初級翻訳・親鳥子鳥 第30話

佐々木 邦

二人はすぐに引き返し、五時近くになって家に帰った。
「どうでございましたの?」
とお母さんが迎えてくれたけれど、僕は錦町へ行ったことだけは報告からこっそり省いた。
しばらくして、お父さんが帰ってきて、
「絹子さん、うちの新聞に写真を撮られちゃったね」
と夕刊の第一版をポケットから取り出した。
「歳晩の銀座」というタイトルの記事に、絹子さんと僕の写真が大きく載っていた。
「まあ!」
と絹子さんはしばらく写真から目を離さなかった。それもそのはず、すごくよく写っていたのだ。
銅版印刷にするとどうしても輪郭が崩れがちなのに、鼻筋までくっきりと非常に鮮明に写し出されていた。

佐久間先生へ

なぜだか分からないが、うちの子どもたちは、春・夏・秋はとても元気なのに、冬になると決まって体が弱くなる。
十二月から一月にかけて「みんな元気でいい調子だ」と思っていると、誰かが風邪をひく。
それが治るか治らないかのうちに、また次の風邪をもらってくる。
二月になると、子どもたちの病人が絶えない。
ひどいときには、三人や四人の子どもが枕を並べて寝込んでいることもある。
節分の時期に全員が元気に揃っていた記憶なんてないくらいだ。
実際、本当によく風邪をひく。
しかも、いざひくと念入りに高熱が出るのだ。
「うちの子どもたちは、どうしてこうも風邪ばかりひくんだろう? ほっそりの子たちはこの寒いのにみんな往来で元気に遊んでいるというのに」
とお父さんはすっかり悲観してしまう。
「よその子どもだって風邪くらいひきますよ。
丈夫な子どもだけが外で遊んでいるんですからね」
とお母さんは看病に一生懸命で、夜も満足に眠れていないのだから、その上でお父さんから文句を言われては割に合わない。
「それにしても、三人や四人もまとめてひくことはないだろうに。
本当に嫌になってしまうよ」
とお父さんは相変わらず愚痴をこぼす。
「あなたが大切にしすぎて、いつも厚着ばかりさせるから、皮膚がどんどん弱くなっちゃうんじゃありませんか」
とお母さんはお父さんの日頃の過剰な干渉を問題にする。
お父さんは自分自身が寒がりなものだから、子どもたちにもどうしても厚着を強いてしまうのだ。
「寒くなんかないはずだ」
「いいえ、寒いんです。
部屋が温かすぎる分にはいくらでも構わないんだから、とにかく何枚でも着せなさい」
「でも、そうすると体の抵抗力が弱くなってしまいますわ」
「そんなのは医者の理屈だ!
とにかく風邪さえひかせなければいいんだからね」
というような意見の食い違いは、我が家ではしょっちゅう耳にする光景だった。
子煩悩なお父さんにとって、子どもたちの病気は何よりもつらいものなのだ。
子どもが一人でも寝込もうものなら、お父さん自身の食欲まで衰えてしまうことからもそれはよく分かる。
会社からわざわざ電話をかけてきては、熱の具合をしきりに問い合せるのだった。帰宅も早くなる。
玄関へ入るとすぐに、
「どうだい? 千代子は」
と尋ねる。
順調に良くなっていることを期待しているのだから、お母さんも苦労が絶えない。
「悪いということはありませんが、まだ熱が下がりませんの」
くらいに取り繕って答える。
「そうか。
それは困ったね」
と病室の様子を見てから食卓につくが、千代子の熱が三十九度以上あるときはご飯を一杯、八度台のときは二杯、七度台に下がってようやく通常の三杯を召し上がる。
子どもが病気になると、お父さん自身も半分病人みたいなものなのだ。
それから寝るまでに、何回二階から下りてくるか分からないほどだ。
「俺は積極的に外で活動することならどんなことでも平気だが、病人の看護だけは本当に参るよ」
とすっかり白旗を上げている。
心配して騒ぐだけで実際の看病の役には全然立っていないのに、自分ではそれなりにしっかり努めているつもりらしい。
ところで、今年はやお父さんの苦労の季節がやってきた。
お正月の二日の晩に千代子が熱を出し、四日には郁子が頭痛を訴えた。
佐久間先生に診てもらったところ、普通のインフルエンザで大したことはないとのことだったが、どちらも高熱の九度以上あったのでお父さんはちっとも落ち着かない。
そこへ来て、お客さまとして来ていた絹子さんまで六日から床に伏せってしまった。
これは扁桃腺炎で、同じく九度台を突破した。
病人三人だけで済んだのは不幸中の幸いだったが、お母さん一人では手が回らず、一時は看護師さんにも来てもらってなかなかの大騒ぎになった。
僕は毎日、お薬を受け取りに行く役割を引き受けた。
受験勉強の時間が削られてしまう分を、人間観察で取り返そうと思って、診察にもできる限り立ち会うように心がけたのだ。
学校の勉強も勉強だけど、小説家の修行もまた大事な修行なのだ。
ひとくちに医者といっても、人それぞれの個性や性格があるものだろうが、この佐久間先生はなかなかにユニークで面白い人だった。
もうかなりベテランの医学士で、僕たちは赤ん坊のころからの顔見知りだ。
先生が以前陸軍にいた関係でおじいさんと親しかったので、我が家のホームドクターといえばいつも佐久間さんだった。
内科、外科、小児科とあらゆる看板を掲げているが、子どもが好きだから、いつの間にか小児科が一番の専門のようになっている。
内科のほうもそれなりにきちんと診てくれる。
ただ、外科のほうはあまり器用ではないらしく、ちょっと手荒いところがある。
「私は念のため、必ず必要以上に大きく切りますからね」
と本人が平然と言ってのける。
隠し事をしないから、かえって好感が持てる。
「腫れ物の手術なら、私にやらせると痛いですから、誰かほかの腕のいい先生を紹介してあげましょう」
と、いたって正直だ。
見ず知らずの患者以外は、あまり自分では手術をしないらしい。
こうしてすっかり打ち解けた間柄なので、診察に来るとよく色々な話で盛り上がる。
お医者さんとしての自分の信用に関わりそうなことまで、平気で面白おかしくしゃべり立てるのだ。
「うちの子どもたちはみんな丈夫なんですが、田舎の高等学校に行っている次男が、この頃痔を患いましてね」
となんだかんだいって、佐久間先生もやっぱり子煩悩らしく、息子さんたちのことがよく話題に上る。
「そうですか? それはいけませんな」
とお父さんは子どもの病気や体の不調にはとりわけ深く共鳴する。
「早く手術を受けろと言って、治療費の金まで送ってやったんですが、面倒くさがってなかなか入院しないんです。
そこで私は一つ、妙案を思いついたんですよ」
「一体どういう妙案なんですか?」
「絶対に逃げられない状況を作って、無理やり手術を受けさせる作戦です。
私は次男へ電報を打ってやったんです。
『俺が直接お前の手術をしてやる。
明日そっちへ出発する』ってね、どうですこの手は?」
「なるほど、お父さん自身が執刀するとなれば、それはもう逃げられませんな」
「いやあ、実は私は痔の手術にかけてはこれまで何度も失敗しているんです。
息子だって、親父の腕でやられたら危なっかしいと思うだろうと考えついて、一つ脅かしてやろうと思ったわけです。
すると案の定、『すぐに入院しました。

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