初級翻訳・おじいさんのランプ 第4話

おじいさんのランプ

電灯がつくようになれば、村の人たちはみんなランプを、あの甘酒屋さんのように壁の隅に吊るすか、倉の二階にでもしまい込んでしまうでしょう。
ランプ屋の商売は必要なくなってしまうでしょう。
しかし、ランプでさえ村へ広まるまでにはかなり苦労したのだから、電灯となれば村の人たちも怖がって、なかなか受け入れないだろうと、巳之助は一方で安心もしていました。
ところが間もなく、「今度の村の集まりで、村に電灯を引くかどうかを決めるらしいぞ」という噂を聞いたとき、巳之助は頭をガツンと殴られたような衝撃を受けました。
「強敵がいよいよやってくる」と、巳之助は思いました。
そこで巳之助は、黙ってはいられませんでした。
村の人々の間に、電灯反対の意見を言いふらしたのです。
「電気っていうのは、長い線を山の奥から引っ張ってくるもんだからね。夜中に狐や狸がその線を伝ってやってきて、このあたりの田んぼや畑を荒らすのは間違いないよ」
こんなばかばかしい嘘を、巳之助は自分の愛着ある商売を守るために口にしました。
それを言うとき、少し後ろめたい気持ちはありましたが。
村の集まりが終わり、いよいよ岩滑新田の村にも電灯を引くことが決まったと聞かされたとき、巳之助はまたしても頭をガツンと殴られたような衝撃を受けました。
こう何度も衝撃を受けてはたまらない、頭がおかしくなってしまいそうだ、と巳之助は思いました。
その通りでした。
実際に、頭がおかしくなってしまったのです。
村の集まりのあと三日間、巳之助は昼間も布団を頭からかぶって寝ていました。
その間に、心の調子が狂ってしまったのです。
巳之助は誰かを恨みたくて仕方がありませんでした。
そこで、村の集まりで議長を務めた区長さんを恨むことにしました。
そして、区長さんを恨まなければならない理由を、あれこれと考えました。
普段は頭のいい人でも、商売を失うかどうかの瀬戸際では、正しい判断を失ってしまうものです。
とんでもない恨みを抱くようになってしまうものなのです。
菜の花畑の広がる、あたたかい月夜でした。
どこかの村で春祭りの準備のために打つ太鼓の音が、遠くでトホトホと聞こえてきました。
巳之助は道を通ってはいきませんでした。
溝の中をイタチのように身をかがめて走ったり、藪の中を捨て犬のようにかき分けて進んだりしました。
他人に見られたくないとき、人はこうするものなのです。
区長さんの家には長い間お世話になっていたので、巳之助はその様子をよく知っていました。
火をつけるのに一番都合がいいのは、藁(わら)屋根の牛小屋であることは、家を出るときから考えていました。
母屋はもうひっそりと寝静まっていました。
牛小屋も静かでした。
静かだといっても、牛が眠っているのか起きているのかは分かりません。
牛というのは、起きていても寝ていても静かなものだからです。
もっとも、牛が目を覚ましていたとしても、火をつけることには何の問題もありませんでしたが。
巳之助はマッチの代わりに、マッチがまだなかった時代に使われていた火打ち道具を持ってきました。
家を出るとき、かまどのあたりでマッチを探しましたが、どうしたわけかどうしても見つからないので、手当たり次第に火打ち道具を持ってきたのでした。
巳之助は火打ち石で火花を散らし始めました。
火花は飛ぶのですが、火口(ほくち)が湿っているのか、ちっとも燃え上がりません。
巳之助は、火打ち道具というのはあまり便利なものではないな、と思いました。
火が出ないくせにカチカチと大きな音ばかりして、これでは寝ている人が目を覚ましてしまいます。
「ちぇっ」と巳之助は舌打ちをして言いました。
「マッチを持ってくればよかった。こんな火打ち道具なんて古くさいものは、いざというときに間に合わねえな」
そう言い終えて、巳之助はふと自分の言葉を聞きとがめました。
「古くさいものは、いざというときに間に合わねえ……古くさいものは間に合わねえ……」
ちょうど月が出て空が明るくなるように、巳之助の頭はこの言葉をきっかけにしてパーッと晴れ渡りました。
巳之助は、今になって自分の間違いがはっきりと分かりました。
――ランプはもう、古い道具になったのだ。
電灯という、もっと新しくて便利な道具の世の中になったのだ。
それだけ世の中がひらけたのだ。
文明開化が進んだのだ。
巳之助もまた日本という国の人間ならば、日本がこれだけ進歩したことを喜ぶべきなのだ。自分の古い商売がなくなるからといって、世の中の進歩を邪魔しようとしたり、何の恨みもない人を恨んで火をつけようとしたり……。男として、なんて見苦しい姿だったんだろう。

世の中が進んで、古い商売がいらなくなったのなら、男らしくきっぱりとその商売を捨てて、世の中のためになる新しい商売に切り替えればいいじゃないか。

――

巳之助はすぐに家へとって返しました。
そして、それからどうしたか。
寝ていた奥さんを起こして、今家にあるすべてのランプに石油を注がせました。
奥さんは、こんな夜更けに何をするつもりなのかと巳之助に尋ねましたが、これからしようとしていることを話せば奥さんが止めるのは決まっていたので、巳之助は黙っていました。
ランプは大小合わせて全部で五十個ほどありました。
そのすべてに石油を満たしました。
そして、いつも商売に出るときと同じように、車にそれらのランプを吊るして外に出ました。
今度はマッチを忘れずに持って。

道が西の峠にさしかかるあたりに、半田池という大きな池があります。
春のことで、たっぷりと水をたたえた池は、月の光の下で銀色の板のように煙りながら光っていました。
池の岸には、はんの木や柳が、水の中をのぞき込むような格好で立っていました。
巳之助は人目につかないこの場所を選んでやってきました。
さて、巳之助はどうするつもりなのでしょう。

巳之助はランプに一つずつ火をともしました。
一つともしては、それを池のふちにある木の枝に吊るしました。
小さいのも大きいのも混ぜこぜにして、木にいっぱいに吊るしました。
一本の木で吊るしきれないと、その隣の木に吊るしました。
こうして、とうとうすべてのランプを三本の木に吊るし終えました。
風のない夜で、ランプは一つ一つが静かに揺れることもなく燃え続け、あたりは昼のように明るくなりました。
明かりを求めて寄ってきた魚が、水の中でキラリキラリとナイフのように光っています。

「わしの商売のやめ方は、これだ」
と巳之助は一人でつぶやきました。
しかし、その場を立ち去ることができず、長い間、両手を垂らしたまま、ランプが鈴なりになった木を見つめていました。
ランプ、ランプ、なつかしいランプ。
長年、ずっと親しんできたランプ。
「わしの商売のやめ方は、これだ」

それから巳之助は、池のこちら側の街道まで戻ってきました。
まだランプは、向こう側の岸の上にすべて灯っていました。
五十個あまりが、すべて灯っていたのです。
そして水の上にも、五十個あまりの逆さまになったランプの明かりが映っていました。
立ち止まって、巳之助はそこでも長く見つめていました。
ランプ、ランプ、なつかしいランプ。

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