初級翻訳・銀河鉄道の夜 第15話

宮沢 賢治

そしてその見えない天の川の水をわたって、一人の神々しい白い服の人が、手を伸ばしてこちらへ来るのを二人は見ました。
けれどもその時はもうガラスの呼子が鳴らされ、汽車は動き出しました。そう思ううちに、銀色の霧が川下の方からスーッと流れてきて、もう向こう側は何も見えなくなりました。ただ、たくさんのクルミの木が葉をさんさんと光らせてその霧の中に立ち、黄金の輪っか(光背)を持った電気リスが、可愛い顔をその中からチラチラのぞかせているだけでした。

その時、スーッと霧が晴れかかりました。どこかへ行く街道らしい、小さな電灯が一列に並んだ通りがありました。それはしばらく線路に沿って進んでいました。そして二人がその明かりの前を通っていくときは、その小さな豆色の火は、まるで挨拶でもするようにパッと消え、二人が通り過ぎるとまた点くのでした。
振り返ってみると、さっきの十字架はすっかり小さくなってしまい、本当にもう、そのまま胸に吊るせそうなくらいでした。さっきの女の子や青年たちがその前の白い岸辺にまだひざまずいているのか、それともどこか方角もわからない天上へ行ったのか、ぼんやりしていて見分けがつきませんでした。

ジョバンニは、ああ、と深く息を吐きました。
「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ。どこまでも、どこまでも一緒に行こう。僕はもう、あのサソリのように、本当にみんなの幸せのためなら、僕の体なんて百回焼かれてもかまわない」
「うん。僕だってそうだよ」
カムパネルラの目には、きれいな涙が浮かんでいました。
「けれども、本当の幸せって一体なんだろう」
ジョバンニが言いました。
「僕、わからない」
カムパネルラがぼんやりと言いました。
「僕たち、しっかりやろうねえ」
ジョバンニが、胸いっぱいに新しい力が湧いてくるようにフウと息をしながら言いました。
「あ、あそこ、石炭袋だよ。空の穴だよ」
カムパネルラが、少しそこを避けるようにしながら天の川の一箇所を指さしました。ジョバンニはそこを見て、心臓が止まるほどびっくりしてしまいました。天の川のどこか一箇所に、大きな真っ暗な穴が、ドボンと口を開けていました。
その底がどれほど深いのか、その奥に何があるのか。いくら目をこすってのぞき込んでも何も見えず、ただ目だけがジンジンと痛くなるばかりでした。
ジョバンニは言いました。
「ぼく、もうあんな大きな闇の中だって怖くないよ。きっとみんなの本当の幸せを探しに行くんだ。どこまでも、どこまでも僕たち一緒に進んでいこう」
「ああ、きっと行けるよ」
カムパネルラは突然、窓の向こうに見えるきれいな野原を指さして叫びました。
「ああ、あの野原はなんてきれいなんだろう。みんなが集まっているよ。あそこが本当の天国なんだ。あっ、あそこにいるのは僕のお母さんだ!」
ジョバンニもそちらを見ましたが、そこはぼんやりと白く煙っているだけで、どうしてもカムパネルラが言ったようには思えませんでした。
なんともいえない寂しい気持ちになって、ぼんやりとそこを見つめていたら、向こうの川岸に二本の電信柱が、まるで両側から腕を組んでいるかのように、赤い腕木を交差させて立っていました。
「カムパネルラ、ぼくたち一緒に行こうね」
ジョバンニがそう言いながら振り返ってみると、今までカムパネルラが座っていた席には、もうカムパネルラの姿はなく、黒いビロードの椅子が光っているだけでした。
ジョバンニはまるで鉄砲の弾のように飛び上がりました。
そして窓の外へ体を乗り出し、力いっぱい激しく胸を叩いて叫び、それからもう喉が裂けそうなほど泣き出しました。
もうあたりが、一瞬で真っ暗になってしまったかのように思いました。
その時、
「お前は一体、何を泣いているんだい。ちょっとこっちをごらん」
今まで何度も聞こえた、あの優しいチェロのような声が、ジョバンニの後ろから聞こえてきました。
ジョバンニはハッとして涙を拭い、そちらを振り返りました。
さっきまでカムパネルラが座っていた席に、大きな黒い帽子をかぶった、青白い顔の痩せた大人が、優しく笑いながら大きな一冊の本を持って座っていました。
「お前の友達がどこかへ行ったんだろう。あの人はね、本当に今夜、遠くへ行ったんだ。お前はもうカムパネルラを探しても無駄だよ」
「ああ、どうしてなんですか! ぼくはカムパネルラと一緒にまっすぐに行こうと言ったんです」
「ああ、そうだな。みんながそう考える。けれども、一緒には行けないんだ。そしてね、みんながカムパネルラなんだよ。お前が出会うどんな人も、みんな何度も、お前と一緒にリンゴを食べたり、汽車に乗ったりしてきたんだ。だから、お前はさっき考えたように、あらゆる人たちのいちばんの幸せを探して、みんなと一緒に早くそこへ行くがいい。そこで初めて、お前は本当にカムパネルラといつまでも一緒にいられるのだから」
「ああ、ぼくはきっとそうします。ぼくはどうしてそれを見つけたらいいんでしょうか」
「ああ、わたくしもそれを探しているところだ。お前はお前の切符をしっかり持っておいで。そして、一生懸命に勉強しなければいけない。お前は化学を習っただろう。水は酸素と水素からできているということを知っているね。今では誰だってそれを疑わない。実験してみると本当にそうだからだ。けれども昔は、それを水銀と塩からできていると言ったり、水銀と硫黄からできていると言ったりして、いろいろ議論したものだ。みんながそれぞれ、自分の神様こそが本当の神様だと言うだろう。けれども、お互いに他の神様を信じる人たちのしたことにも、涙を流すことがあるだろう。それから、ぼくたちの心が良いとか悪いとか議論するだろう。そして結局、勝負はつかない。けれどももし、お前が本当に勉強して、実験でちゃんと『本当の考え』と『嘘の考え』を分けてしまえば、その実験の方法さえ決まれば、もう信仰だって化学と同じようになるんだ。けれども、ね、ちょっとこの本をごらん。いいかい、これは地理と歴史の辞典だよ。この本のこのページはね、紀元前二千二百年の地理と歴史が書いてある。よく見てごらん。これは『紀元前二千二百年のことそのもの』が書いてあるんじゃない。紀元前二千二百年のころに、みんなが考えていた『地理と歴史』というものが書いてあるんだ。だからこのページ一つが、一冊の歴史の本にあたるんだよ。いいかい、そしてこの中に書いてあることは、紀元前二千二百年ごろには、たいてい本当だった。探せば証拠も次々と出てくる。けれども、それが『少しどうかな』と疑い出してみるとどうだ、ほら、それは次のページだよ。紀元前一千年。だいぶ地理も歴史も変わっているだろう。この時にはこうなのだ。変な顔をしてはいけないよ。ぼくたちは、ぼくたちの体だって、考えだって、天の川だって、汽車だって、歴史だって、ただそう感じているだけなんだから。さあ、ごらん。ぼくと一緒に、少し心を静かにしてみよう。いいかい。」その人は指を一本だけすっと上げると、静かに下ろしました。

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