「きみたちは、ずっとこの入口を見張っていたのだね。」「はい、そうです」
「では、さっき中へ入ったのは何人だったんだね?」
「五人か、六人です。……あっ、そうです。たしか六人でした」
「六人だって? しかし、ここにはきみたちのほかに五人しかいないじゃないか」
「いえ、もうひとり、先に出てきた人がいます」
「ああ、それは懐中電灯を探しに行った警官だろう」
「いいえ、ちがいます。あの人はどこかへ行って懐中電灯を借りてきて、また穴の中へ入っていきました。ついさっき、そこから出ていったのは別の巡査です」
「おかしいね。ぼくはさっき地下道の中で、こちらから入ってきた警官の人数をちゃんと数えておいた。たしかに五人だった。その五人はここにいる。そのほかにひとり出ていったとすると、五人が六人に増えたことになるね。いったい、きみたちはそのひとりで出ていった警官の顔をよく知っているのかね?」
「いいえ、知らない人です。きょうは警視庁と所轄の警察とがごっちゃになっていますので、顔を知らない人もたくさんいるのです」
「ふうん、それでその巡査はどこへ行ったのだね?」
「わかりません。その人は中村警部さんの命令で、近くの交番へ電話をかけに行くのだと言って、向こうへ走っていきました」
「そりゃ、変だぞ。ぼくは電話をかけろと命令した覚えはない」
中村警部がびっくりして怒鳴りました。
「で、その巡査は手に何か持っていなかったかね?」
明智が尋ねますと、警官はうなずいて言いました。
「持っていました。なんだか風呂敷包みのようなものを、脇の下にはさんでいました」
「わかった。そいつが二十面相だよ」
明智が静かに言いました。
「エッ、その警官が二十面相だって?」
中村警部がびっくりして聞き返します。
「うん、そうだよ。そのほかに考えようがない。あいつはこんな時の用意に、警官の制服を手に入れてトンネルの中のどこかへ隠しておいたのだ。さっきぼくの懐中電灯を叩き落としたのも、あいつにちがいない。真っ暗になってみんなが同士打ちをやっている隙に、あいつはガウンを脱いで警官の服に着替えたのだ。そしてガウンを丸めて風呂敷包みのようにして小脇に抱え、何食わぬ顔で出ていったのだ。二十人からの警官が来ているのだから、みんなが顔見知りとは限らない。制服を着て警官の帽子をかぶっていれば、仲間だと思ってしまう。それに、もうこんなに薄暗くなっていて、顔もはっきり見えやしないのだからね」
明智の説明に、中村警部は「ううん」とうなってしまいました。警官に化けて逃げ出すなんて、なんという悪知恵の働くやつでしょう。
「だが、それなら早く手配をしなけりゃあ。非常警戒をしなけりゃあ!」
中村警部が慌てるのを、明智は静かに手でおさえるようにして言いました。
「中村君、大丈夫だよ。安心したまえ。これがあいつの奥の手なら、ぼくのほうにはそれより上の奥の手がちゃんと用意してあるんだ。あいつはきっと捕まえてみせるよ」
明智は、いかにも自信ありげに、きっぱりと言い切るのでした。
怪老人
お話は少し前に戻って、二十面相が警官の制服を着込み、地下道の入り口に番をしていたふたりの巡査をうまくごまかして、裏の原っぱから町のほうへ急いでいる時のことです。その原っぱに不思議なことが起こりました。原っぱには人間の腰まで隠れるほど草がいっぱい生えているのですが、その草むらが風もないのにザワザワと動きはじめたのです。それも一箇所ではありません。あちらでもこちらでも動いているのです。草むらに何か動物が隠れていて、いっせいに動き出したのでしょうか。大きなヘビが草を分けて這っているような、気味の悪い動き方です。その動物は、警官に化けた二十面相のあとを追って進んでいくように見えます。あちこちの草の動きが、そのほうへそのほうへと移り変わっていくのです。
「ねえ、きみ、あのおまわりさん、あやしいよ。キョロキョロあたりを見回して逃げていくじゃないか。あとをつけてみよう」
「うん、あいつ、ひょっとしたら骸骨男の二十面相かもしれないぜ。明智先生は、たとえ警官でも見逃してはいけないって言われたからね」
そんなささやき声が、動いている草むらの中から聞こえてきました。姿は見えないけれども、ひとりは小林少年、もうひとりは井上一郎君の声でした。草むらの中を這うようにして進んでいたのは獣ではなく、少年探偵団員だったのです。草むらは、あちこちで動いていますから、その人数はふたりや三人ではありません。少なくとも十人くらいの少年たちが、草むらに身を隠して、あやしい人間が出てくるのを待ち構えていたのです。
もう夕方で、あたりは薄暗くなっていました。その夕闇の中を、あやしい警官は草を分けて走っていましたが、原っぱの中の小島のように、こんもりと低い木が茂ったところへくると、いきなりその茂みの中へ飛び込んで姿を隠しました。
「いよいよ変だな。みんなで、あのまわりを取り囲んで見張っていることにしよう」
「じゃあ、みんなに連絡してくるよ」
井上君が草の中を這っていって、近くにいる団員にそのことをささやきました。すると、その団員が次の団員にささやき、たちまち小林少年の命令がみんなに伝わりました。そして少年たちは、草むらに身を隠したまま、木の茂みをぐるっと取り囲んで、あやしい警官を取り逃がさないように見張りを続けるのでした。
しばらくすると、ガサガサと木の枝が動いて、茂みの中から思いもよらぬひとりの老人が現れました。ねずみ色の背広に、ねずみ色の鳥打ち帽子をかぶった、白髪頭の老人です。背中を丸くして、ステッキにすがって、草むらの中をとぼとぼと向こうへ歩いていきます。
「変だぞ。変装したのかもしれない。調べてみよう」
小林少年は井上君にそうささやいておいて、そっと木の茂みに近づき、重なり合った枝を分けてその中へ忍び込みました。よく探してみても、そこにはもう誰もいません。やっぱり、あいつは老人に変装して逃げ出したのです。警官の姿のままでは、気がついて追いかけられる心配があるからでしょう。もちろんこういう時の用意に、茂みの中へ老人の服を隠しておいたのに違いありません。
それなら、警官の服がここに残っているはずだとあたりを探してみますと、木の茂みの奥にそれが丸めて突っ込んであるのを発見しました。風呂敷包みのようにして小脇に抱えていた、ガウンの丸めたものも一緒に置いてありました。小林君は急いで茂みを飛び出すと、井上君にささやきました。
「巡査の服が残してあるよ。だから、あの老人が二十面相だ。追跡しよう……もうひとりいるといいな」
「それじゃあ、ノロちゃんを連れていこうか」
「うん、それがいい。あとの団員たちには、明智先生にこのことを伝えるように言ってくれたまえ」
井上君は、すぐそばの草むらに隠れていたノロちゃんこと野呂一平君を呼び、そこにいたもうひとりの少年に、みんなで明智先生のところへ行くように連絡を頼みました。そして小林、井上、野呂の三少年は、やっぱり草の中に身をかがめて、大急ぎであやしい老人のあとをつけるのでした。
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