初級翻訳・アリスはふしぎの国で 第24話

アリスはふしぎの国で

知ってる子にも、知らない子にも、ぼくの小さなお友だちみんなに、心の底から申し上げます、「メリー・クリスマス、ハッピー・ニュー・イヤー!」みなさんに主のごかごがありますように、そしてめぐるそのたびごとにいつもクリスマスがどんどん明るくすてきなものになっていきますように――その目には見えない友(かつては地上にて子どもたちを守ってくださった方)がおそばで明るく照らしてくださいますように――ほんとのほんとの幸せ、それだけが本当に持つねうちもある、ほかの人まで幸せにしちゃうような幸せを探して見つけたんだっていう、愛にあふれた人生のすてきな思い出がありますように!

きみの親友
ルイス・キャロル
クリスマス 1871年

訳者あとがき

1

 この翻訳は、Lewis Carroll, Alice’s Adventures In Wonderland の全訳です。
主たる底本は、以前に訳した『アリスの地底めぐり』と同様、Alice’s Adventures in Wonderland and Through the Looking-Glass (Penguin Classics), London: Penguin Books, 1998.――具体的には、この本所収の著者最終訂正版の1897年版テクストに依拠しました。
ただしこのペンギン・クラシックス版には疑問点もあるので、その確認のため Alice’s Adventures in Wonderland and Through the Looking-Glass (Oxford World’s Classics), Oxford: Oxford University Press, 2009. および Alice in Wonderland (Third Norton Critical Edition), New York: W.W.Norton, 2013. の二書も参照しています。
挿絵については、オーストラリアのアデレード大学で電子化されているもの(https://ebooks.adelaide.edu.au/c/carroll/lewis/alice/)を加工して使用しています。
タイトルは「アリスはふしぎの国で」としました。1

前からずっと不思議に思っていたことがあります(まあ、ただの好みの問題なのですが)。『不思議の国のアリス』という題名だと、五十音順に並べたときにずいぶんと後ろのほうになってしまいますよね。でも、英語の原題は “Alice in Wonderland” ですから、アルファベットの最初である〈A〉から始まっているわけです。
やっぱり日本語でも〈あ〉から始まってほしいな、と思ったのです。
それに、”Alice in Wonderland” という言葉のならびを見ていると、そのあとに動きを表す言葉(動詞)を置いて、アリスを主役にしたままお話が続いていきそうな感じがしませんか?
そこで今回は「アリスはふしぎの国で」というタイトルにしてみました。これなら、そのまま物語の世界へつなげていけるような気がしたからです。

2

個人的な話になりますが、これまで『不思議の国のアリス』を一冊の本としてだけ訳すことに、なんとなく違和感や抵抗がありました。
この物語には、最初の手書きの原稿(草稿)があって、それがのちに本として出版されたという歴史があります。その過程を飛ばして、完成形だけを訳してしまっていいのだろうか、という思いがあったのです。
ですから、手書きの原稿版を『アリスの地底めぐり』として訳す前から、ルイス・キャロルと同じように――150年という時を超えて、同じ年齢で同じく大学に勤める独身男性として――彼がどうやって物語を書き換えていったのか、そのあとをたどってみたいと強く思っていました。
2015年は、『不思議の国のアリス』が出版されてちょうど150周年の記念の年です。
今回お届けするこの本は、作者ルイス・キャロルが実在の少女アリス・リデルにプレゼントした手書きの原稿『地底の国のアリス(Alice’s Adventures Under Ground)』から、どのように言葉を付け加えたり直したりしたのかを、私自身の翻訳作業の中でも追いかけながら作り上げました。
その加筆修正をたどった手順を、ごく簡単に説明しますね。
まず、どこを書き換えたのかの大まかな見当をつけるために、電子化されたテキストを使って『地底』と『不思議』の差分(違い)を調べました。
できるだけ信頼できる正確なテキストを使うよう心がけましたが、電子テキストには思わぬミスがあったり、私が基準にしている本とは少し違ったりすることもあるので、あくまで参考程度です。
そのあと、ペンギン・クラシックス版の底本を使って、自分の目で直接確かめました。
電子テキストで差分がわかっているおかげで作業はだいぶ楽になりましたが、それでも目を皿のようにして確認しました。
そうして原文のちがいがはっきりしたら、プリントアウトした『地底』の訳文に、がりがりと赤ペンで直しの書き込みを入れていきます。
そうやって紙の上で赤入れをしたものから(『不思議』で新しく書き下ろされた章なら、『地底』を訳すときに使っていたのと同じノートに書き込んでから)、手元の訳文ファイルを書き換えて、『地底』と『不思議』それぞれの訳稿を整えていきました。
言葉だけでなく、句読点の打ち方にも細かい訂正が見られたので、できるだけ反映させましたが、もちろん日本語と英語では句読点の使い方が違うので、これもあくまで参考程度です。
ただ、この作業中に、かつて訳した『地底めぐり』の訳文が、『地底』の原文よりも、後の『不思議』の原文に近くなってしまうという事態が起きることもありました。
つまりどういうことかというと、私が『地底』を訳したとき、無意識のうちに「原文をよりよく直して」しまっており、その修正が偶然にもキャロルが後から加えた訂正と同じものになっていたようなのです。
そうなると、今度は逆に『地底』の訳文の方を、少し不自然な方向へ直さなければならないという、予想もしなかった羽目にも陥りました。
訳文としては元の文章を維持しつつ、全体の整合性を保つためにわざと拙い表現に戻す、ということですが、物語の細かな違いを追いかけるというのは、そういう紙一重の場所を探っていく作業なのかもしれません。

3

無類の芝居好きであるキャロルが紡ぎ出す文章は、詩ではない場所でも、全体がひとつの台詞(せりふ)のように感じられます。どこで息継ぎをして、どんなリズムで読むべきか、というのが自然と伝わってくるのです。
言葉のほんの少しの入れ替えや訂正を見るだけでも、「ああ、ここは読み上げる時のリズムを整えたんだな」とピンとくることがよくあります。
ただし、その語り口は、本当に聞き手が目の前にいるのかいないのか――もちろん実在の少女アリス・リデルを意識しているはずなのに――どこかぼんやりとしていて、すべてが舞台の上で自分自身に言い聞かせる「ひとりごと」のようでもあります。

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