町の人々も、それがエキモスのおかげだと気づいていました。
けれど、エキモスを神さまのお使いだと信じていたので、面と向かってお礼を言うのは恐れ多いような気がして、ただ陰で感謝し、ひそひそと噂をするだけでした。
それでも、お菓子や果物などをエキモスの宿にそっと届けてくる者は後を絶ちませんでした。
いくら断っても、またそっと置いていくのです。
それには、宿の主人も一番困り果てました。
宿の中はお菓子や果物でいっぱいになってしまったのです。
仕方がないので、知り合いの家々へ配りましたが、しまいにはどこの家か構わずに、やたらに配って歩きました。
そのおかげで、またどこの家でもお菓子や果物が手に入るようになりました。
貧しい子供たちは本当に喜びました。
これまで青い顔をして家の中にばかり引きこもっていたのが、お菓子や果物をたくさん食べて元気になり、公園などへ遊びに出かけるようになったのです。
エキモスは、そんな子供たちと遊ぶのが何よりも楽しみでした。
公園の木には、たくさんの雀が止まっていました。
エキモスは子供たちと遊び疲れると、木陰で休んで銀色の葦笛を吹きます。
すると雀たちが笛の音にうっとりと聞き惚れて、エキモスの周りに舞い降りてくるのです。
あたり一面、雀でいっぱいになります。
子供たちが捕まえようとしても、雀たちは少しも逃げようとはしません。
子供たちは雀を頭や肩に乗せたり、手のひらに乗せたりして、大喜びしていました。
「もうこれでおしまい」
そう言ってエキモスが立ち上がり、笛をしまうと、雀たちも一斉に木の上へと飛んでいきました。
そんなある日、エキモスがいつものように公園で子供たちと遊んでいますと、真っ黒い服を着た一人の男が静かに近づいてきました。
体格の良い強そうな男で、目が鋭く光っていました。
男はエキモスの様子をじろじろと眺めてから、低い声で言いました。
「実は、あなたにぜひご相談したいことがあります。あちらまで来ていただけませんか」
エキモスはニコニコして言いました。
「ここで話してはいけませんか?」
「ええ、少し……秘密のことですので……」
そこでエキモスは、その男についていくことにしました。
公園の端に馬車が止まっていて、黒い服を着た大きな強そうな男たちが四人乗っていました。
エキモスは言われるままに、その馬車に乗り込みました。
馬車は一目散に走り出しました。
五
エキモスを乗せた馬車は、どこまでもどこまでも走り続けていきました。黒い服を着た強そうな五人の男たちが、エキモスをぐるりと取り囲んでいました。
ずいぶん長いこと走ったあと、馬車は大きな石の門をくぐり抜けました。
そこでエキモスは馬車から降ろされました。
今度は赤い服を着て剣を腰に下げた五人の男たちが、さきほどの黒い服の男たちと入れ替わって、エキモスを取り囲みました。
エキモスには何がなんだか分かりませんでした。
それでも、少しも怖いとは思いませんでした。
赤い服の男たちに連れられて大きな建物の中に入り、長くて広い廊下を通り抜けて、小さな中庭に出ました。
そしてそこで、砂利の上に置かれた木の腰掛けに座らされました。
やがて、正面の幕が巻き上がりました。
中庭より一段高い場所にある部屋の中に、大勢の人が控えていました。
赤い服の男の一人が、エキモスに言いました。
「王さまと大臣だ。お辞儀をしろ」
エキモスはお辞儀をして、顔を上げました。
見ると、真ん中には金の冠をかぶって紫の服を着ている人がいて、王さまに違いありません。その少し前の方には、ピカピカ光る服を着た大臣らしい人が座っていました。
そのほかの人たちは、赤や金の筋が入った服を着て、王さまの左右にずらりと並んでいました。
大臣はおごそかな声で、エキモスに尋ねました。
「お前は、何という名前だ」
「エキモスというものです」とエキモスは平気な顔で答えました。
「エキモス、お前は魔法使いだな」
「いいえ、魔法使いではありません。ただの山の羊飼いです」
「その羊飼いが、どうして公園の雀を呼び集めるのか」
「呼び集めるのではありません。雀たちが勝手に集まってくるんです」
「それでは、なんのために、貧しい人たちの町に金貨をまき散らすのか」
「みんなを喜ばせたいからです」
「その金貨は、どこから盗んできたのか」
エキモスは返事に困りました。
しかたがないので、金色の皮袋を取り出して、その不思議な力をみんなに見せてやることにしました。
銅貨や銀貨を入れると金貨に変わり、石ころを入れても金貨に変わってしまうのです。
大臣は赤い服の男たちに向かって叫びました。
「その魔法の袋を取り上げて、やつを縛り上げてしまえ!」
エキモスは皮袋を奪われ、後ろ手に縛り上げられました。
どうすることもできませんでした。
大臣は言いました。
「お前はとんでもないやつだ。魔法を使って謀反(むほん)を企てているな。だが、もう魔法の袋を取り上げたからには、どうにもできないぞ。覚悟するがいい」
エキモスはいろいろと弁解しましたが、何の役にも立ちませんでした。
大臣は、エキモスが貧しい人たちに金貨を配って働かなくさせ、公園で雀を集めてみんなのご機嫌を取り、さらには神さまのお使いなどと吹聴して謀反を企てている、と決めつけたのです。
「これから七日の間、森の中の牢に閉じ込めて、それから島流しにする」
大臣がそう王さまに申し出ると、王さまは黙ってうなずきました。
それで、すべてが決まってしまいました。
エキモスは森の中の牢屋に入れられました。
大切にしていた笛までも、牢屋で取り上げられてしまいました。
森の中に石で作られたその牢屋は、兵士たちだけが見張りをしている、恐ろしくて寂しい場所でした。
エキモスはそこへ閉じ込められ、七日たてば舟に乗せられ、川を下って海へ出て、遠く離れた人の住んでいない小さな島へ流されることになっていたのです。
けれど、エキモスはそれほど悲しみませんでした。
自分は何も悪いことをしていないからです。
今に誰かが助けに来てくれるような気がしていました。
牢屋には、小さな窓が一つだけついていました。
その窓から外をのぞくと、森の木々が見えます。
木の茂みを透かして、その向こうには野原が見えました。
エキモスは、山で羊飼いをしていたときのことを懐かしく思い出しました。
――羊たちはどうしているだろうか。
そして毎日、その窓から森の木や向こうの野原を眺めて暮らしました。
だが、野原には人の気配もありません。
誰も助けに来てくれる者はいませんでした。
三日がたち、四日がたちました。
それでも誰も来てくれません。
五日……六日……七日……。
誰も来てくれませんでした。
森の中はしんと静まり返り、森の向こうの野原にも人の姿はありません。
八日目の朝、いつも食事を運んでくれる番人が、エキモスをかわいそうに思ったのか、こう言いました。
「いよいよ今日は、島へ行く日だ。何か願いはないか」
エキモスはすぐに答えました。
「何もありませんが、せめて最後のお別れに、笛を吹かせてください」
「うむ、聞いてきてやろう」
しばらくすると、番人は白葦(しらあし)で作られた銀色の笛を持ってきてくれました。
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