初級翻訳・遠野物語 第7話

柳田 国男

時は、遠野に南部家が入ってきたあとのことです。
それまでは、地元の人は誰も一人としてこの山に入ったことがなかったそうです。
その猟師が、半分ほど道を開いて、山のなかほど(半腹)に仮小屋を作って暮らしていたころのことです。ある日、囲炉裏の火の上にお餅をたくさん並べて、焼きながら食べていました。すると、小屋の外を通る者がいて、しきりに中をのぞきこんでいます。
よく見ると、大きな大きなお坊さんでした。
まもなく、そのお坊さんは小屋の中に入ってきて、とても珍しそうにお餅が焼ける様子を見ていましたが、ついに我慢できなくなったのか、手をグッと伸ばしてお餅を取って食べたのです。
猟師もあまりの恐ろしさに、自分からもまたお餅を取って分けてあげました。するとお坊さんは嬉しそうに、もっともっと食べました。
お餅がすっかりなくなると、お坊さんは帰っていきました。
「次の日もまた来るだろう」と思った猟師は、お餅によく似た白い石を二つ三つ、本物のお餅にまじえて囲炉裏の上に乗せておきました。すると、石は火で熱せられて真っ赤に燃え上がり、まるで本当の炭火のようになりました。
案の定、そのお坊さんは今日もやってきて、昨日と同じようにお餅を取って食べました。
お餅がなくなったあと、その白くて熱い石も、昨日と同じようにパクッと口に入れてしまったのです。しかし、さすがに大熱かったのでしょう、ものすごくびっくりして大慌てで小屋を飛び出し、そのまま姿が見えなくなってしまいました。
あとになって、谷の底でこのお坊さんが死んでいるのが見つかったということです。
○北上川の昔の大洪水の中に「白髪水(しらがみず)」という言い伝えがあり、そこでは「白髪のおばあさんをだまして、お餅にそっくりな焼き石を食べさせたときの祟りだ」と言われています。このお話と本当によく似ていますね。

二九 鶏頭山(けとうさん)は、早池峯山のすぐ目の前にそびえ立つ、とっても険しい山です。
ふもとの村の人たちからは、「前薬師(まえやくし)」とも呼ばれています。
ここには天狗が住んでいると言われており、早池峯山に登る人でも、この鶏頭山には決して足を踏み入れないことになっていました。
山口の「ハネト」という家の主人は、佐々木さんのおじいさんと子どものころからの大親友でした。
この主人はものすごい暴れん坊で、まさかりで草を刈ったり、クワの代わりに鎌で土を掘ったりと、若いころは乱暴なことばかりしていた人でした。
あるとき、人との賭けに勝つために、一人でこの前薬師に登ったのです。
帰ってきてからみんなに話したところによると、「山の一番てっぺんに大きな岩があって、その岩の上に大きなお男が三人いたんだ。そして、その人たちの目の前には、たくさんの金銀がドーンと広げられていたよ。おれが近づいていくのを見るやいなや、怒ったような顔をして振り返り、その目の光がものすごく恐ろしかったんだ。おれが『早池峯に登ろうとして道に迷ってここにきちゃったんだ』と言うと、『それならふもとまで送ってやろう』と言って先を歩いてくれた。そして、ふもとに近いところまで来たとき、『目を閉じろ』と言われて、言われた通りにしばらくそこに立っているうちに、あっという間にその不思議な人たちが見えなくなっちまったんだ」ということでした。

三〇 小国村(おぐにむら)の、ある男が、ある日早池峯に竹を切りに行きました。すると、地面に生える低い竹(地竹)がものすごくいっぱいに茂っているすきまに、大きな男が一人、すやすやと寝転がっているのを見つけました。
その男は、地竹を編んで作った、三尺(約90センチ)ほどの大きな草履(ぞうり)を脱いで置いていました。
そして、空を向いてあおむけに寝転がりながら、ものすごい大いびきをかいて寝ていたのです。
○下閉伊郡小国村大字小国でのこと。
○「地竹」とは、深い山の中に生える背の低い竹のことです。

三一 遠野の村々では、普通のお家の子どもたちが、神隠しや妖怪などの「異人(いじん)」に連れ去られてしまう事件が、毎年たくさん起きていました。
とくに、女の子が連れ去られることが多かったということです。

三二 千晩ヶ岳(ちばんがたけ)という山には、山のなかに大きな沼があります。
この谷は、見ているだけでぞっとするほど恐ろしく、生臭いにおいがプンプンとただよう場所です。そのため、この山に入っていって、無事に帰ってくる人は本当に少なかったのです。
昔、「何の隼人(なんのはやと)」という腕利きの猟師がいました。その子孫は今でも暮らしています。
あるとき、真っ白なシカを見つけて追いかけ、この谷に千晩(何度も何度も)こもり続けたので、山が「千晩ヶ岳」と呼ばれるようになったのです。
その白いシカは、猟師に撃たれて逃げ出し、次の山まで行ったところで片方の足を折ってしまいました。その山を、今でも「片羽山(かたはやま)」と呼んでいます。
さらにシカはその前の山へと逃げていき、ついに力尽きて死んでしまいました。その場所を「死助(しすけ)」と呼びます。
「死助権現(しすけごんげん)」として今でもまつられているのは、まさにこの白いシカのことだということです。
○まるで、大昔の由緒正しい「風土記(ふどき)」という歴史の本を読んでいるかのような気分になりますね。

三三 白望山(しらみやま)に行って泊まると、真夜中なのに周囲がフワッと明るくなることがよくあります。
秋のころ、キノコを採りに行って山の中に泊まった人たちは、よくこの不思議な体験をするそうです。
また、谷の向こう側から、大きな木をノコギリや斧でバタッと切り倒す音や、歌声などが聞こえてくることもあります。
この山は、広さがどれくらいあるのか測り知ることもできません。
5月にススキ(萱)を刈りにいくとき、遠くを眺めると、山全体にキリの花が満開に咲いている山が見えます。
それはまるで、美しい紫色の雲がたなびいているかのような見事な景色です。
けれども、不思議なことに、どうがんばってもその山のあたりに近づくことは決してできないのです。
また、昔こんな人がいました。キノコを採るために山に入っていった男が、白望山の奥深くで、「金のとい(水を流す樋)」と「金のしゃく」を見つけたのです。
「よし、持って帰ろう!」と思ったのですが、これがものすごく重くて持ち上がりません。そこで、鎌でその端っこを削り取ろうとしましたが、それすらもまったくできませんでした。
「また明日、仲間と一緒に取りに来よう」と思い、目印として木の皮を白く剥いで「栞(しおり)」にしておきました。
しかし次の日、村の人たちと一緒にその場所を探しに行ったのですが、どうしてもその木のある場所を見つけ出すことができず、そのまま諦めるしかなかったということです。

三四 白望山の続きの山に、「離森(はなれもり)」という場所があります。
その小さなエリア(小字)に「長者屋敷(ちょうじゃやしき)」と呼ばれる場所がありますが、ここは完全に誰も住んでいない、人の気配のない場所です。
昔、ここに行って炭を焼いている男がいました。

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