「僕は昼休みの前に、ちゃんと絵の具箱を調べておいたんだ。一つもなくなっていなかった。それが、昼休みが終わったら二つなくなっていたんだ。休み時間に教室にいたのは、君だけじゃないか。」
僕は「もうダメだ」と思った瞬間、頭に血が上って、顔が真っ赤になったような気がしました。
すると、そこにいた誰か一人が、いきなり僕のポケットに手を突っ込もうとしました。
僕は必死にそれを防ごうとしましたが、多勢に無勢で、どうすることもできませんでした。
僕のポケットからは、ビー玉や鉛のメンコと一緒に、あの二つの絵の具の塊が掴み出されてしまいました。
「それ見たことか」と言わんばかりの顔をして、子供たちは憎らしそうに僕を睨みつけました。
僕の体は勝手にブルブルと震え、目の前が真っ暗になるようでした。
いい天気なのに、みんなが楽しそうに休み時間を遊んで過ごしているのに、僕だけは心からしおれてしまいました。
「どうしてあんなことをしてしまったんだろう」
取り返しのつかないことをしてしまった。もう僕は終わりだ。
そう思うと、弱虫だった僕は寂しくて悲しくなり、しくしくと泣き出してしまいました。
「泣いてごまかそうったって、そうはいかないぞ」
よくできる大きな子が、馬鹿にするような、憎みきった声でそう言い、動こうとしない僕をみんなで無理やり二階へ引っ張っていこうとしました。
僕はできるだけ抵抗しましたが、結局は力任せに引きずられ、階段を登らされてしまいました。
そこには、僕の大好きな担任の先生の部屋があるのです。
やがて、ジムがその部屋のドアをノックしました。「ノックする」というのは、入ってもいいかとドアを叩くことです。
中からは、先生のやさしい「お入り」という声が聞こえました。
僕はその部屋に入る時ほど、嫌だと思ったことはありませんでした。
何か書き物をしていた先生は、ドヤドヤと入ってきた僕たちを見て、少し驚いたようでした。
けれど、女のくせに男のように首のところでバッサリと切った髪の毛を右手で撫で上げながら、いつもの優しい顔をこちらに向けて、少し首をかしげるだけで「何のご用ですか?」という顔をされました。
すると、よくできる大きな子が前に出て、僕がジムの絵の具を盗んだことを、先生に詳しく言いつけました。
先生は少し曇った顔つきになり、真面目な様子でみんなの顔や、半分泣きかけている僕の顔を見比べた後、僕に「それは本当ですか?」と尋ねました。本当のことではありましたが、僕がそんな嫌な奴だということを、大好きな先生にどうしても知られたくなくて、胸が締め付けられるほどつらかったのです。
だから僕は言葉で答える代わりに、こらえきれず泣き出してしまいました。
先生はしばらく僕を見つめていましたが、やがて生徒たちに向かって静かに「もう教室に戻っていいですよ」と言い、みんなを帰してしまいました。
生徒たちは少し物足りなさそうに、ドヤドヤと階段を降りていきました。
先生はしばらくの間、何も言わずに僕の方も見ず、自分の手の爪をじっと見つめていましたが、やがて静かに立ち上がって僕のそばへ来ると、肩を抱きすくめるようにして「絵の具は、もう返しましたか?」と小さな声で尋ねました。
僕は、絵の具を返したことをしっかり先生に分かってほしい一心で、深く頷いてみせました。
「あなたは、自分のしたことを『いけないこと』だと思っていますか?」
先生がもう一度そう静かに尋ねたとき、僕はもう我慢できませんでした。
震えて止まらない唇を何度噛みしめても、泣き声が漏れてしまい、目からは涙がとめどなく溢れてくるのです。
先生に抱かれたまま、いっそこのまま死んでしまいたいような気持ちになりました。
「あなたはもう泣くのはおやめなさい。よく分かったならそれでいいから、泣くのをやめましょうね。次の時間は教室に出なくてもいいから、私のこの部屋にいらっしゃい。静かにして、ここに入っていなさい。私が教室から戻ってくるまで、ここにいるのですよ。いいですね」
先生はそう言いながら僕を長椅子に座らせました。そのときちょうど勉強の鐘が鳴ったので、机の上の本を手に取り、僕の様子を見ておられましたが、二階の窓まで高く伸びたブドウのツルから、一房の西洋ブドウをもぎ取ると、しくしくと泣き続けていた僕の膝の上にそれを置き、静かに部屋を出て行かれました。
三
一時、ガヤガヤと騒がしかった生徒たちがみんな教室に入ってしまうと、あたりは急にしんとするほど静まり返りました。
僕は寂しくて、どうしようもないほど悲しくなりました。
あれほど大好きな先生を苦しめてしまったかと思うと、本当に悪いことをしたと痛感したからです。
ブドウなんてとても食べる気になれず、いつまでも泣いていました。
ふと、肩を軽く揺さぶられて目を覚ましました。
僕は先生の部屋で、いつの間にか泣き疲れて眠ってしまっていたようです。
少し痩せて背の高い先生が、優しい笑顔で僕を見下ろしていました。
眠ったおかげで気分が少し晴れ、さっきまでの出来事を忘れて恥ずかしそうに笑い返しながら、膝から滑り落ちそうになっていたブドウの房を慌てて拾い上げましたが、すぐに悲しいことを思い出して、笑みはすっかり消えてしまいました。
「そんなに悲しい顔をしなくてもいいのですよ。もうみんなは帰ってしまいましたから、あなたも帰りなさい。そして明日は、どんなことがあっても必ず学校に来なければいけませんよ。あなたの顔を見ないと、私は悲しくなりますからね。約束ですよ」
そう言って、先生は僕のカバンの中にそっとブドウの房を入れてくれました。
僕はいつものように海岸通りを歩き、海や船を眺めながら、どこか寂しい気持ちで家に帰りました。
そして、ブドウはおいしくいただきました。
けれども翌日になると、僕はなかなか学校へ行く気になれませんでした。
お腹が痛くなればいい、頭痛がすればいいと願いましたが、その日に限って虫歯一本痛みません。
仕方なく嫌々ながら家を出ましたが、ぶらぶらと悩みながら歩きました。
どうしても学校の門をくぐることができないように思えたのです。
それでも、別れ際に先生が言ってくれた言葉を思い出すと、僕は先生の顔だけはどうしても見たくてたまりませんでした。
僕が行かなかったら、先生はきっと悲しむに違いない。
もう一度、先生の優しい目で見つめられたい。
ただその一心だけで、僕は学校の門をくぐりました。
そうしたらどうでしょう。真っ先に、待ち構えていたかのようにジムが飛んできて、僕の手を握ってくれたのです。
そして昨日のことなど忘れてしまったかのように、親切に僕の手を引き、どぎまぎしている僕を先生の部屋へ連れて行くのです。
僕はなんだか訳が分かりませんでした。
学校に行けば、みんなが遠くから僕を指さして「見ろ、泥棒のついた日本人が来たぞ」と悪口を言われるだろうと思っていたのに、こんな風にされるなんて気味が悪いほどでした。
二人の足音を聞きつけてか、ジムがノックする前に先生がドアを開けてくださいました。
二人が部屋に入ると、先生はニコニコしながら僕たちを向かい合わせました。
「ジム、あなたはいい子ですね。私の言ったことをよく分かってくれました。
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