生け垣は身を隠すのに都合が良いけれど、寂しさは増すばかりです。
ところが、その頃になって、もう一つ不思議なことが起こりました。
尾行者がひとり増えたのです。
ふたりの少年は少しも気づきませんでしたけど、少年たちの二十メートルほど後ろから、ひとりの紳士がやっぱりあとをつけていたのです。
紳士といっても、それはろう人形ではありません。
ろう人形がふたりになったわけではないのです。
三十五、六歳くらいで、新聞記者でもやっているような、すばしっこそうな紳士です。
この人はふたりの少年のあとをつけているのか、それとももっと先を歩いているろう人形を尾行しているのか、よくわかりませんが、少年たちのようにビクビクしていないことだけは確かでした。
その証拠に、この紳士はさっきからニヤニヤ笑いながら歩いているのです。
変な笑い方です。
なんだか薄気味の悪い笑い方でした。
やがて生け垣も途切れ、いよいよ寂しい原っぱになりました。
その辺り一面には石がゴロゴロ転がっていたり、壊れたレンガが積み重なっていたり、ゴミが山のようにつつまれていたりして、恐ろしいほど荒れ果てた場所です。
ろう人形の怪紳士は、その原っぱの中を突っ切ってまっすぐ歩いていきます。
あたりはますます薄暗くなってきました。
あまり慎重になりすぎると怪紳士を見失ってしまいそうなので、少年たちは思い切って相手の十メートルほど後ろまで近づきました。
そして、まるで地面を這うようにして進んでいきます。
新聞記者風の紳士もやっぱりニヤニヤ笑いながら、少年たちとの距離をぐっと縮めて尾行を続けています。
石やレンガがゴロゴロした原っぱを通り過ぎると、その向こうに何かギザギザした形の大きなものが黒くそびえていました。
二階建てか三階建てのレンガ造りの建物がめちゃめちゃに壊れ、その壁がギザギザのノコギリの山のようになって残っているのです。
ろう人形の怪紳士は、その壊れたレンガ造りの建物の方へ、コットリ、コットリと歩いていきました。
そこが怪紳士の隠れ家なのかもしれません。レンガの壁が三方だけ残っていて、一方は入り口のようにこわれていました。
もとは大きな部屋だったのでしょう。
怪紳士は、そのこわれた入り口のところから、スーッと消えるように、レンガの壁の中へ入っていきました。
それを見ると、少年たちは、ふるえだすほどこわくなってきました。
ふたりとも、今にも逃げだしそうなようすでしたが、木下君はグッとふみとどまって、島田君のうでをつかみました。
そして、かすかなささやき声で、
「行ってみよう。」
と言いました。
そう言われると、島田君も逃げだすわけにはいきません。
勇気をふりしぼって、
「行ってみよう。」と答えました。
奇々怪々
ふたりの少年は、よつんばいになると、石やレンガがゴロゴロした地面を、ジリジリと用心ぶかくはいすすんで、やっと怪紳士の消えた入り口のようなところにたどりつきました。
島田君は右がわ、木下君は左がわのこわれた壁ぎわに身をふせ、からだをかくして、レンガのこわれたあいだあいだから目だけをだして、建物の奥をのぞきました。
ろう人形は、十メートルほどむこうのレンガの壁の前に、こちらをむいて立ちはだかっていました。
そして、ふしぎなことに、オーバーをぬぎ、上着をぬぎ、今、白いシャツまでぬごうとしているところです。
シャツのボタンがひきちぎれるように一つ一つはずれていき、いちばん下のボタンがはずれたかと思うと、白いシャツがフワッと宙に浮いて地面におちました。
ああ、そのときのふたりの少年のおどろきは、どんなだったでしょう。
キャーッと悲鳴をあげたでしょうか。
いや、悲鳴をあげることさえできなかったのです。
ただもう、石になったようにからだがかたくなって、息もできないほどの、ふかいふかいおどろきでした。
怪紳士は化けものだったのです。
いや、化けものよりももっとおそろしいやつだったのです。
ぬぎさったシャツの下に、何があったと思います? おそろしいものがあったのでしょうか。
しかし、どれほどおそろしくても、何かがありさえすれば、こんなにもおどろきはしません。
そこには、何もなかったのです。
シャツの下は、からっぽだったのです。
怪物のろう人形のような顔は、ちゃんとあります。
帽子もまだかぶったままです。
ところが、顔の下には、首も、胸も、腹も、肩も、両手も、何もないのです。
そして、腰から下は、ズボンをはいた二本の足がちゃんと立っているのです。
顔とズボンの間に何もないことは、そこにうしろのレンガが見えているのでわかります。
からだがあれば、そのうしろのレンガの壁は見えないはずです。
ふたりの少年は、自分たちのほうが気がちがったのではないかと思いました。
夢を見ているのではないかとうたがいました。
ところが、そのつぎにはもっとおそろしいことがおこったのです。
まず、怪物のソフト帽が、目に見えない手でとりさられるように、スーッと頭をはなれて地面にほうりだされました。
それから、二本の足はもとのところに立ったまま、あのろう面のような顔だけが、七十センチも上のほうへ持ちあげられたのです。
そして、その高いところで右に左にフラフラゆれていたかと思うと、その首がポイとほうりだされたように地面にころがりました。
つまり、怪紳士は腰から下だけがのこって、上半身は何もなくなってしまったのです。
そればかりではありません。
こんどは目に見えぬ手がズボンをとりさろうとしています。
バンドがはずれました。
それから、ズボンのボタンが一つずつはずれていって、ズボンがグーッと下のほうへおしさげられ、クシャクシャになったかと思うと、すっかり足からぬげてしまいました。
そして、そのズボンの中もからっぽだったのです。
あとには二つのクツだけがのこっていました。
そのクツが動くのです。
目に見えぬ人間の足がその中に入っているように、コットリ、コットリと動くのです。
それから、二つのクツはいきなり宙にういて、きちがいおどりをはじめました。
しばらくおどっていたかと思うと、二つともポトリと地面におちて、死んだように動かなくなりました。
そして、二つのクツ下がクシャクシャになってそこへほうりだされました。
怪物はクツ下までぬいでしまったのです。
頭のてっぺんから足のつまさきまで、何も身につけない、まっぱだかになったのです。
そして、消えてしまったのです。
人間の目には少しも見えない、空気のようなものになったのです。
すると、またしてもふしぎなことがおこりました。そのへんに、ちらばっていたろう人形の首、帽子、上着、ズボン、シャツ、クツ、クツ下、竹のステッキなどが、ひとりでに、スルスルと動いて、一ヵ所にあつまり、オーバーが、それらをグルグルとまきこんでしまいました。
つまり、いっさいのものが、オーバーに包まれたのです。
その包みがスーッと、宙に浮きました。
そして、うしろのれんがのかべにそって、右手のほうへ、動いてゆきます。
そのかべのはずれに、人間ひとり通りぬけられるほどの大きな穴があいていました。
オーバーの包みは、宙に浮いたまま、その穴の中へ消えてゆきました。
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