう)の時代でしたが、もうその頃からほとんど残っていませんでしたな?」
「いや、あの時はまだ少しあったんですよ。禿げたのは少将になってからです」
とお祖父さんは言い張った。
いつの頃から禿げたのかは知らないが、僕はお祖父さんの若い頃の写真を見ているので、以前は髪が生えていたことだけは間違いなく保証できる。
しかし、それはよほど昔のことなのだろう。
お母さんも、髪の毛があるお祖父さんの姿なんてまったく思い出せないと言っている。
「いや、確かに禿げていましたよ。禿げているという強い印象が残っていますし、もう一つ私には引け目というか疚(やま)しいところもありますからね、今でも忘れられませんよ」
と、荒川さんはどうしても納得しなかった。
「いや、少しはあったんですよ。少将になってから完全にゼロになったんです。どうも私の髪の毛というのは、実に意地の悪い髪の毛でしてね」
「どういうわけですか?」
「私は若い頃、小松宮(こまつのみや)さまのご立派なご風貌がとても素敵だと思っていて、あてどの宮さまのように髪を綺麗に分けてみたいものだとずっと願っていたんです。
しかし、今の時代と違ってあの頃の陸軍は規律が厳格でしたからね。少尉や中尉はもちろんのこと、佐官クラスであってもみんな一分刈り(いちぶがり)でした。
将官(しょうかん)に出世しなければ、髪を分けることは許されなかったんです。
まあ、そこまで我慢しようと諦めていたんですが、出世するよりも髪の毛が抜けるほうが圧倒的に速かったんですよ。
少佐くらいの頃から禿げ始めて、大佐になった頃には、帽子をかぶったまま顔を洗えるという有様でした」
「なんですって? それは何かのおまじないですか? その、帽子をかぶったまま顔を洗うというのは」
「いや、おでこがすっかり禿げ上がってしまって、顔と頭の境界線がなくなって地続きになってしまったんです。だから帽子をかぶれば、ほら、そこで国境がはっきりとわかるというわけさ」
とお祖父さんは得意げに笑った。
「なるほど、ハッハハハハ! 私が初めておあなたにお目にかかったのは、確かにその『国境問題』の時代でしたよ」
「そうですとも。
それでも、頭のてっぺんと両脇にはまだそれなりに残っていたんですよ。どうかして髪を伸ばしさえすればなんとかなると思ってじっと待っていたら、ようやくのことで少将に昇進しました。
しかし、大佐から少将になるまでの間が長すぎましたな。
根気よく伸ばしてみようと頑張ってみたものの、数えるほどしか毛が残っていなかったので、橋を架けるような『架橋工事』の技術も役に立ちませんでしたよ。
今はもうこれが自分の運命だとすっかり諦めています。
髪の毛というのは顔の立派な装飾だと聞いていますが、私にはそれを生かす機会がこれっぽっちもありませんでしたね」
「ははあ、面白い思い出話ですな。それもすべて国家へのご奉公というものだったんでしょう」
「その通りですよ。人生の仕組みがそんなふうに出来上がっているんだから、嫌だと言ってもどうしようもありません。
髪の毛のある若い頃は分けちゃいけなくて、髪を分けていい年頃になったらもう髪の毛がない。
そう考えてみると、今の若い青年将校たちは本当にうらやましいですね。少尉や中尉でもみんな髪を分けていますからね。
もっとも、あんなふうにおしゃれをしていて、いざという戦争に勝てるのかどうかは非常に怪しいところですがね」
島「あなたはよほど髪の毛にこだわりがあるんですねえ。
しかし大内さん、あなたは髪がないことで苦労なさっていますが、私は逆に髪がありすぎて持て余してしまったくらいですよ」
「それはまた珍しい話ですな」
「この白髪頭のせいで、私は若い頃からどれほど嘘をついてきたことか知れませんよ」
「しかし、初めてお目にかかった時は真っ黒な漆黒の髪でしたぞ」
「いや、まさにそこですよ。染めていたんです。あの時はあなたも一杯食わされたわけですな」
と、荒川さんはニコニコと笑った。
「そうですか。
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