窓はたたき割られ、戸はひっぺがされて、床の上には血が流れていたんだ! ――だがね、あんたは『わたしの孫は、フランスの玉座の上で死んだ』と、言おうと思えば言えるんだよ!」
「死んだ!」とお婆さんはくりかえしました。
――それからは、一言も話さなかったような気がします。
ふたりは、まもなくその広間を出て行きました。
夕暮れの薄明かりが消え失せました。
そのためわたしの光は、二倍に明るくなって、フランスの玉座のまわりの立派なビロードの上を照らしました。
きみは、そのお婆さんがだれだったと思いますか?――
わたしはきみに一つの物語をしてあげましょう。
それは七月革命のときのこと、あの世にも輝かしい勝利の日の夕暮れだったのです。
一軒一軒の家が城砦となり、一つ一つの窓が堡塁となっていました。
民衆はチュイルリー宮へ向かって突進しました。
女や子供たちまでも、戦う人々の中にまじっていました。
人々は宮殿の部屋や広間の中に押し入って行きました。
ぼろを着た貧しい小さな男の子がひとり、年上の人たちのあいだで勇敢に戦っていました。
しかしそのうちに、あちこちを銃剣でつかれて致命傷を受け、とうとう床の上に倒れました。
それは玉座の間での出来事でした。
人々は血まみれの男の子をフランスの玉座の上に横たえて、傷のまわりにビロードを巻きつけました。
血潮は王のまっかなじゅうたんの上に流れました。
そのありさまは、まるで一枚の絵のようでした! 華麗な広間、戦っている人々の群れ!
引き裂かれた旗は床の上に落ちていました。
三色旗は銃剣の先でひらめいていました。
そして玉座の上には、青ざめて聖らかな顔をした貧しい男の子が、眼を天へ向けて横たわっていました。
手足は死との戦いのために、もうぐったりとしていました。
あらわな胸、みすぼらしい着物、そしてその上を半ばおおっている、銀のユリの花のついた、立派なビロードのひだ。
この子がまだゆりかごの中にいたころ、そのそばで「この子はフランスの玉座の上で死ぬだろう!」という予言がなされていたのです。
母親の心は、新しいナポレオンを夢見ていたのでした。
わたしの光は、その子のお墓の上の不滅花の花輪にキスをしたものです。
そして今夜は、年とったお婆さんのひたいにキスをしました。
そのときお婆さんは、きみが絵にすることのできる『フランスの玉座の上の貧しい男の子』の絵を、夢に見ていたのです。
第六夜
「わたしはウプサラにいました」と、月が言いました。
「わたしは作物の育たない畑と、わずかしか草の生えていない大きな平野を見おろしました。
わたしはフュリス河に自分の姿を映しました。
ちょうどそのとき、蒸気船にびっくりした魚が、葦のあいだに逃げこみました。
わたしの下の方を雲が走っていましたが、長い影をオーディンの墓、トールの墓、フレイヤの墓と人々が呼んでいる小高い丘の上に投げていきました。
これらの丘の上をおおっている薄い芝生の中には、人々の名前が切りこまれていました。
ここには旅行者たちが自分の名前を刻みつけることのできるような記念石もなければ、どこかに自分の姿を描かせることのできるような岩壁もありません。
ですから、ここを訪れる人々は芝生を刈り取らせました。
地肌が見える地面に、大きな文字や名前となって現れているのです。
そしてそういう文字や名前が、大きな丘の上に張られた一つの網のようになっているのです。
いわば一種の不滅ですね。もっとも、それをまた新しい芝生がおおってしまうのですが。
そこに、ひとりの男が立っていました。歌い手でした。
男はひろい銀の輪のついた蜜酒のさかずきを飲みほして、一つの名前をつぶやきました。
そして風に向かって、その名前をだれにももらさないようにと頼みました。
ところが、わたしは聞いてしまったのです。
わたしはその名前を知っていました。
その名前の上には、伯爵の冠がきらめいています。
だからこの男は、その名前を大声で言わなかったのです。
わたしはほほえみました。
この男の上には、詩人の冠がきらめいているではありませんか! エレオノーラ・デステの高貴さはタッソーの名前と結びついています。
それからまたわたしは知っています、どこに美のバラが咲くかということを――!」
月がこう言ったとき、一片の雲が通りすぎました。
――詩人とバラのあいだには、どんな雲も割りこまないでいてもらいたいものです。
第七夜
「波打ちぎわにそって、カシワの木とブナの木の森がひろがっています。
そこはいかにもすがすがしい森で、よい香りがただよっています。
春になると、幾百ともしれないナイチンゲールが訪れてきます。この森のすぐ近くには海があります。永遠に姿を変えつづける海です。そしてこの森と海とのあいだを、広い国道が通っています。
馬車がつぎからつぎへと走っていきます。けれどもわたしは、その後を追いかけたりはしません。わたしの眼は、いつも一つの点にとまるのです。そこには大きな塚があります。キイチゴの蔓とリンボクが、石のあいだからぐんとのびています。ここにこそ、自然の中の詩があるのです。
きみは、人々がこの場所をどんなふうに考えていると思いますか? そうですね、わたしがそこで、昨日の夕方から夜にかけて耳にしたことだけを話してあげましょう。
最初に、金持ちの農夫がふたり、馬車に乗ってやってきました。
「そこらにあるのは、たいした木じゃないか!」と、ひとりが言いました。
「一本あたり、十駄のまきはとれるよ!」と、もうひとりが答えました。
「この冬もきびしい寒さになるぜ。去年は一坪あたり十四ターレルで売ったっけな!」
こう言って、ふたりは通りすぎて行きました。
「ここは道が悪いなあ!」と、別の馬車で来た人が言いました。
「そりゃあ、あのいまいましい木のためさ!」と、連れの者が答えました。
「なにしろここは、海のほうからしか風が吹いてこないんだからね!」
こう言いながら、このふたりも通りすぎて行きました。
駅馬車も通りかかりました。こんなにすばらしい景色の場所へ来ても、乗客たちはみんな眠っていました。御者はラッパを吹きならしました。そして心の中では、「おれの吹き方はうまいもんだ。それに、ここへ来るとほんとうにいい音がでる。だが、みんなはどう思っているかな?」と、そんなことばかりを考えていました。こうして、駅馬車も行ってしまいました。
こんどは、ふたりの若者が馬をとばしてやってきました。この血の中には青春とシャンパンの泡が混じっているな、とわたしは思いました。このふたりも、口もとに微笑をうかべながら、苔のむした丘と薄暗い茂みのほうをながめました。
「水車屋のクリスチーネといっしょに、ここを散歩したいなあ!」と、ひとりが言いました。
それから、ふたりは駆け去りました。
あたりの花は、たいへん強くにおいました。そよ風は静かにまどろんでいました。海はまるで、深い谷の上にひろがっている空の一部になったかのようでした。
また一台の馬車が通りすぎました。中には六人の客が乗っていました。そのうち四人は眠っていました。五人目の男は、自分によく似合うはずの、新しい夏服のことを考えていました。
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