「ガタンコガタンコ、シュウフッフッ、
さそりの赤い目が 見えたころ、
四時から今朝も やって来た。
遠野の盆地は まっくらで、
つめたい水の 音ばかり。
ガタンコガタンコ、シュウフッフッ、
凍った砂利に 湯気を吐き、
火花を闇に まき散らして、
蛇紋岩(じゃもんがん)の 崖を越え、
やっと東が 燃えだした。
ガタンコガタンコ、シュウフッフッ、
鳥が鳴きだし 木は光り、
青々川は 流れたが、
丘も谷間も 一面に、
まぶしい霜を 載せていた。
ガタンコガタンコ、シュウフッフッ、
やっぱり走ると あったかい、
僕はほうほう 汗が出る。
もう七、八里(り)も 走りたいな、
今日も一日 霜曇り。
ガタンガタン、ギー、シュウシュウ」
小さな軽便鉄道の一番列車が、少しあわてた様子で、こんなふうに歌いながらやって来て止まりました。
機関車の下からは、力のない湯気が逃げ出していき、細長いおかしな形の煙突からは、青い煙がほんの少しだけ立ち上りました。
すると、線路沿いの電信柱たちが、ようやく安心したようにぶんぶんと唸り、信号機の柱がカタンと白い腕を上げました。
このまっすぐな信号機の柱は、シグナレスといいます。
シグナレスはホッと小さなため息をついて、空を見上げました。
空にはうすい雲が縞(しま)模様になっていっぱいに広がり、冷たい白い光を凍った地面に降らせながら、静かに東へと流れていました。
シグナレスはじっとその雲の行く先を見つめました。
それから、やさしい腕を思い切りそっちの方へ伸ばしながら、ほんの小さな声でつぶやきました。
「今朝は、伯母さんたちもきっとこっちの方を見ていらっしゃるわ」
シグナレスはいつまでも、ずっとその方向に気をとられていました。
「カタン」
うしろの静かな空から、いきなり音がしたので、シグナレスはあわててそちらを振り返りました。
積み上げられた黒い枕木の向こうで、あの立派な本線の信号柱が、はるか南から輝く白い煙を上げてやって来る列車を迎えるために、上の硬い腕を下げたところでした。
「お早う。今朝は暖かですね」
本線の信号柱は、兵隊さんのようにキチンと立ちながら、ひどくまじめくさってあいさつをしました。
「お早うございます」
シグナレスは恥ずかしそうに目を伏せて、声を落として答えました。
「若さま、いけませんよ。これからはあんなものに、やたらに声をかけてはいけません」
本線の信号柱に夜の電気を送っている太い電信柱が、いかにももったいぶった様子で言いました。
本線の信号柱はバツが悪そうに、もじもじして黙り込んでしまいました。
気の弱いシグナレスは、もうこのまま消えてしまうか、どこかへ飛んでいってしまいたいような気持ちでした。
それでもどうすることもできず、やっぱりじっと立っていました。
空の雲の縞模様が、薄い琥珀(こはく)の板のようにうるんで、かすかな日光が降ってきました。すると、本線信号柱のそばの電信柱はうれしくなって、向こうの野原を行く小さな荷馬車を見ながら、調子はずれの低い声で歌い出しました。
「ゴゴン、ゴーゴー、
うすい雲から
お酒が降りだす、
お酒の中から
霜が流れる。
ゴゴン、ゴーゴー、
ゴゴン、ゴーゴー、
霜がとければ、
土はまっくろ。
馬は足をとられ、
人もぺちゃぺちゃ。
ゴゴン、ゴーゴー」
それからもっともっと続けて、わけのわからないことを歌いました。
その間に、本線の信号柱がそっと西風に頼んで、こんなことを言いました。
「どうか気にしないでください。こいつはもう、まるで野蛮なんです。礼儀も何も知らないんですよ。実際、私はいつも困っているんです」
軽便鉄道のシグナレスは、ひどくドキドキしながらうつむいて、小さく「あら、そんなことはございませんわ」と言いましたが、風下だったので本線の信号柱には声が届きませんでした。
「許してくださるのですか。本当のことを言えば、僕なんてあなたに怒られたら、生きている甲斐(かい)もないのですからね」
「あらあら、そんな……」
木でできた軽便鉄道のシグナレスは、困ったというように肩をすぼめましたが、実はその少しうつむいた顔は、うれしさでポッと白く輝いていました。
「シグナレスさん、どうかまじめに聞いてください。僕、あなたのためなら、次の十時の汽車が来る時、腕を下げないでじっと頑張り通して見せますよ」
わずかにヒュウヒュウと吹いていた風が、そのときピタリとやみました。
「あら、そんなこといけませんわ」
「もちろん、いけませんよ。汽車が来る時に腕を下げないで頑張るなんて、そんなこと、あなたのためにも僕のためにもならないから、僕はやりはしません。けれども、そんなことだってしようという気持ちなんです」「僕にとって、あなた以上に大切なものはこの世界にはありません。どうか僕を愛してください」
シグナレスは、じっと下の方を見つめたまま、黙って立っていました。
本線の信号機のそばにいる背の低い電信柱は、まだでたらめな歌を続けています。
「ゴゴンゴーゴー、
山の岩屋で、
熊が火をたき、
あまり煙くて、
ほらを逃げ出す。
ゴゴンゴー、
田螺(たにし)はのろのろ。
うう、田螺はのろのろ。
田螺の帽子は、
羅紗(らしゃ)の上等、ゴゴンゴーゴー」
本線の信号機はせっかちだったので、シグナレスから返事がないことに、まるであわてふためいてしまいました。
「シグナレスさん、あなたはお返事をしてくれないのですか。ああ、僕はもうまるで暗闇の中にいるようだ。目の前が真っ黒な淵(ふち)のようだ。ああ、雷が落ちてきて、一気に僕の体を砕いてくれ。足元から噴火が起こって、僕を空の彼方へ放り投げてくれ。もう何もかもおしまいだ。雷よ、落ちてきて僕の体を砕いてくれ。足元が……」
「いやいや若さま、雷がやって来たときは、この私めが身代わりとなって災いを受けますゆえ。どうかご安心ください」
信号機のそばの電信柱が、いつの間にかでたらめな歌をやめて、頭の上の針金の槍をピンと立てながら、目をパチパチさせていました。
「えいっ。お前なんか何を言っているんだ。僕はそれどころじゃないんだ」
「それはまた、どうしたことでございますか。少しの間、この私にでもお聞かせ願えませんでしょうか」
「いいよ、お前は黙っていなさい」
信号機は高く叫びました。
しかし、信号機もそれ以上は黙り込んでしまいました。雲がだんだん薄くなって、柔らかな陽の光が差し込んできました。
五日の月が、西の山並みの上にかかる黒い横雲からもう一度顔を出して、山に沈む前のほんの少しの間、鈍い鉛のような光でそこら中を照らしました。冬枯れの木々も、積み上げられた黒い枕木も、そして電信柱までもがみんな眠ってしまいました。遠くのほうで、風の音か水の音がゴウと鳴っているだけです。
「ああ、僕はもう生きている甲斐もない。汽車が来るたびに腕を下げたり、青い眼鏡をかけたりして、一体なんのためにこんなことをするんだ。もう何もかも面白くない。ああ、死んでしまいたい。けれども、どうやって死んだらいいんだろう。
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