初級翻訳・まほうやしき 第1話

まほうやしき

1

 少年探偵団の中で、いちばん体が大きくて力の強い井上一郎くんには、小学校三年生のルミちゃんという、かわいい妹がいました。
 そのルミちゃんが、ある夕方、ちんどん屋の後について、町はずれのさびしい森の近くまで行ってしまったのです。
 井上くんは、お母さんに頼まれて、ちょうどそのとき遊びに来ていた同じ団員のノロちゃん(野呂一平くんのあだ名)とふたりで方々探し回り、やっとルミちゃんを見つけました。けれどルミちゃんは、ちんどん屋さんにおもしろいものを見せてやると言われたから一緒に行くのだと言って、どうしても帰ろうとしません。
「きみたちにも見せてあげるから、一緒においで。それはふしぎでおもしろいものだよ」
 とんがり帽子をかぶり、だぶだぶの道化服を着て、顔には真っ白なおしろいを塗ったちんどん屋が、やさしく言いました。
 そして三人は、町はずれの森の中にある、古い赤レンガの西洋館へ連れ込まれたのです。みんなが入口を入り、ドアを閉めると、中は真っ暗でした。
「あら、ちんどん屋さん、どこへ行ったの?」
 ルミちゃんが叫びました。しかし、何の答えもありません。
 井上くんは手探りでルミちゃんを探し、その手をとりました。臆病者のノロちゃんは、井上くんの体にすがりついています。
 するとそのとき、向こうの方がぼうっと明るくなって、ちんどん屋の姿があらわれました。大きな真っ赤な口で、ニヤニヤ笑っています。
「さあ、これからおもしろいものを見せてやるよ。えへへ」
 そう言ったかと思うと、ちんどん屋の姿が水の揺れるようにぼうっとかすんで、まるで映画の二重写しのように、別のものに変わってきました。
 そしてそこにあらわれたのは、黒いシャツを着た、西洋悪魔の恐ろしい姿でした。
「きゃあっ!」と悲鳴を上げて、最初に逃げ出したのはノロちゃんでした。井上くんもルミちゃんの手を引いて入口へ引き返しました。
 しかし、入口のドアは、押しても引いても開きません。いつの間にか鍵がかかってしまったのです。
 振り返ると、西洋悪魔の体にまたしてもふしぎなことが起きていました。悪魔の体が、足の方から溶けるようにすうっと消えていくではありませんか。そして首だけが残って、ふらふらと空中を漂っているのです。しかもその首が、口を開けてケラケラと笑いだしたではありませんか。
 三人は恐ろしさに声も出ず、身動きもできなくなって立ちすくんでいました。するとこのとき突然、パッと電灯がついて、あたりが昼のように明るくなりました。
 悪魔の首はもうどこにも見えません。そこには一枚のガラスの大きなドアが閉まっていて、その向こうは一目で見渡せる廊下です。実にふしぎです。道化ものと悪魔が、煙のように消えてしまったのです。
 しばらくしても、何事も起こりません。三人は入口をふさがれてしまったので、どこかに出口を探さなければなりません。そこで井上くんは、思い切って正面の一枚ガラスのドアを押してみました。すると、音もなくすうっと開くのです。
 三人はそのドアの外の廊下に出ました。見ると、向こうに小さな木のドアが開いたままになっています。井上くんたちはそこに近づいて、おずおず中をのぞいてみました。
 ドアの中に、もう一つのドアがあって、それも開いています。そしてその向こうに、電灯のついた小さな部屋があるのです。
 井上くんはルミちゃんとノロちゃんの手を引いて、その小部屋に入ってみました。三人が入ると、二重のドアがぴったりと閉まってしまいました。
「あっ!」と言ってドアに飛びつきましたが、もう遅かったのです。にわかに部屋が、大地震のように揺れ始めました。
 そして、実におそろしいことが起きたのです。あっという間にこの世がさかさまになって、床がすうっと天井に上がり、天井が下になってしまったのです。三人は腹ばいになって、死にものぐるいで床板にしがみつきました。
 ああ、おそろしい夢でも見ているのではないでしょうか。

2

 少年探偵団の井上くんとノロちゃん、そして井上くんの妹で小学校三年のルミちゃんの三人が入れられた部屋が、まっさかさまになったのです。
 今まで立っていたところが天井になってしまったので、三人は「わっ!」と言って、机の足にしがみつきました。
 ところがふしぎなことに、さかさまになっても、机も椅子も、子どもたちも、天井にくっついたまま、すこしも落ちないのです。「なんだか変だな」と思っていると、部屋はまた、ぐるぐると回り始めました。
もう目がくらんで、いまにも死んでしまいそうです。
そのうちに、部屋の揺れがだんだん静まって、やがて、ぴたりと止まりました。
三人は、急に起き上がる力さえありません。
そのとき、部屋の一方のドアがすうっと開いて、人の声が聞こえてきました。
「うふふふ……。
驚いたかね。
早く、こっちへ来なさい。
でないと、また部屋が回りだすよ」
三人はそれを聞くと、びっくりして起き上がりましたが、足がふらふらして歩けません。
何度も転びながら、ようやくドアの外へ出ました。
そこは真っ暗でした。
その闇の中に、ぽっと、二つの青い玉のようなものが光っています。
三センチほどの丸いものが二つ並んで、ぎらぎらと輝いているのです。
「ふふふ……。
見えるかね。
これは、わしの目玉だよ」
そんな声が聞こえたかと思うと、あたりがすうっと明るくなってきました。
その薄明かりで見えたものは……。
ああ、そこにいたのは、一匹のおそろしいライオンでした。
茶色の毛が、大きな顔の上に逆立って、二つの青い目がぎらぎらと光っています。
三人は、「わっ」と言ってさっきのドアに飛びつきましたが、いつの間にかぴったりと閉まっていて開きません。
仕方がないので、部屋の隅にうずくまってしまいました。
「ウォーッ」ライオンが、おそろしい声でうなりました。
そして、のっしのっしと、こちらへ近づいてきます。
「ウォーッ」また一声うなって、ライオンが、ぐゎっと真っ赤な口を開きました。
三人は、頭から食われてしまうのでしょうか。
「わはははは……」
不思議、不思議。
そのときライオンが、人間の声で笑い出したのです。
「おまえたち、ここは魔法屋敷だよ。
だから、どんな不思議なことでも起こるのだ。
さあ、見るがいい」
ライオンがぴょんと飛び上がって、くるっとひっくり返りました。
すると、ライオンの腹が真っ二つに割れて、そこからさっきの西洋悪魔の黒い姿が現れたではありませんか。
人間が、ライオンの皮をかぶっていたのです。
「わははは……。
どうだね。
まだまだ君たちがびっくりするようなことが起こるのだよ」
それから、西洋悪魔は三人を二階の一室に閉じ込めてしまいました。
大きなベッドが一つ置いてあって、三人にそこで眠れというのです。
その部屋には、鉄棒のはまった小さな窓が一つあるきりで、そこから月の光が差し込んでいました。
ノロちゃんは、井上くんの肩に乗って、窓から外をのぞいてみました。
窓のすぐ外に高い塀があって、その向こうは原っぱです。
「あっ、いいことがある。
バッジを使えばいいよ」
ノロちゃんは飛び降りて、井上くんにささやきました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました