裏門から来る郵便配達の時間は決まっているので、いつも池のふちでいろいろな手紙を読みました。
音楽会の噂だとか、映画の批評だとか、スキー場の便りだとか。本当なら羨ましくなるところなのに、どういうわけかこの頃は、そんな華やかな話に触れても心が動かないのが、我ながら不思議でなりませんでした。
三
ひととおり朝の仕事が終わったので、さてT様へ手紙を書こうと思って井戸端で手を洗っていると、
「おい、満里子!」
池の向こう側から、また叔父様の号令です。
とても生優しい声では届かない距離なので、いつも私は本当の兵隊さんのように立ち上がって、声を限りに「はあい!」と返事をしなければなりませんでした。
おそらく一日のうちに十何回もこの返事をさせられるせいで、最近では自分の声がひどく高く、張り切ったものになっていることに自分でも感心するくらいです。
「およそ三百メートル、北方の上空に敵機襲来! 戦闘用意!」
「はあい!」
取るものもとりあえず、私は納屋に駆け込むと二十年式のライフルを抱え出して、池を半周します。
鯉を狙う大鳶(おおとび)が両翼を傾けて、池の上空に巨大な楕円形を描いています。
私たちは桑の木の陰に身を潜めて、ゆっくりと下降してくる敵機の姿に目を凝らしていると、やがて「二百メートル!」と命令が下ります。
私は厳めしい顔で照準を合わせて、ピシッと空に身構えます。
続いて、
「ねらえ!」……「撃て!」
の号令で、爆音一発、火蓋を切って朝霧の中にドーンと鳴り響きます。
たちまち敵は翼を翻して、川向こうの森へと逃げていきます。
空砲なのです。
いつの間にか敵もそれを分かっているようで、追い払っても追い払っても、少なくとも一日に三、四回は襲来するので油断がなりません。
それがまた、発砲係りは私の役目と決められているので、いつどこでどんな仕事をしていても、あの非常召集のために絶えず耳をそばだてていなければなりませんでした。
さて、また夕闇のカーテンが池のほとりを囲み始める頃合いになると、私は鵞鳥の群れを小屋へ追い込んだ後に、夜の闇が水面にかかって池の場所が分かりにくくなるまでの約三十分間、鳥小屋の扉の陰にコウモリのように身を潜めながら、イタチの襲来に備えて警備の構えを保たなければなりませんでした。
私は右手には空砲を装填した大型のブローニングを、そして左手には五十燭光の懐中電灯を持って、まるで西部劇の二挺拳銃の悪漢のように身構えたまま、じっと池の上を凝視して息を殺していたのです。水の上に不自然な物音がすると、電灯のスイッチを入れ、光を透かして拳銃の引き金を引くのです。何よりもこの仕事が辛くて、もともと臆病な私は、寒さのせいではなく、そうしている間中ずっと震えが止まらず、生きている心地さえ忘れてしまうほどでした。しかし最近ではそれもすっかり慣れてしまい、「黄昏時の間者(スパイ)」の姿が現れて、景気のいい六連発の音を響かせないと、かえって物足りないくらいになりました。
イタチは黄昏時だけなのでまだいいのですが、やがて大寒の頃になると、林の裏山から夜の闇に乗じて野生のキツネが襲来するそうです。そうなれば、さすがの私でも手に負えないでしょう。
ともかく、手紙の返事を書く余裕なんてありはしません。
それはなぜか、T様へ書く手紙だけは誰にも見つからない時に書きたいと思うせいか、一層難しいのです。
四
武田さんがひどい神経衰弱にかかって、見ているのが痛々しいほど日増しに青ざめていきます。もともと彼と「神経衰弱」なんて言葉は結びつかないほど元気な人だったのに、一日中部屋に引きこもったままで、たまに訪ねてきてもため息ばかり吐いています。あの赤鬼のような武田さんが青鬼になって顔をしかめてばかりいるかと思っているうちに、とうとう熱まで出してしまいました……。
「俺はどうも、ただの神経衰弱とは様子が違うような気がしたから――」
兄様からの手紙は、私の胸を激しく震わせました。
私は鵞鳥を池の上へ追い払うと、朝日がまともに当たっている鳥小屋の扉に寄りかかって、夢中で読み続けました。
「尋ねてみたんだ。君はよほど思い悩んでいるらしいぞ、何かに向かって――と。」
私は、この次の文章を書き写すことが、どうしても手が震えてできないので飛ばしてしまいますが、
「満里子の馬鹿!」
と兄様の手紙は結んでありました。
「お前は武田が二十通も手紙を出したのに、ハガキ一枚も出さないというじゃないか。嫌いなら、嫌いとはっきり言ってやれよ。」
「違う! 違う! 違う!」
私は思わず声を上げて叫んでしまいました。
すると鵞鳥たちが、自分たちが呼ばれたのだと勘違いして、私の足元に群がってきました。
鵞鳥たちは私の声を、餌をまく時の「トウ、トウ、トウ!」という呼び声と間違えて、私のまわりで首を伸ばして餌をねだりました。
私は思わず癇癪(かんしゃく)を起こして、
「違うわよ、馬鹿ッ!」
と叫び、長靴の底で霜柱の立った地面を力一杯蹴りました。
愚かな鵞鳥たちは、突然のことに仰天すると、水の上へ雪崩を打つように飛び込みました。
そして、悲しそうに「ギヤー、ギヤー」と私を見上げて鳴きわめきました。
「書こう――ただ一枚のハガキに、『違う! 違う! 違う!』とだけ、お父様が叔父様へ出した手紙の字のように大きく怒った筆跡で――兄様へ書こう。」
私がそう気づいたと同時に、怒りでいっぱいになって、思わず足をバタバタと鵞鳥のように鳴らしながら池のふちを駆け出した時、私はまたしても呼び止められ、立ち往生してしまいました。
「おい、満里子!」
池の向こう側の柿の木の下から、叔父様が声を張り上げました。
「森の上、五百メートル上空に敵機襲来だぞ!」
「はあい!」
「戦闘用意!」
私は踵(かかと)を返して、納屋へと走りました。
――ライフルを構えて柿の木に背を預けました。
「三百メートル!」……「ねらえ!」……「撃て!」……。
……私は引き金を引きました。
二度引きました! そして三度引いた時、弾薬を込めるのを忘れていたことに気づきました。
「撃てッ!」……「撃てッ!」
叔父様の声は、三度目にさらに追いかぶさるように「撃てッ!」と破裂しましたが、その声だけが発砲の代わりになっていました。
それでも私は慌てて空砲を詰めると、遅ればせながら花々しい音を響かせて引き金を引きました。
「おいおい、どこを狙っているんだ。敵はもう北方の森の上に退却して、錐(きり)もみ状態で姿を消そうとしているのに、お前の銃先は頭上の柿を狙っているじゃないか。やめろ、無駄な威嚇は控えるんだ。」
「…………」
「撃つのをやめろ。」
私は夢中で引き金を撃ち続けていたのです。
私のいない時は、叔父様は敵を怯えさせるのに声だけを使っていたのだと説明しながら、
「お前もそれだけの声の自信があるなら、鉄砲はもう使わなくても差し支えないぞ。」
どうだ、試してみないか! と言いました。
「閣下、承知いたしました。」
私はなんだか急に泣き出したくなって、慌ててそう答えることでごまかしました。
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