一
朝早くから、子供たちはみんな政雄(まさお)の家に集まりました。
「早く行こうよ!」
待ちくたびれているところへ、政雄が出て来ました。
「さあ、行こう!」
政雄をまん中にしてみんなでまとまって出かけました。
政雄は白い塗りの舟をかついでいます。おもちゃの舟です。おもちゃといっても、長さが三メートルもある大きなもので、ぜんまいじかけの機械がついていて、ねじをまいて水に浮かべると、ひとりでに動き出すのです。東京のおじさんから送られてきたものです。
今日はみんなでその舟の進水式(しんすいしき)をしようというのです。進水式ですから、きれいな場所を選ばなければなりません。ちょうどよい所があります。村はずれの岡のふもとにある八幡(はちまん)さまのわきの池で、片方は木々がこんもりと繁(しげ)り、もう片一方は草の生えた土手になっています。その池には、ひとりでに湧き出る水がいつもきれいに澄んでいます。
政雄たちは舟をかついでそこへやって来ました。
ところが、びっくりしました。池の水がにごっているのです。
いつもはきれいに澄んで底まですっかり見通せ、フナやハヤが泳いでいるのもよく見えていました。それが今日は一面ににごって、汚くなっているのです。
どうしたのでしょう。池の中に何か変なものがいるのでしょうか。これでは真っ白な舟の進水式はできません。
「どうしよう……」
みんなで相談しました。
「僕はほかの場所で進水式をするのはいやだ」
と政雄が言いました。
それで、池の水が澄みきるまで待つことにしました。でも、一刻も早く進水式をやりたいのです。夕方来てみると、大方澄んでいたので、明日は大丈夫のようです。
翌朝、みんなはまた元気を出してやって来ました。
ところが、どうでしょう。またにごっているではありませんか。
「へんだなあ」
「どうしたんだろう」
「水鳥かなあ」
「カワウソかなあ」
よく調べてみると、土手の草があちらこちら水にぬれています。
「きっと何か怪しいものがいるんだよ」
「そうだ、つかまえてやろうよ!」
舟の進水式は二、三日延ばして、その怪しいものをつかまえることにしました。
元気な子供たちです。三人、四人ずつ固まって、薄暗い夕方やぼんやりとした夜明けに見回りましたが、見つかりません。
「きっと夜中に出るんだよ」
しかし、夜中はちょっとこわいです。どうしたらよいかとみんな考えました。
二
池の水がにごっていて白い塗りの舟の進水式ができないので、政雄たちはその日も困っていました。
その時、そこへ白髪(しらが)のご隠居(いんきょ)が通りかかりました。村の人たちから敬われている老人で、頭の毛が白く美しいので、白髪のご隠居と呼ばれているのです。
子供たちはみんなおじぎをしました。
「みんなで何をしているのかな?」
とご隠居が尋ねました。
子供たちはみんな、困っているわけを話しました。
ご隠居は池を眺めながらしばらく考えていました。そして、静かに言いました。
「池の水がにごるのは、底に泥があるからだよ。だから、水の澄むのを待つより、みんなで池をさらして、泥をかき出してきれいにしてみないかね?」
「けれども、それは八幡さまの池です。そんなことをしてよいものでしょうか」
「よいとも、きれいにするのだからね」
とご隠居は言いました。
「昔もこの池をさらしたことがあったよ。子供たちだけでは無理だろうから、大人にも手伝ってもらうんだな。わしが世話をしてあげよう」
それを聞いて、みんな、
「わあッ!」
と声をあげました。
おもしろいことになりました。大変なことになりました。八幡さまの池の水を干してさらすのです。
中にはどんな生き物がいるのでしょう。白髪のご隠居がすべての指図をしてくれます。水が自然に湧き出る池ですから、一日のうちにしてしまわなければなりません。
前の日からの用意が大変です。水がちょろちょろ流れ出しているところを大きく深く掘り開いて、池の水をできるだけ落としてしまうのです。それから後は、水車を二つ並べて水をくみ出してしまうのです。そして魚を取ったり、泥をすくい出したりするのです。
桶(おけ)やバケツがたくさんいります。取った魚を生かしておく大きい桶もいくつかいるわけです。
みんなであれこれ話し合いました。
「それから、カワウソなんかいたらどうしよう」
「みんな生け捕りにしてしまおう!」
だが、何で生け捕りにしたらいいでしょう。網なんかは食い破られるかもしれません。
みんな家に帰りましたが、いろいろなことが頭に浮かんで、なかなかゆっくり眠れなかったのでした。かわうそや、なまづや、鯉や、ふななどの夢を見ました。
翌朝、みんなまだ暗いうちに飛び起きました。
三
いよいよ池さらいが始まりました。
もう池の水は、土手を掘り開いたところから、たいてい流れ落ちてしまいました。
あとは、水車を二つしかけて、大人たちがそれを踏んで、どしどしと水をくみ出しています。
白髪のご隠居は、にこにこしながら眺めています。
子供たちは、ほかの大人たちといっしょに、待ち構えています。
水は、どんどん減っていきます。
池の底があらわれてきます。
何が出てくるでしょうか。
へんな物が、のっそりはい出すかもしれません。
だが、どうしたのでしょう。
へんな物は何も出てきません。
鯉(こい)が三、四匹、ふなや、はやが少し、なまづの小さいのが少し、それだけです。
「さっぱりしたものだなあ」
と、大人たちが言いました。
「つまんないなあ」
と、子供たちが言いました。
でも、まだ、泥の中に何がいるかわかりません。
みんなは、泥をすくい出しにかかりました。
これが大変です。
掘り起こした泥を、桶や、ざるですくって、池の外に運び出すのです。
みんな、泥だらけになって働きました。
うなぎや、どじょうが少し出てきただけです。
そして、ついに池さらいができました。
岡の方の木が並んでいる下から、水がわき出しているので、さらすのにかえって都合がよかったのです。
泥を取りのけると、あとは、きれいな砂ばかりになり、そこへ、水がちょろちょろ流れてくるので、洗ったようになりました。
一日のうちに、すっかりすみました。
土手の掘り開いたところを、また、土でうめて、踏み固めて、石をしいて、水の落とし口をつくりました。
そして、水がたまったので、取った魚をみな放してやりました。
子供たちは、おしまいまで、土手のところに残っていました。
「あぁ、くたびれた」
「つまんないなあ、何にもいないのだもの」
白髪のご隠居は言いました。
「その代り、すっかりさらえたから、もう、にごることはないよ。
明日から気持ちよく遊べるよ」
そうです。
もう気持ちの悪い池ではありませんでした。
底まですっかりきれいになった、自分たちの池です。
白い塗りの舟の進水式もしなければなりません。
わき出る水が、だんだんたまって行きます。
翌日になると、池は、いつもの通り、水がいっぱいになっていました。
そして、まあ、なんと美しいことでしょう。
水がすっかりすみきって、底までっきり見え、魚の泳いでいるのまでがよく見えます。
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