大友君がそうして屋根の上にひらぐものようすがりついたときには、自動車はもう走り出していたのです。
自動車は交番をさけて、暗い町から暗い町へと、三十分あまりも走りました。
怪人物も運転手も、自分たちのすぐ頭の上に少年探偵団の副団長がつきまとっていようとは、すこしも気づいていない様子です。
大友君は自動車が街角をまがるたびに、いまにもふりおとされそうになりながら、やっとの思いで屋根の上にすがりついていました。
自動車がとまったのは、東京都内にはちがいないのですが、むかしの兵営のあととでもいった草ぼうぼうの広っぱでした。
見わたすかぎり人家はなく、戦災で焼けた大きなかれ木がまだニョキニョキと立っていて、遠くのにぎやかな町の空あかりの前に、そのかれ木のむれがボーッと浮きあがっています。
怪人物が自動車をおりてどこかへ歩きだしたので、見うしなってはたいへんと、大友君も屋根の上からソッとすべりおりると、地面にひれふして様子をうかがいました。
ガガガガ……とすぐ頭の上でひどい音がしたので、びっくりして見あげると、自動車が出発するところでした。
怪人の部下の運転手は、用事をすませた車をどこかの秘密のガレージへはこぶのでしょう。
見るまに自動車はやみのかなたへ消えていきました。
さあ、いよいよ最後の尾行です。
怪人のすみかはこの広っぱのどこかにあるのです。
それはいったいどんな場所でしょうか。
大友少年の身辺はますます危険になってきました。
見るとむこうに高さ十メートルもあるような、いちめんに草のはえたがけがズーッとつづいています。
怪人はそのがけに向かってすすんでいくのです。
大友君は草の上をはうようにして怪人のあとをつけました。
まっくらな広っぱですから、たとえ怪人がふりまいてもめったに見つかる心配はありません。
音さえ立てなければだいじょうぶです。
怪人はがけのま下に近づきました。
そこはひじょうに暗くて、もう姿も見わけられないほどです。
大友君は目をまんまるにひらいてじっとその暗闇を見つめました。
すると、カサカサと草のすれる音がして、それっきり怪人の姿はまったく見えなくなってしまいました。
いくら見つめてもがけの土と草のほかには何もないのです。
怪人はまたしても魔法をつかったのでしょうか。
いや、そうではありません。
そこには草でかくれた大きなほら穴があったのです。
トンネルのような横穴があったのです。
怪人はそのトンネルの中へはいっていったのです。
大友君はそれと気づくとそのトンネルの入り口にはいよって耳をすまして中のようすをうかがいました。
ゴソゴソと音がしています。
怪人はトンネルの奥深くはいっていくのです。あとになってわかったことですが、それは戦争中にほられた、横穴の防空ごうでした。
人通りのないさびしい場所なので、だれも穴をうめようとせず、そのままになっていたのです。
穴の入り口には草木がうっそうと生いしげり、いまではそこに穴があるということさえ、だれにもわかりませんでした。
大友君は、物音を立てないように、用心に用心を重ねながら、そのまっくらな横穴の中へと忍びこんでいきました。
ところが、十メートルほど進むと、道はもう行きどまりになっていて、脇道などはどこにもありません。
「おやっ、へんだな。あいつは一体どこへかくれてしまったんだろう」
しかし、あたりを見回しても、身をかくすような場所はどこにもありません。
穴はそんなに広くありませんから、もし怪人がいれば、大友君のからだにふれるはずです。
「またあいつの得意の魔法を使って、消えてしまったのかな」
ふしぎに思いながらしばらくじっと立っていると、すぐ目の前にかすかな光が見えました。
四十センチ四方ほどのまるい穴があって、そのむこう側がボンヤリとあかるくなっているのです。
「ははーん、この小さな穴のむこう側に、広い場所があるんだな。あそこに明かりがついていて、その光がここまでもれてきているんだ。ということは、あいつはまちがいなく、この小さな穴から中へはいりこんだんだぞ!」
大友君は、やっとそれに気がつきました。
たとえほかのだれかがこの横穴に入ってきたとしても、その奥に怪人のすみかがあることに気づかれないよう、あんな小さな穴が通り道になっているのでしょう。
ふだんは、その穴に内側からふたがしてあるのかもしれません。
「よしっ、この中へはいってみよう!」
大友少年は、とっさにそう決心しました。
本当のことを言えば、大友君はすこしあせりすぎていました。
怪人のすみかがどこにあるかわかったのですから、いったんここで引きかえして、小林君や中村係長に報告すればよかったのです。
そうすれば、あんなおそろしいめにはあわずにすんだはずでした。
しかし、冒険大好きの大友少年は、えものを見つけた猟犬のように、もうすっかり夢中になっていました。
しずかにあとあとのことまで考えるゆとりなんて、これっぽっちもなかったのです。
その穴は、からだを横にしなければやっと通り抜けられないほどの、とても小さな穴でした。
大友君は耳をすまして、穴のむこう側にだれもいないことを確かめてから、ソロソロと這(は)いこんでいきました。
そして、穴から首を出してあたりを見まわすと、思ったとおり、その中はひじょうに広いほら穴であることがわかりました。
ずっとむこうの方に、板のすきまのような、たてに長く光るものがあって、その光で穴の中がボンヤリと見えています。
天井は大人が立って歩けるほど高く、幅も一メートルはある、土の廊下のような場所でした。
大友君は思いきってそこへはいりこみ、立ちあがって、板のすきまのように光るもののほうへ、おずおずと歩いていきました。
そばに近づいてよく見ると、やっぱりそれは板でした。
板でできた、そまつなドアのようなものです。
その板のすきまからもれているのは、赤みを帯びた、チロチロと揺れる光でした。
むこう側にろうそくがつけてあるにちがいありません。
耳をすますと、ドアのむこうから、かすかな音が聞こえてきます。
人間が歩きまわっているような足音です。
大友君はドアの前にひざをついて、板のすきまから中をのぞいてみました。
そして、のぞいたかと思うと、なぜかギョッとしたように身ぶるいしました。
それでも、身ぶるいしながら、そこから目をはなすことができません。
まるで石の彫刻のように、長い長いあいだ、その姿勢のままで身うごきひとつしませんでした。
大友少年の冒険
それはせまい部屋でした。
正面のかべには、いちめんに黒いカーテンのようなものが下がっています。
その前に、病院にあるような白くぬった鉄製のベッドがおかれていて、その白いシーツの上に、ひとりの男がこちらをむいて腰かけています。
太い青と白のしま模様のパジャマをきた男です。
ところが、ふしぎなことに、その人間には顔がありません。
首から上には、何もないのです。
パジャマの服だけが、ただポツンと腰かけているのです。
やがて、そのパジャマが立ちあがりました。
そして二、三歩歩きました。
足にはスリッパをはいています。
しかし、手はありません。
パジャマのそでのさきには、何もないのです。
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