初級翻訳・ワンダ・ブック――少年・少女のために―― 第22話

ホーソーン ナサニエル

その口元は、まるで生きている人の口と同じように、笑おうと思えば笑い出し、真面目な顔をしようと思えばそうもなれそうな気がしました。
実際、その顔つき全体がとてもいきいきとしていて、どちらかといえばいたずらっぽい表情を浮かべており、今にもその木彫りの唇から言葉が飛び出してきそうに思えるほどでした。
もしもその口が物を言ったとしたら、きっとこんな風に言ったことでしょう。
『怖がることはないよ、パンドーラ! この箱を開けたって、何が起きるというの? あの可哀想で馬鹿正直なエピミーシウスのことなんか、気にすることはないよ! お前さんはあの子よりも賢いし、十倍も勇気があるんだから。さあ、この箱を開けてごらん。中にどんな素敵なものが入っているか、見てみるんだ!』
僕はもう少しで言い忘れるところでしたが、その箱には鍵がかけてありました。
錠前のようなものではなく、金の紐がとても複雑な結び方をして留められていたのです。
この結び目には、終わりもなければ始まりもないように見えました。
あまりに難しくひねくり回してあり、出入りが多いため、どんなに手先が器用な人でも「ほどけるものならほどいてみよ」と、憎らしくも威張っているように思える、そんな結び目でした。
しかし、ほどくのが大変難しそうであればあるほど、パンドーラはその結び目を調べて、どんな風にできているのか見てみたくなってきました。
彼女はもう二、三度、その箱の上にかがみこんで、結び目を親指と人差し指でつまんでみたことはありましたが、実際にほどいてみようとまではしませんでした。
「あたし、本当にそれがどんな風にできているか分かってきた気がするわ」と、彼女は自分に言い聞かせました。
「だって、ほどいてからまた結び直すことだってできそうなんだもの。ほんとに、それくらいのことをしたって、何も悪いことはないわ。いくらエピミーシウスだって、それくらいで怒りはしないでしょう。あたし、その箱を開けなくたっていいんだもの。それに、もしも結び目がほどけたとしても、あのお馬鹿さんに内緒で開けたりなんかしたら悪いわよね」
こんな風に、始終このことばかりを考えなくても済むように、彼女に何か仕事や考えることがあればよかったのかもしれません。
しかし、世の中に「わざわい」というものが出てくるまでは、子供たちはとても気楽に暮らしていたので、本当に暇がありすぎたのです。
彼らだって、いつもいつも花の咲いた茂みの中でかくれんぼをしたり、花輪で目隠しをして鬼ごっこをしたり、そのほか地球がまだ新しかったその頃にすでにあったいろんな遊びばかりもしていられませんでした。
毎日遊んで暮らしていると、働くことの方がかえって本当の遊びのように感じられるものです。
その頃のパンドーラには、ほとんどすることがありませんでした。
せいぜい家の中を掃いたり拭いたり、新しい花を摘んできて(それも至るところに、嫌になるほどたくさん咲いているのです)、花瓶に生けたりするくらいで、可哀想に、小さなパンドーラの一日の仕事はおしまいでした。
それからあとは寝るまで、箱のことが気になって仕方がないのです。
しかしよく考えてみると、この箱はまた、彼女にとって一つの恵みでもあったと言えるかもしれません。
それは彼女がいろいろと想像をめぐらせる材料となり、また誰か聞いてくれる人がいる時には、いつでも話の種になったでしょう!
彼女が機嫌のいい時には、その胴のピカピカした艶や、まわりの美しい顔や葉を彫った立派な縁を見て感心することもできました。
また、何かのはずみで気がムシャクシャした時には、箱に一撃を食らわせたり、小さな足でじゃけんに蹴飛ばしたりすることもできたのです。そしてこの箱は、幾度も幾度も足蹴にされたのでした(でも、あとで分る通り、この箱は悪い箱でしたから、そうして足蹴にされたりするのが当り前だったのです)。
それにしても、もしこの箱がなかったら、何か始終考えていずにはいられない小さなパンドーラは、今みたいに、箱のことで思わず時間がたってしまうというわけにはとても行かず、退屈で困ったことでしょう。
というのは、箱に何がはいっているかと想像して見ることは、実際きりのない仕事でしたから。
本当に、何がはいっているんでしょう? 仮に、家の中に大きな箱があったとして、そんな気がするのも、無理はないことだが、クリスマスかお正月にいただく何か新しい、きれいな物がはいっているらしいとなると、どんなに君達は夢中になっていろいろと頭の中で考えて見るか、まあ君達、想像してごらんなさい。
君達はパンドーラみたいにそれを知りたがりはしないと思いますか? もしその箱と一しょに、一人きりでおいておかれたら、ちょっと蓋をあけて見たくなったりしないでしょうか? しかし君達はそんなことはしないでしょうね。
おう、馬鹿な。
とんでもないことだ! ただ、もしも君達がその中におもちゃがはいっていると思ったら、ちょっと一目のぞいてみる機会をのがすのは大変つらいことでしょう! 僕はパンドーラが、おもちゃなんかをあてにしていたかどうかは知りません。
というのは、子供達が住んでいた世界そのものが、一つの大きな遊び道具だったその頃には、まだおもちゃなどは一つも出来ていなかったでしょうから。
しかしパンドーラは、その箱の中に何か大変美しい、値打のあるものがはいっているにちがいないと思いました。
だから彼女は、ここで僕の話を聞いている小さな女の子たちの誰にも負けないくらいに、ちょっとのぞいて見たくてならない気がしました。
いや、どうかすると、もちっとよけいにそんな気がしたかも知れません。
しかし、きっとそうだとは僕も言い切れないが。
それにしても、僕達がこうして長いことお話をして来た、この日はまた特別に、彼女の好奇心がいつもより強くなって来て、とうとうその箱に近づいて行きました。
彼女は、もし出来たら、その箱をあけてみようと、大方決心していました。
どうも、しようのないパンドーラですね!
しかし、最初に、彼女はその箱を持ち上げてみました。
それは重かった、パンドーラのような弱い力の子にとっては、まるで重すぎました。
彼女はその片端を床から何インチか持ち上げましたが、かなり大きな、どしんという音をたてて、またそれをおろしました。
すぐそのあとで、彼女は何だか箱の中でごそごそと動く音がしたように思いました。
彼女は出来るだけぴったりと耳をあてて、聴きました。
たしかに、中で、何だかぼそぼそとつぶやいているような気がします! それとも、ただ彼女の耳が鳴ってるのでしょうか? 或はまた、彼女の心臓の打つ音でしょうか? パンドーラは本当に何か聞えたのかどうか、自分でもはっきりときめてしまうことが出来ませんでした。
しかし、いずれにしても、彼女の好奇心は、いよいよ強くなって来ました。
彼女が頭をもとへ戻した時、彼女の目は、金の紐の結び目にとまりました。
『これを結んだ人は、大変器用な人にちがいないわ、』とパンドーラは一人で言いました。
『それでもあたし、それをほどけそうな気がするわ。
あたし、せめて、その紐の両はしくらいは見つけなくちゃ。

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