初級翻訳・雪の女王 第7話

アンデルセン ハンス・クリスチャン

きみが、カラスの言葉をわかってくれると、もっとうまく話せるんだけどなあ!」
「でもね、カラスの言葉は、あたし習わなかったのよ」と、ゲルダは言いました。
「おばあさんだったら、わかるんだけど。それに、おばあさんは、赤ちゃんの言葉だってわかるのよ。あたしも習っておけばよかったわねえ!」
「いいよ、いいよ」と、カラスは言いました。
「できるだけ、うまく話してみるよ。まずいだろうけどね」それから、カラスは、知っていることを話しはじめました。
「いま、ぼくたちのいるこの国に、ひとりの王女さまが住んでいるよ。この方は、ものすごくりこうなひとでね、世界じゅうの、ありとあらゆる新聞を読んで、しかも、それをきれいに忘れてしまうといった、ひとなんだよ。そのくらい、りこうなひとなのさ。王女さまは、さいきん、玉座についたよ。でも、玉座についたところで、ちっともおもしろいものじゃないからね。あるとき、王女さまはこんな歌を口ずさんだんだよ。それはね、『どうして、わたしは結婚してはいけないの』って歌なのさ。『そうだわ、この歌の言うことは、ほんとだわ』と、王女さまは言って、結婚しようという気になったんだよ。しかし、おむこさんにむかえようという人は、だれかに話しかけられたら、ちゃんと答えることのできる人で、ただじょうひんぶって、立っているだけの人ではいけない、というんだよ。だって、そうだろう、そんな人だと、たいくつだものね。そこで、女官たちをみんな集めて、そのことを話したのさ。その話を聞くと、女官たちは、とってもよろこんで、『けっこうなことにぞんじます』と、みんな、口をそろえて言ったものさ。『わたくしどもも、このごろ、同じことを考えておりました』ってね。――ぼくの言うことは、一つ一つがほんとうなんだよ!」と、カラスは言いました。
「じつを言うと、ぼくには、人間に飼われている、いいなずけがいてね、彼女が御殿の中を自由に歩きまわることができるもんだから、なにもかも、ぼくに話してくれたんだよ」
カラスのいいなずけが、カラスであることは、言うまでもありません。なんでも、自分の仲間をもとめるものですからね。
「そこで、さっそく、ハート形と、王女さまのお名前の頭文字とを、ふちにとった新聞が、でたってわけさ。それを読むと、姿の美しい青年なら、だれでも自由に御殿へ行って、王女さまとお話することができる、そして、だれが聞いていても、気らくに話をし、しかも、いちばんじょうずに話のできた人を、おむこさんにえらぶ、と、こう書いてあるんだよ! ――ほんとだよ、ほんとだよ!」と、カラスは言いました。
「ぼくが、ここにすわっているのと同じくらい、たしかなことなんだよ。すると、人々が、どっと押しよせてきた。まったくたいへんな人で、ごったがえすような、ありさまだったよ。ところが、さいしょの日も、つぎの日も、ひとりとして、うまくやってのける者がない。みんな、往来にいるときは、なかなかよくしゃべるのさ。ところが、御殿の門をくぐって、銀色の服を着た番兵を見たり、階段をのぼって、金ピカのお役人を見たり、キラキラした大広間へ通されたりすると、みんなすっかりぼうっとなってしまうんだよ。
こうして、いよいよ、王女さまのいる玉座の前に立つと、王女さまがさっき言ったばかりの言葉を、ただ繰り返すのが精一杯になってしまうのさ。
でも、王女さまは、自分の言った言葉を、もう一度聞き返されたいわけじゃないんだ。
そこへいくと、だれもかれもが、まるで鼻たばこを丸ごと飲み込んでしまったみたいに、ポカンと口を開けてぼんやりしてしまうんだよ! みんなは、御殿の外へ出てからはじめて、もとのようにペラペラとしゃべることができるようになるんだから、不思議なものだよね。
町の門から御殿まで、そんな人たちの列がずっと続いていたっけ。
ぼくも、そこへ行って自分の目で確かめたんだよ」と、カラスは言いました。
「みんなは、おなかもすくし、のどもかわく。
けれども、御殿の中では、なまぬるい水一杯だって、もらえないんだ。
頭のいい連中の中には、バターを塗ったパンを持っていった者もあるけれど、もちろん、となりの人に分けるなんてことはしないよ。
この連中は、心の中で、『おなかが空いてやつれた顔をしていれば、王女さまも、こんなやつを結婚相手になんか選ばないだろう』なんて考えていたのさ」
「だけど、カイちゃんは? 小さなカイちゃんは、どうだったの?」と、ゲルダは聞きました。
「いつ来たの? その大ぜいの中にいたの?」
「まあ、あわてないで。
あわてないで。
すぐその話になるから。
三日めのことだったっけ。
小さな男の子が、馬にも乗らず、馬車にも乗らないで、いかにも楽しそうに、テクテクと御殿をめざして歩いてきたんだよ。
目は、きみの目のようにキラキラとかがやいていて、髪の毛は、長くて、とてもきれいだった。
だけど、着ているものは、なんだかみすぼらしい格好だったよ」
「それが、カイちゃんだわ!」と、ゲルダは、うれしそうにさけびました。
「ああ、とうとう、見つけたわ!」こう言って、ゲルダは手をたたいて大喜びしました。
「その子は、背中に小さなランドセルをしょっていたよ」と、カラスが言いました。
「ちがうわ。
それは、きっと、そりよ」と、ゲルダは言いました。
「そりをもったまま、どこかへ行ってしまったんですもの」
「そうかもしれないね」と、カラスは言いました。
「ぼくは、遠くから見ていたから、よくわからないけれど。
だけど、御殿に飼われているぼくの婚約者の話によると、その子は、御殿の門をくぐって銀色の番兵を見ても、階段をのぼって金ピカのお役人にであっても、ちっともびくともしなかったんだって。
それどころか、その人たちにニコニコとうなずいてみせて、『階段の上に立っているのは、きっと退屈でしょうね。
ぼくは、奥へ行かせてもらいますよ』なんて言ったんだってさ。
広間には、明かりがこうこうとかがやいていて、顧問官や大臣たちが、はだしで金のうつわを持って歩いていたんだよ。
そんな光景を見たら、だれだって緊張して、おごそかな気持ちになるものさ。
すると、その子の靴が、床の上でカツカツとものすごく高く鳴り響いたんだよ。
でも、その子は、ちっとも怖がらなかったんだってさ」
「絶対カイちゃんにちがいないわ」と、ゲルダは言いました。
「カイちゃんには、あたらしい靴があるんですもの。
おばあさんのお部屋で、キュッ、キュッ、鳴っていたのよ」
「そう、キュッ、キュッ、鳴ったんだってさ」と、カラスは言いました。
「それから、元気よく王女さまの前へ進んでいったんだよ。
王女さまは、つむぎ車ぐらいもある大きなしんじゅの上に腰かけていてね、そのまわりには、女官たちと貴族たちがひかえていたんだけど、その人たちばかりじゃなく、女官たちの小間使い、またその小間使いの小間使い、そして貴族たちの侍僕、またその侍僕たちが、ずらっと並んでいたんだよ。
そして、その侍僕が、また小姓を連れていたのさ。
おまけに、入り口の近くに立っている者ほど、いばりくさったような顔をしていたんだよ。

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