初級翻訳・永日小品 第16話

夏目 漱石

開けっ放しになった戸が、空っぽの日差しを書斎の入り口に送り込み、縁側に幅四尺(約1.2メートル)の寂しさを感じた時、向こうの隅で急にヴァイオリンを擦る音がした。続いて、小さな喉が寄り合って、ドッと笑う声がした。

うちの子供たちは毎日、母さんの羽織や風呂敷を出しては、こんなふうに行列ごっこをして遊んでいるのだ。昔のことです。

ピトロクリの谷には、すっかり秋が訪れていました。十月の太陽が、目に見える野原や森をあたたかな色に染め上げる中で、人々はのんびりと日々の暮らしを送っています。十月の光は、谷の空気を空の途中で優しく包み込むだけで、地面までは直接届きません。かといって、山の向こうへ逃げていくわけでもありません。風のない村の上で、いつも落ち着いて、じっと動かずに霞んでいるのです。

その間に、野原や森の色が少しずつ変わっていきます。酸っぱい果実がいつの間にか甘くなるように、谷全体が長い年月を経て熟成していくようです。この時のピトロクリの谷は、百年前、二百年前の昔に戻ったかのように、ゆったりと静まり返っています。人々は世の中の苦労を知り尽くしたような顔をして、山の背を渡る雲を眺めています。その雲は、ある時は白く、ある時は灰色に姿を変えます。時折、雲の薄い部分から山の地肌を透かして見せることもあります。いつ見ても、まるで大昔からそこにあるような懐かしい雲の形をしています。

私の家は、この雲と谷を眺めるのにちょうどいい、小さな丘の上に建っています。南側からは、家の壁一面に日が当たります。何年もの間、十月の太陽を浴び続けてきたせいか、どこもかしこも枯れたような灰色をしています。そんな西の端に、一本のバラが這い上がっていて、冷たい壁とあたたかい日差しの間に挟まれるようにして、いくつもの花を咲かせていました。大きな花びらは卵のような色をしていて、豊かな波を打ち、ガクからひっくり返るように口を開けたまま、ひっそりと静まり返っています。バラの香りは、薄い日差しに吸い込まれるようにして、二間の部屋の空気に溶けて消えていきます。私はその部屋の中に立って、上を見上げました。バラは高く高く這い上がっていきます。鼠色の壁は、バラの蔓も届かないほどの高さまで、まっすぐにそびえ立っています。屋根の先には、さらに塔が伸びています。太陽は、そのまた上の霧の奥から降り注いでいます。

足元を見ると、丘がピトロクリの谷へと急斜面で落ち込んでいて、見渡す限りの遥か下には、平らな景色が色とりどりに埋め尽くされています。その向こう側の山へ続く道には、樺の木の黄色い葉が段々と重なり合って、色の濃淡がいくつもの階層を作っています。明るくて寂しげな雰囲気が谷一面に広がるその真ん中を、黒い筋が横たわって曲がりくねっています。泥炭を含んだ川の水は、絵の具を溶かしたように古びた色をしています。この山奥に来て初めて、こんな川の流れを見ました。

後ろから主人がやってきました。主人の髭は十月の日に照らされて、七割がた白くなっています。その格好も、普段見慣れない珍しいものです。腰には「キルト」というものを巻いています。車の膝掛けのような、粗い縞模様の布です。それを袴のようにして、膝のあたりまで切りそろえ、縦にヒダを寄せているので、膝から下は太い毛糸の靴下で隠すだけです。歩くたびにキルトのヒダが揺れて、膝と太ももの間がちらちらと見えます。肌を見せることを恥じない、昔ながらの袴です。主人は毛皮で作った、小さな木魚のような形の財布を前にぶら下げています。夜、暖炉のそばに椅子を寄せて、パチパチと音を立てる赤い炭火を眺めながら、この「木魚」の中からパイプやタバコを取り出します。そして、ぷかりぷかりと長い夜を過ごすのです。この木魚のような財布を「スポーラン」と呼びます。

主人と一緒に崖を下りて、少し薄暗い道に入りました。スコッチ・ファーという常緑樹の葉は、刻み昆布に雲が絡みついているようで、払っても落ちないように見えます。その黒い幹を、リスが長くて立派な尾を揺らしながら、ちょろちょろと駆け上がっていきました。かと思えば、古くて厚みのある苔の上を、また別のリスが、目にも止まらぬ速さで駆け抜けていきました。苔は膨らんだまま、ぴくりとも動きません。リスの尾は、蒼黒い地面をまるで掃除用のハタキのように擦りながら、暗がりへと消えていきました。

主人は横を振り向いて、ピトロクリの明るい谷を指さしました。黒い川は、相変わらずその真ん中を流れています。「あの川を一里半ほど北へ遡ると、キリクランキーの峡間があるんだ」と主人が言いました。「かつて高地人と低地人がキリクランキーの峡間で戦った時、死体が岩の間に挟まって、川の流れをせき止めてしまった。高地人と低地人の血を吸った川は、三日間も色を変えて、このピトロクリの谷を流れたんだよ」と。私は、明日早朝にそのキリクランキーの古戦場を訪ねることに決めました。崖から出ると、足元に美しいバラの花びらが二、三片、はらりと散っていました。

(声)

豊三郎がこの下宿へ引っ越してきてから、三日が経ちました。初日は、薄暗い夕暮れの中で、荷物の片付けや本の整理に大忙しで、影のようにあわただしく動き回っていました。それから町の銭湯へ行き、帰ってくるとすぐに寝てしまいました。

翌日、学校から戻った豊三郎は、机の前に座ってしばらく本を読んでみましたが、急に住む場所が変わったせいか、どうも気が乗りません。窓の外では、ずっと鋸(のこぎり)の音が響いています。豊三郎は座ったまま手を伸ばして障子を開けました。すると、目の前で植木屋がせっせとキリの枝を切っています。かなり大きく伸びた枝を、惜しげもなく根元からゴシゴシと切り落としていくうちに、切り口の白い部分が目立つほど、地面には枝が山積みになりました。同時に、何もない広い空が、遠くから窓に吸い寄せられるように大きく見え始めました。

豊三郎は机に頬杖をついて、なんとなく、キリの木の上に広がる秋晴れの空を眺めていました。豊三郎が視線をキリの木から空へ移した瞬間、ふっと心が大きく広がるような気持ちがしました。その大きな開放感が、しばらくして落ち着いてくるうちに、懐かしい故郷の記憶が、まるでポツンと打たれた点のように心の一角に浮かび上がりました。その記憶ははるか遠くにあるけれど、今まさに目の前の机の上にあるかのように、はっきりと見えていたのです。山のふもとに大きな藁葺き屋根の家があって、村から二町(約200メートル)ほど登ると、道はそこで私の家の門の前で途切れていました。

一頭の馬が門の中へ入ってきました。
鞍の横には菊の花が一束くくりつけられていて、鈴をチリンと鳴らしながら、白い壁の向こう側へと消えていきました。
太陽は高く昇り、家の屋根を照らしています。
家の裏にある山をこんもりと隠している松の木々が、その光を受けてすべてキラキラと輝いて見えます。
今はちょうど、きのこの季節です。
豊三郎は机の上で、たった今摘んできたばかりのきのこの香りを嗅ぎました。
その時、「豊、豊」というお母さんの呼ぶ声が聞こえたような気がしました。

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