どんな考えでいるんだろう」
村人は、主人であるホールや、おかみさんのホール夫人に聞こえないところで、よくこんなふうにひそひそと話し合っていました。
ホールは、そんな村人たちのうわさ話を耳にするたび、
「おい、なんとかして、あのへんな客を追い出せないものか?」
と、顔をしかめながらホール夫人に言いました。
ホールはその客が大嫌いだったのです。
廊下でバッタリ顔をあわせたりしても、わざとよそをむいて、気に入らないという気持ちをまるわかりに態度であらわしたりしていました。
するとおかみさんは、主人が客の文句を言うたびにできるだけ冷たい態度をとって、いかにも物分かりのいい口ぶりでこう言いました。
「ただ気に入らないからって、あんなに気前よくお金を払ってくれるお客さんを追い出すバカがどこにいるもんですか。
夏になって絵描きさんたちが避暑にやってくるまでは、いくら気難しくたって、ちゃんと期日どおりにお金を払ってくれるお客さんは大切にしなくちゃねえ」
おかみさんにこう言われてしまうと、ホールはもう何も言い返せなくて、だまりこんでしまうのでした。
ところが、そんなふうに気前がいいはずの男も、四月(しがつ)に入ると、だんだんとポケットの中がさびしくなってきたようすでした。
それまでは、たとえおかみさんをちょっと困らせるようなことをしでかしたって、そのたびにさっさと余分なお金を払って、ホール夫人に小言を言わせるような隙(すき)はあたえなかったのですが、四月になってからは、目で見てわかるほどお金払いが悪くなってきたのです。
こうなると、さすがのおかみさんも、ときどき嫌な顔をするようになってきました。
その日も、ホール夫婦が遅いお昼ごはんを食べていると、例の客の部屋から、いらいらと部屋じゅうを歩きまわる足音がひびいてきて、そのうちにはげしい怒り声とともに、壁になにかをぶつけるような激しい音がきこえてきました。
「おい、また始まったじゃないか。
いまにあの部屋はめちゃめちゃになって、使い物にならなくなるぞ。
おれが言ったとおり、あんな正体のわからないやつは、さっさと追い出しておいたほうがよかったんだよ」
ホールがおかみさんにむかって言いました。
しかし、おかみさんも負けてはいません。
「うるさいねえ!
あなたって人は、なにかにつけて、つべこべとうるさいことばかり言うんだから」
おかみさんは高圧的な口調で言い返しました。
しかし、ホールも引き下がりません。
「なんだい、あんな変な客を泊めるくらいなら、いっそ本物のオバケでも泊めたほうがよっぽどましだ!
まだ夜もあけないうちから起きだして、忙しそうに動きまわるかと思うと、お昼をすぎてやっとベッドからはい出してきて、ゆっくりタバコをふかしながら、何時間ものろのろと部屋を歩きまわっている。
ときには一日中なんにもしないで、暖炉の前で居眠りばかりしているときもあるじゃないか。
ことに、このごろのいらいらした様子といったら、ただ事じゃないぞ。
とんでもない事件を起こされる前に、さっさと出ていってもらったほうが身のためだぜ」
二人の言い争いは、いつまでたっても終わりそうにありませんでした。
特に客のお金払いが悪くなってからは、よけいにホールが、おかみさんに対してしつこく嫌味(いやみ)を言い始めたのです。
大騒ぎは、黒馬旅館の中だけではありませんでした。
このごろのアイピング村では、日が暮れるとすぐに、村の人びとは家の戸口にしっかりと鍵をかけ、夜遅くまで起きている子どもたちに向かって、
「いつまでも寝ないでいると、黒馬旅館のこわい男がやってくるよ!」
とおどかすのでした。
村人たちは夕暮れ時、頭から手の先まですっぽりとぶ厚い衣類で包み込んだ不気味な格好で、人通りの少ない裏道や、木がうっそうとしげった暗くてじめじめした場所を散歩している、あの男に出くわすたびに、子どもだけでなく大人でさえも、ひやっと背中に冷たい水をぶっかけられたような、気味の悪い思いをするのでした。
怪しい客の正体
牧師の家の怪盗
四月になった、とある日のこと。とうとう、とんでもない大事件が持ちあがってしまいました。
事件というのは、村の牧師館(ぼくしかん)に、気味の悪いどろぼうが忍びこんだというのです。
夜明けも間近の、人々がぐっすり寝静まった静かな時間でした。
「おやっ?」
牧師の夫人は、そっとベッドの上で体を起こし、じっと耳をすませました。
自分がねむっている部屋のドアが、きしむ音をたてて一度ひらき、また閉まったような気がしたからです。
しかし、部屋の中には何の異変もありません。
気のせいだったかしら、と夫人がもう一度横になりかけたその時、となりの部屋から、パタパタと、はだしで歩く足音がはっきりと聞こえてきたのです。
「あなた……」
夫人はふるえながら、隣で寝ていた牧師の体をゆり起こしました。
「どろぼうよ!
ほら、足音が……ねえ、今、階段をおりていったわよ!」
牧師は、夫人が言うとおり、家の中にハッキリと足音が響いているのを耳にすると、さっとガウンをはおってスリッパを足につっこみ、あわてて部屋を飛びだしました。
下の部屋から、ゴトゴトと机のひきだしを荒々しくあける音が聞こえてきます。
「ほら聞いて!」
後を追うように出てきた夫人が、そっと牧師のひじをツンツンとつきました。
「よし……!」
牧師は大きな歩幅ですぐに寝室へとってかえすと、部屋のすみっこにおいてあった鉄の「火かき棒」をぎゅっとにぎりしめ、音をたてないように忍び足で、物音のするほうへと階段をおりていったのです。階段の中ほどまでおりたとき、
「くっしゃん!」
と、大きなくしゃみの音が、あたりのしずけさをやぶってひびいた。
びくっと、牧師はたちどまった。
それっきり音はやんだ。
牧師は、またそろそろとおりていった。
「書斎だな」
牧師は、かたくくちびるをかみしめて、机をかきまわすひくい音のきこえている書斎へ、ひと足ずつ近づいていった。
書斎のドアは、ほんのすこしひらいている。
まっさおな顔でついてきた夫人をうしろにかばいながら、牧師は、そっとのぞきこんだ。
「ちくしょうめ! どこへしまってやがるんだろう」
口ぎたなくののしる声といっしょに、ぼーっとマッチのもえる音がして、黄色なろうそくの光がゆらいだ。
「おお、ここだ! こんなところへかくしていたんだな」
どろぼうは喜びの声をあげ、金貨をちゃらちゃらとならした。
「うぬっ!」
牧師は、火かき棒をにぎりしめた。
どろぼうのやつは、とうとう牧師がだいじにためていた金貨を見つけたらしい。
「あれを盗まれてはたまるものか。
わしがながい間かかって、やっと二ポンド十シリングためたんだぞ」
もう、ためらうひまはない。
牧師は、
「このやろう!」
どなるといっしょに、ドアをけとばして、おどりこんだ。
「あっ!」
いると思ったどろぼうの姿は、どこにも見えない。
どこへもぐったというのだろう。
ただ机の上にともされたろうそくの灯が、ゆらゆらとゆれているばかりだった。
二人は、ぽかんと顔を見あわせた。
「たしかにここにいましたよ」
夫人が言った。
牧師は机の下をのぞきこんだ。
夫人はカーテンのかげをさがした。
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