初級翻訳・サーカスの怪人 第17話

サーカスの怪人

すると中から、板戸がギーッと開き、もじゃもじゃ頭に、無精髭を真っ黒に生やし、カーキ色の作業服を着た、40歳くらいの炭焼きのような男が、ヌッと顔を出し、恐ろしい目でこちらをじろじろ見るのでした。
「俺だよ。仲間だ。ところで、あの人の様子はどうだい?」
腹話術師が、乱暴な口をききました。
「ああ、お前か。あの人は、相変わらずだよ。黙り込んで、考え事をしている。もう以前のように、あれなくなったよ。」
「飯は食わせているだろうな。」
「うん、それは大丈夫だ。餓死なんてさせやしないよ。」
「よし、それじゃあ、あの人に会うことにしよう。」
腹話術師はそう言って、また大きなトランクを担いで、小屋の中に入りました。
小屋の中は3坪ほどの狭い部屋で、一方の土間には、薪や柴がうず高く積んであり、板の間には薄い茣蓙を敷いて、その真ん中に囲炉裏が切ってあります。
そして、すすけた天井から、吊りランプが下がっているのです。
「じゃあ、いつものように、案内してくれ。」
腹話術師が言いますと、炭焼き男は部屋の隅へ行って、茣蓙をはがし、その下の板をトントンと叩いてグッと持ち上げました。
そこが一メートル四方ほどの蓋になっているのです。
その蓋の下には、深い空洞があり、石を積んだ階段が見えています。
「君、やっぱり懐中電灯で照らして、先へ降りてくれ。」
腹話術師は運転手にそう命令して、自分はそのあとから大きなトランクを担いで、一段一段と下へ降りていくのでした。
石の階段を12段ほど降りると、今度は横穴になっていました。
立って歩けるほどのトンネルです。
そこを少し行くと、正面に頑丈な板戸が閉まっており、大きな錠前でしまりができていました。
鍵でその錠を開けますと、その向こうに真っ暗な部屋があり、何かかすかに動いているようです。
運転手が、そこへパッと懐中電灯の光を向けました。
その光の中に現れた人間!これが人間と言えるでしょうか。
髪も髭も伸び放題に伸びて、その間から、真っ青な痩せ衰えた老人の顔が覗いています。
ボロボロになった服の胸がはだけて、肋骨が透けて見え、まるで骸骨のようです。ああ、このあわれな老人は、なにものでしょう? また、あやしい腹話術師の正体は? かれの大トランクの中にはいっているのは、はたして人形ばかりだったでしょうか?

こじき少年

 自動車のトランクの中から這い出した、乞食のような少年は、腹話術師たちのあとをつけました。
そして、ふたりが炭焼き小屋に入ったのを見届けると、その小屋の窓の外にからだをくっつけて、戸の隙間から、じっと小屋の中を覗いていました。
腹話術師と運転手が、小屋の床板をはずして、地の底へ降りていくのが見えました。
この小屋には地下室があるのです。
乞食少年はそれを見ると、しばらく考えていましたが、やがて、なにを思ったのか、小屋の入り口の板戸の前まで行って、外から、トントン、トン、と叩きました。
「だれだッ、戸を叩くやつは?」
 中から、炭焼き男の太い声が怒鳴りました。
乞食少年は、くすくす笑いながら、ひとこともものを言わないで、また、ダン、ダン、ダン、と、こんどはもっと激しく戸を叩くのでした。
「だれだッ! うるさいやつだな。
いまごろ、なんの用があるんだ。
待て、待て、いま開けてやるから……。」
 男の声が戸口に近づいて、板戸がガラッと開かれました。
「オヤッ、変だな。
だれもいないじゃないか。
おい、いま戸を叩いた人、どこにいるんだ?」
 男は、暗がりの外を見回しながら、不思議そうに言いました。
しばらく待ってもだれも出てこないので、男は戸を閉めて小屋の中へ戻りましたが、するとまたしても、ダン、ダン、ダン、と恐ろしい力で戸を叩くものがあるのです。
「ちくしょう。
うるさいやつだ。
さてはいたずらだな。
たぬきのやつめ、人間をからかいにきやがったな。
よし、ひっつかまえてやるから、待っていろ!」
 ガラッと戸が開いて、髭むじゃの炭焼き男が外へ飛び出しました。
向こうの木の茂みの中で、ガサガサという音がしています。
男は腕まくりをして、そのほうへ駆け出していきました。
そのすきに、小屋の横に隠れて、長い糸で向こうの木の枝をゆすっていた乞食少年が、糸を離してこっそり戸口から滑り込み、さっき覗いておいた床の上げ蓋のところへ行くと、それを上げてすばやく地下室へ姿を隠してしまいました。
「やっぱりたぬきのやつだ。
どこかへ逃げてしまいあがった。
いたずらたぬきにも困ったものだな。」
 男はぶつぶつ言いながら小屋へ戻ってきましたが、上げ蓋はもとの通りに閉まっているので、乞食少年が地下室へ降りていったことは少しも気づきません。
そのまま、囲炉裏のそばにあぐらをかいて、たばこをふかしはじめました。
乞食少年は足音を立てないように注意して地下室の階段を降り、突き当たりの戸のそばに立って耳をすましました。
すると、戸の向こうから腹話術師らしい声が聞こえてくるのです。
「笠原さん、おもしろいおみやげを持ってきたぜ。
いま、このトランクから出して見せてやるからな。」
 オヤッ! 笠原さんが、いつのまにこんな山の中へきているのでしょう? 少年は不思議に思って、板戸の隙間から中を覗いてみました。
頑丈な板戸ですが、建て付けが悪くて細い隙間ができているのです。
覗いてみると、そこには実に異様な光景が繰り広げられていました。
正面に座っているのは、痩せ衰えた老人でした。
白髪まじりの髪の毛はクシャクシャと乱れ、口髭も頬髭も伸び放題に伸びて、まるで長患いの病人のようです。
よく太った腹話術師が、その老人の前に大トランクを置いて、いま開こうとしているところです。
一方の隅には運転手が立って、懐中電灯でトランクを照らしています。
笠原さんの姿はどこにも見えません。
少年は胸をドキドキさせて、隙見を続けました。
「さあ、これがおみやげだッ!」
 腹話術師がパッとトランクの蓋を開きました。
アッ! トランクの中にはひとりの少年が、窮屈そうに足を曲げて閉じ込められているではありませんか。
腹話術師は、その少年を抱き上げてトランクから出し、老人の前のコンクリートの床に放り出しました。
手と足を縛られ、口にはさるぐつわをはめられています。
「アッ! 笠原正一君だッ!」
 乞食少年が、思わずつぶやきました。
乞食少年よりももっと驚いたのは、痩せ衰えた老人です。
老人はよろよろと立ち上がって、そこに転がされている少年のそばに寄りました。
「おお、おまえは正一ではないか。」「ああ、わしばかりでなく、おまえまでがこんな目にあわされるとは! 悪人め! この悪人め! きさまは、なぜわしたちをこんなに苦しめるのだ。そのわけをいえ。さあ、理由をいってくれ!」

老人は、精一杯のしわがれ声をふりしぼって叫びました。

「それはおまえさんの心にきいてみるがいい。おれは、あの人の部下だから、くわしいことは知らない。あの人は、おまえさんに相当な恨みがあるらしいよ」

腹話術師は、そっけなく答えました。

「あの人」とは、いったいだれのことでしょう。

「わしには、それがまったくわからないのだ。おまえたちの親分は、いったい何者だ。

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