そして明智探偵のからだは、ふたりの透明怪人によって、自動車から、かつぎだされ、広い建物の中に、つれこまれ、長い廊下を通って、とある部屋の、大きな安楽イスの中へ、ほうりだされました。
ふたりの透明怪人は、そのまま、部屋を出ていったらしく、しばらくシーンと、しずまりかえっていましたが、やがて、何者かが、近づくけはいがしたかと思うと、目かくしの黒布が、パッと、とりのけられました。「ウフフフ……、明智君、とんだめにあったねえ。わしは、一度、きみにあいたいと思っていた。だが、こんなに早く、あえるとは、ちょっと意外だったよ」
それは、れいの怪老人でした。
まっ白なあたま、胸までたれた白ひげ、ワシのように高い鼻、するどい目、その目には話にきいた四角なふちなしメガネが、キラキラと光っています。
身にはころものようにダブダブした黒いガウンをまとし、両手をうしろにまわして、すこし前こごみに立っているすがたはいかにも、おくそこのしれない、老魔術師という感じでした。
部屋は広い洋室で、むかしはりっぱだったのでしょうが、いまは見るかげもなく、あれはてて、まるで空家のような、うすきみの悪い部屋です。
テーブルとイスのほかには、なんの道具もなく、一方のかべに、むかしふうの大きな暖炉がついているのが、ただ一つのかざりでした。
怪老人は、明智のたおれこんでいる、安楽イスの前を、いったりきたりしながら、なおもしゃべりつづけます。
「わしはうそは言わん。電話でちゃんと警告しておいた。きみはそれをバカにして、警視庁へいこうとしたので、たちまち、こんなめにあったのだ。いまこそ、わしの力がわかったじゃろう。え、明智先生、なんとか言ったらどうだね」
明智はだまって、老人をにらみつけていました。
手も足も、グルグルまきに、しばられているので、ざんねんながら、どうすることもできないのです。
なにを言われても、がまんしているほかはありません。
「明智君、きみはわしの大望を知っているじゃろう。それは人間をひとりずつ透明にしてゆくことだ。百人、千人、万人、透明人間の大集団をつくろうというのだ。まあ考えてみたまえ。まったく目に見えない人間の大集団が、日本じゅうを、いや、世界じゅうをあらしまわるのだ。天下無敵の透明軍だ。ああ、それを考えただけでも、わしはゾクゾクするほど、うれしくなる」
怪老人は熱にうかされたように、とほうもないことを、しゃべりながら、明智の前を、あるきまわるのです。
「だが、いそがねばならぬ、うっかりしていると、きみのような、じゃまものが、あらわれるからね。まだわしは、四人の透明人間を、つくったばかりだ。第一号、第二号、第三号、第四号、この第四号は、きみも知っているとおり、子どもだ。大友という、なまいきな子どもを、透明にしてやった。ところで、そのつぎの第五号はだれだと思うね。ウフフフ……、明智君、わかるかね、それは、ほかならぬ、きみじゃよ。名探偵明智小五郎が、透明人間第五号になるのだ。すきとおった名探偵どのが、できあがるのだ。そして、きみは、このわしの手下になりさがるのだ。わかったかね。いや、きみばかりではない。透明人間第六号はだれだと思うね。第七号はだれだと思うね。中村係長も、黒川記者も、きみのかわいがっている、小林少年も、わしに手むかうやつは、かたっぱしから、透明にしてやるのだ。ワハハハ……、ゆかい、ゆかい。わしの発明が、こんなゆかいなものだとは、今のいままで、気がつかなかったよ。オイ、明智先生、こわくはないかね。きみはもうすぐに、すがたがなくなってしまうのだよ。空気のように透明になってしまうのだよ。空気探偵、透明探偵、ワハハハ……、明智大先生も、こうなっては、かたなしだねえ、ワハハ……」
怪老人は、おかしくて、たまらないと言うように、きちがいめいた笑いを笑いつづけるのでした。
ああ、われらの名探偵は、ほんとうに怪老人に、まけたのでしょうか。
老人の魔手にかかって、透明にされてしまう運命なのでしょうか。
明智は、老人にいくら笑われても、へいぜんとして沈黙をまもっています。
なんだか平気すぎるようではありませんか。
いざというときになって、老人をうちまかす自信があるとでも言うのでしょうか。
われらの明智小五郎は、おくそこのしれない知恵をもっているはずです。
わたしたちの、まったく気づかない、どえらい計略があるのかもしれません。
アッと言うような、最後の切り札を用意しているのかもしれません。
赤い道化師
お話かわって、警視庁の捜査本部では、中村係長、黒川記者、小林少年などが、明智探偵がくるのを、いまかいまかと、まっていましたが、いつまでまっても、明智のすがたが、あらわれません。
どうもおかしいというので、中村係長が、明智の事務所に電話をかけてみますと、探偵は一時間もまえに、自動車で、でかけたという答えでした。
係長がそれをつたえると、黒川記者と小林少年は、思わず、顔を見あわせました。
「探偵事務所から、ここまでなら、自動車で十五分もあれば、らくにこられる。へんだなあ、ちゅうがで何かあったんじゃないかなあ、ひょっとしたら透明怪人が明智さんをどうかしたんじゃあるまいか。
黒川記者がそう言うのをきくと、小林少年は先生のことがしんぱいでもうじっとしていられなくなりました。
「ぼく、事務所へいってきます。そして、先生をおくった自動車の運転手をしらべてみます」と言って、いきなり部屋から飛びだそうとしました。
「まちたまえ。きみひとりではしんぱいだ。ぼくもゆくよ。中村さんもいっしょにゆかれてはどうでしょうか」
黒川記者が係長の顔を見ますと、係長もうなずいて立ちあがりました。
それから、中村係長、黒川記者、小林少年の三人は自動車に乗って、おなじ千代田区内になる明智探偵事務所へいそいだのですが、そのころはもうすっかり日がくれていました。
「よし、ここでとめて。ヘッド・ライトを消してしばらくまっていていたまえ」
中村係長が運転手に命じました。
事務所の前までいかないで、わざと遠くのほうで自動車をとめさせたのです。
係長はいつもそうするのがくせでした。
このやりかたでこれまでもたびたびうまい手がかりをつかんだことがあるのです。
ところどころに歯のぬけたようにあき地のあるまっくらな町を三人はくつ音をたてないようにしてしずかにあるいてゆきました。
そのときへんなことがおこったのです。
ゆくてのくらやみの中からポーッとなんだか赤いものがあらわれてきたではありませんか。
三人は思わず立ちどまってそのほうをみつめていますと、その赤いものはだんだんこちらへ近づいてきます。
近づくにつれてかたちがハッキリしてくるのですが、それははでな道化服をきたサンドイッチ・マンでした。
赤と白のだんだらぞめのダブダブの道化服、おなじだんだらぞめのとんがり帽子、顔にはまっしろにおしろいをぬって、りょうほうのほおに赤い丸がかいてあります。
胸とせなかにはどこかの商店の大きな広告板をかけています。
この人通りのないさびしい屋敷町に、しかもまっくらな夜、サンドイッチ・マンがあるいているのはじつにへんな感じです。
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