ニールス・ホルゲルッソンがガンたちといっしょに旅をしていたときは、そこには一軒の小屋があって、そのまわりの土地は、すこし耕されていました。
けれども、その小屋に住んでいた人たちは、なにかわけがあって、よそへひっこしてしまっていました。
だから、いまはその小屋は住む人もなく、また土地も使われてはいませんでした。
この小屋に住んでいた人たちは、立ちさるときに、用心ぶかく、かまどのふたをし、窓をしめ、戸に錠をおろしました。
けれども、窓ガラスの割れ目が、ぼろでふさいだだけになっているのには、気がつきませんでした。
そののち、夕立が二度あって、そのぼろが、ちぢんでしまったところへ、カラスがやってきて、とうとうそれをつつき落してしまいました。
荒れ地の中にあるこの山地は、人が想像するほど、さびしくはありません。
なぜかといいますと、そこにはたくさんのカラスたちが住んでいるからです。
といっても、もちろん一年じゅう、そこに住んでいるわけではありません。
つまり、カラスたちは、冬には外国へいきます。
そして秋には、イエートランドじゅうの穀物畑を、つぎからつぎへと飛びまわっては、穀物をひろいます。
それから夏のあいだは、スンネルブー地方の農場にちらばって、卵や、草木の実や、小鳥などをたべて生きています。
けれども、巣ごもりをする春になると、このヒースの生えている荒れ地の中に帰ってくるのです。
窓ガラスのぼろをつつき落したのは、白い羽のガルムという名前のカラスでした。
けれども、このカラスのことをちゃんと名前どおりに、ガルムというものはひとりもなく、みんな「ノロ公」と呼んでいました。
なぜなら、このカラスは、いつも、まのぬけた、へまなことばかりやっていたからです。
ノロ公は、ほかのカラスよりも、からだも大きく、力もありましたが、そんなことはなんの役にもたちませんでした。
みんなからはバカにされて、いつも笑いものになっていました。
それから、ノロ公がたいへんにいい家柄の出だということも、やっぱりなんの役にもたたないのでした。
ほんとうなら、ノロ公がこのカラスの一むれのおかしらになるはずでした。
というのは、大昔から、白羽族の一番年上のものが、この名誉をになうはずになっていたのです。
ところが、ノロ公の生まれるだいぶまえから、この権力が白羽族の手をはなれて、アラシという、ざんにんな野ガラスにうばわれてしまっていたのです。このように、権力が白羽族からアラシの手に移ったということは、実は、カラス山のカラスたちが生活のスタイルを変えることに決めたということを物語っているのです。
おそらく、たいていの人は、カラスというものはみんな同じような生活をしているものだと思うでしょう。ところが、実際はそうではありません。
つまり、中には立派に暮らしているものもいて、そういうカラスたちは穀物や虫、死んだ動物といったものだけを食べているのです。
その一方で、まったく盗みばかりをして暮らしているような、ひどいやつらもいます。
そういうやつらは、ウサギの赤ん坊や小鳥をさらったり、鳥の巣を見つけしだい襲ったりするのです。
昔の白羽族は行儀がよく、厳格でした。
ですから、白羽族の者がリーダーだったころは、カラスたちは他の鳥から悪口を言われないように振る舞わなければなりませんでした。
ところが、カラスの数は増えていき、それにだんだんと貧しくなっていきました。
そこで、今までのような行儀のいい生活を続けることができなくなり、やがて白羽族にも背いて、ついに極悪非道な大泥棒であるアラシに権力を与えてしまったのです。
しかも、その妻であるハヤテというのが、アラシよりもさらにひどいやつときています。
こうして、カラスたちはこの夫婦の手下になり、今ではタカやフクロウよりも他の鳥から恐れられるような生活を始めたのです。
もちろん、白い羽のノロ公などは問題にされませんでした。
カラスたちは口々に「ノロ公は先祖にはちっとも似ていないし、とうていリーダーになる器ではない」と言いました。
ですから、もしノロ公がいつもまぬけなことばかりしていなかったら、たぶん誰も見向きもしなかったでしょう。
賢いカラスたちはときどき、「ノロ公があんなにあほうなのは、かえって彼のためには幸せなんだ」と言いました。
さもなければ、リーダーの家柄に生まれているのだから、きっとアラシとハヤテのために追い出されてしまっただろうというのです。
ところが今では、その反対に、アラシ夫婦はノロ公に対していくらか親しみを持つようになっていました。
そして、よそへ泥棒をしに行くときには、いつも一緒につれていきました。もっとも、そうすれば自分たちがとんまなノロ公よりもずっと賢く、勇敢なことをみんなに見せつけることができたわけです。
窓ガラスのぼろをつつき落したのがノロ公だとは、どのカラスも知りませんでした。
もし知ったとしたら、みんなはどんなに驚いたことでしょう。なぜなら、ノロ公のようなやつが、人間の住居に近づく勇気を持っているとはとても信じられませんから。
ノロ公はそのことを誰にも話しませんでした。それには実は、ノロ公だけの特別なわけがあるのです。
アラシとハヤテは、昼の間や他のカラスたちが周りにいるときは、ノロ公に対していつも親切でした。
ところが、ある真っ暗な晩のこと、仲間のカラスたちが枝の上にとまって眠っていたとき、ノロ公は突然アラシ夫婦に襲われて、もう少しで殺されそうになったのです。
それからは、毎晩暗くなると、ノロ公は自分のいつもの寝場所を抜け出して、あの空き小屋へ行くことにしていたのでした。
ある日の午後、カラスたちはカラス山の巣を修繕しましたが、そのあとですばらしい見つけものをしました。
アラシはノロ公と他の二羽のカラスを連れて、荒れ地の片隅にある大きなくぼ地に飛んでいきました。
そのくぼ地には砂利しかありませんでしたが、カラスたちはそんなことぐらいで満足することができません。
人間がこのくぼ地を掘ったのには何か理由があるにちがいないと思って、そこに飛び降りていっては、さかんにひっかき回しました。
そうしているうちに、片側の砂利がガサガサと急に崩れ落ちました。
カラスたちはびっくりして駆け寄りました。
すると、なんと、崩れ落ちた石と砂利の間に、木のふたをした土の大きなかめが見えるではありませんか!
もちろんみんなは、すぐに中に何が入っているか知りたくなりました。
そこで、かめに穴をつつき開けようとしたり、ふたを外そうとしたりしましたが、どうしても上手くいきません。
カラスたちは途方に暮れて、かめを眺めていました。
そのとき、突然、
「おい、おい、カラスくん、降りていって手伝ってやろうか?」という声がしました。みんながはっとして上を見上げると、くぼ地のふちに一匹のキツネが座って、こちらを見下ろしています。
その毛並みや姿は、いままで見た中で一番美しいキツネでした。
ただ一つ残念なのは、片方の耳が欠けていることでした。
「手伝ってくれるって言うんなら、やぶさかではないぜ」
アラシがそう言うと、いっしょに窪みから飛び上がりました。
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