初級翻訳・軍用鼠 第6話

海野 十三

作家の梅野十伍は、自分のこぶしをグッとふりあげて、自分の頭をゴツーンと自分で殴りました。
彼はとても悲しそうな、真剣な顔をして、再びペンを手にとりました。
「旦那ァ。
昨日は朝っぱらから来たって怒られたから、今日はこうして午後になってやってきましたぜ」
「うむ、レッドだな。
貴様はとんでもない奴だ。
昨日、俺をだましてネズミを一匹、こっそり持ち込んだな?
俺は今朝になって、それに気づいたんだぞ!」
「エヘヘ、私めがそんな悪いことをするわけないじゃないですか。
旦那がいけないっておっしゃったから、ネズミを一匹籠から出してポケットに入れたんですからね――」「それはちゃんと自分の家まで持ってかえって放してやりましたよ。嘘はいいませんや」
「そんな口には乗らんぞ。数に入らないネズミを自分の家に放したなんて怪しいものだ」
「いえ、本当ですとも。だから今日はちゃんとこの籠の中に入れて来ました。ごらんなせえ、アレアレ、あの腹が減ったような顔つきをしているやつがそうです」
「もういい。ネズミが腹が減ったらどんな顔をするか、儂にゃ見分けがつかん。――で、籠は改造して来たろうな」
「へえ、チャンと改造して来ました。籠を置いても、その下が汚れないように、これこのとおり籠の下半分を外から厚い板でもって囲んであります。これなら籠の中でネズミがウンチやオシッコをもらしても大丈夫です」
「うむ、なるほど。これならテーブルの上も汚れずに済むというものじゃ。しかし随分と厚い板を使ったものじゃ。もったいないじゃないか。――ところで今日の数は?」
「数はやはり二十匹です。きょうはオマケなしで、正確に籠の中には二十匹います。どうかお調べになってくだせえ」
「うむ二十匹か。
――いち、に、さん、し……。
なるほど二十匹だよし、無税だ」
レッド老人は、おじぎをして、税関の小門から外へ出ていきました。
そしてラチェットのところへ行って、ネズミを二十八匹売ったのです。
籠の中にいたのは、確かに二十匹だったのに……。

これだけでは、ただ謎を出しただけです。
謎を解いていないこのお話の続きをここで終わりにせず、もし謎の解答を「懸賞」にして、一等賞の人には現金一千円、以下五等までたくさんの賞品をあげます。応募用紙は必ず本誌に挟んであるハガキを使ってくださいね、ということ役にすれば、『新探偵』という雑誌を買ってくれる人は急に二倍か三倍に増えることでしょう。
しかし『新探偵』の編集者である大空昇(おおそら のぼる)さんは編集は上手だけど商売上手ではないから、とてもそんな大金は出さないでしょう。
「懸賞」にすることはあきらめて、このお話の続き(答え)を後ろにくっつけておこう――と、作者の梅野十伍は再びペンを手に取りました。

その翌日の昼下がりのことでした。
レッド老人は、また昨日と同じようなネズミの籠を持って税関にやってきました。
「旦那、すみません。またネズミが二十匹です。どうか数えてください」
「こら、レッド、貴様はとんでもない奴だ。
昨日の夜に酒場でラチェットさんに会ったら、ちょうどいい機会だと思って、お前がネズミを何匹売りつけていったかと尋ねたんだ。
すると、今日は二十八匹だけ買いましたと言っていたぞ。
ということは、お前は昨日どこかにネズミを八匹隠していたということになる。
この俺をバカにするにもほどがあるぞ。
今日は絶対に、どこからどこまでくまなく調べ上げるまで通さんからな!」
ワイトマンは顔を真っ赤にしてレッド老人をにらみつけました。
「レッドのポケットが怪しい!」ということで、まずはポケットから調べ始めました。
それから、老人の服が上着からズボンまで一枚一枚脱がされていきました。
とうとう老人は、冷たい風が吹く中ですっぽんぽんの裸にされてしまったのです。
しかし、ネズミは一匹も出てきませんでした。
「身体の方はよし。
今度は籠の方を調べるぞ」
「もし旦那、
もう服を着てもいいでしょうかね?」
「いや、服を着ることはならん!
何をするかわかったもんじゃないから、籠の方を調べ終わるまで、そのままの格好で待っていれ。
コラコラ、服のところからもっと離れてろって!」
老人は太陽で焼けた広い背中をブルブルとふるわせながら、自分の故郷の方を向いて立っていました。
税関の役人ワイトマンは、椅子のうしろから大きな革袋を取り出しました。
それは今朝からレッドのネズミを調べるために特製で作らせたものでした。
彼はその革袋の口を開けると、金網の籠の入口にかぶせるようにぴったりと当てました。
そして籠の入口を開けると、中のネズミたちを「シッシッ!」と追い立てました。
籠の中のネズミたちはびっくりして、開いた入口からワイトマンの思い通りに革袋の中へと飛び込んでいきました。
「うむ、これで二十匹だな。あとは……待て待て!」
ワイトマンは腰をかがめて、机の大きな引き出しをガラッと開けました。
その中から、一匹のきれいなペルシャ猫「ミミー」が出てきました。
ミミーの首には緑色のリボンが結ばれていました。
そして、小さな鈴が「リンリン」と可愛らしく鳴りました。
この可愛い猫は、ワイトマンのひそかな恋人であるアンナからこっそり借りてきたものでした。
悪人を相手にする税関の仕事というのは、本当に苦労の多い商売です。
恋人ぐらい一人や二人作らせてもらわないと、大事な命がもたません。
ワイトマンは小猫のミミーを大きな手で掴んだまま、もぬけの殻になった籠のまわり――特に、厚い木が貼ってある籠の下半分に近づけました。
小猫はびっくりして苦しそうに体をクネクネと動かしました。
そのたびに、鈴が「リンリン」と良い音を鳴らしました。
するとどうでしょう、驚いたことに、突然ネズミたちのバタバタと騒ぐ音が聞こえはじめたのです。
どうやら、それは籠の底を覆っているぶ厚い木の板の中から聞こえているようでした。
そしてまもなく、籠の底から丸い木の栓が、籠の中へと「ポン!」と飛び出しました。
「おやっ」と思う間もなく、その栓の穴からひょっこりとネズミの顔がのぞきました。
ミミーが「ニャーオ」と鳴きました。それを合図にしたかのように、栓の穴から次々とネズミたちが籠の中へと飛び出してきました。
一匹、二匹、……八匹。
みんなあわせて八匹で、どれも小さな子ネズミばかりでした。
その子ネズミたちは大慌てに慌てて、ワイトマンが待ち構えていた革袋の中へと飛び込んでいきました。
これでレッドのトリックが完全に分かったと、ワイトマンは得意満面でした。
金網の外側に貼り付けた板は中が空洞になっており、網目よりも小さな穴が開けられていて、そこに木の栓が差し込んであったのです。
八匹の子ネズミたちは、ミミーの臭いに我慢できなくなって、その栓を内側から押し上げて飛び出してきたに違いありませんでした。
税関の役人ワイトマンは、レッドに対して八ルーブリのネズミの税金を言い渡しました。
レッドはしぶしぶそれを支払いながら、こう言いました。
「旦那、あんな子ネズミが八匹も籠の外側に入り込んでいたなんて、手前はちっとも知らなかったんですよ、本当ですとも……。

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